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【マッチングアプリで出会った巨乳美女と共に、マルチ会員として稼ぎまくる栄光の未来 −1.0】〜鈴木光司 アイズ〜

前編→【マッチングアプリで出会った巨乳美女がいざなう、夢と金にまみれたマルチ商法の世界。 】 〜小川哲 君が手にするはずだった黄金について〜

中編→【マッチングアプリで出会った巨乳美女が企画する鍋パーティーの実態は、逃げ場のない恐怖のマルチ勧誘会だった。】〜東野圭吾 怪しい人びと〜

「すごいだろ?めっちゃ落ちるだろ?」
「市販の物に比べて高いのは、自社開発から流通までを徹底管理して品質の価値を保ってるからなんだ。」
「ほら、りゅんりゅんもやってみなって。」
リョウヤからスポンジを受け取り鍋底をこする。こびりついていた茶色いコゲはぺろりとシンクへ落ちていった。
「わあ、全然力を入れてないのにするっと落ちますね。」
喉の奥から声を絞り出す。恐怖と怒りをこらえながら、私は慎重に言葉を選んだ。無茶な拒絶をしてをして面倒な事態を起こしたくはない。
りゅんりゅんさんにお見せするために練習してきたんですよ、とマサシが笑みを浮かべる。私も彼の笑みに合わせて無理矢理頬を引き上げた。
「出た、通販番組。」
別室で片付けを行っていたサトミさんとマッキーがリビングへ戻ってきた。一仕事終えた二人の顔は満足げだ。
「マッキー、ちゃんと説明できたか?ちゃんと合法だって理解してもらったか?」
「完璧!・・・だよね、りゅんりゅんさん?」
「あ、はい。ヤバいことしてるってイメージあったんですけど、本当は全然違うんですね。」
違うもんか。鍋パーティーと聞かされてやってきたこっちからしたら、これはあきらかな勧誘詐欺だ。安堵の表情を浮かべるマッキーに笑いかける。彼らがア〇ウェイ会員だと明かされてから、私はずっと笑顔を保ち続けている。

電子タバコをくわえたサトミさんが私に尋ねた。
「ところで、りゅんりゅんさんは何人くらい誘えそう?」
「いやあ・・・今はまだ何とも。」
と言って勧誘の仕方をレクチャーされる展開は最悪である。
「さ、三、四人くらいですかね。俳優仲間も結構お金に困ってたりするんで。」
「いいね。現段階で数人の候補が上がるっていうのは、すでに成功への道を歩んでいるってことだよ!・・・もちろん最初は上手くいかないかもしれない。でもわたしたちが絶対にサポートするから。ガンガン誘ってお金を稼いで、一緒に最高の未来を生きよう!りゅんりゅんさんも、りゅんりゅんさんの仲間も一緒に成功の人生を歩もう!」
甘い言葉で夢を追う人間の感情を揺さぶり、リスクが大きすぎる不確実性の高いビジネスに誘いこむ。仲間をそのような罠にはめるようなこと、出来るわけがない。非道なやり口を常習としている彼らに、思わず鋭い眼差しを向けてしまう。
・・・絶句した。彼らの目には不正に染まった汚い色が一切見えなかったのだ。まるで星のような輝きをたたえていた。いいことをしている。確信に満ちた目で私を見つめていた。昂りかけた怒りがみるみるうちに恐怖心へと飲み込まれていく。狂信的な正義の強大さに、私の正義感は恐れをなしてしまったのだ。

水蒸気を吐き出しながらサトミさんが話し出す。
「周りの人に製品を知ってもらう、という意味でまずは宣伝用に何か買ってもらうことになるんだ。」
「やっぱり洗剤が一番わかりやすいんじゃないかな。日用品だし。比較的安いし。」
「あ、お母さんにも教えてあげたら喜ぶよ。」
「俺も洗剤から始めたな。評判すごく良かったわ。」
「デモンストレーションもしやすいしね。りゅんりゅんさんは俳優だからめっちゃ上手そう。」
「油汚れも女も落とすってか。最高じゃん。」
「じゃあ洗剤で決まりだね。」
彼らの中で話がどんどん進んでいく。張り付いた笑顔もそろそろ限界が近い。
「じゃあまずは会員手続きから始めよっか。」
「あ、ちょっと待ってください。」
サトミさんの顔が一瞬険しくなった。私は資料に目を落としながら、誰の視線ともぶつからないように話を続ける。
「この年会費ってやつなんですけど。すいません、本当にお金が無くてすぐには払えないんです。」
「大丈夫、初年度は無料だよ。」
それでも私は新たな逃げ道を構築する。
「実は今、ABO登録トレーニングをする時間が取れなくて。来月に舞台の本番を控えてるので、しばらく稽古が続いちゃうんです。」
「トレーニングはそんなに大変じゃないよ。」
「今回が人生初舞台なので、ちゃんと一点集中したいっていうか。自分の夢の第一歩でもあるし・・・。」
販売するためには、ABOトレーニングというものを受講することが必須であった。逆に言えば、それさえやらなければ彼らの仲間にならずに済むということである。サトミさんはしばらく悩んでいたが、ふっと口元を緩めると明るいトーンで短く「OK」と言った。
リョウヤとマッキーも同意するように頷く。マサシだけは何か言いたげな顔をしていたが、結局彼らと同様黙って頷いた。
「トレーニングを受講しないと販売できないもんね。うん、しょうがないよ。」
しょんぼりとマッキーが呟く。
誰に向けて言ったのかはわからなかった。

明日も稽古があるんで、と帰り支度を始めた私にサトミさんが手提げのビニール袋を差し出してきた。
「これ、お土産ね。お試しで使ってみて。」
中を覗くと、そこには歯ブラシと歯磨き粉、そして謎の粉が入ったスティックが二本入っていた。もちろん全てア◯ウェイ製品である。
「ありがとうございます。使わせていただきますね。」
これは嘘ではない。調理器具や洗剤など、製品の品質に関しては本当に良さそうだったし、他のものも試してみたいという好奇心もあった。謎の粉スティックだけはちょっと不安であるが。
「これも持っていきな、いいプロテインもあるから。どれにするか迷ったら連絡くれ。」
リョウヤから商品カタログを手渡された。ア◯ウェイ会員だけでなく、プロテイン仲間にも引き入れようとしているらしい。私は曖昧な感じで小さく頭を下げる。
会員四人に見送られ、私はアジトをあとにした。ドアが閉まっても鍵のかかる音はしなかった。私は早足で階段を駆け下り、エントランスを抜け駅へと急いだ。目薬を忘れてしまったが、諦めるしかない。

『今日はきてくれてありがとう。舞台終わったら教えてね、会員手続きについてまた話すから!』
帰りの電車でスマホを見ていると、サトミさんからラインが届いた。
『こちらこそありがとうございました。』
当たり障りない返事を送り、そのまま彼女をブロックした。間髪入れずにライングループも脱退する。彼らが追ってこないことを祈りながら、窓から流れる景色をじっと眺めていた。本名を知られているのでもしかしたら舞台を観にやってくるかもしれない。ふと背後に視線を感じて振り返る。もちろん誰も私を見てはいない。
巨乳美女に騙された挙句マルチ会員にさせられそうになった夜は、こうして終わりを告げたのだった。

もう二度とマッチングアプリなんてやらない。他に連絡を取り合っている女の子もいたが、私は意を決しTinderをアンインストールした。サトミさんは未だに胸を揺らして勧誘を続けているのだろうか、それはもう知る由もない。

「初日頑張ろうね!はい、これあげる!」
透き通ったよく通る声が楽屋の廊下から聞こえてきた。華奢ながらも身体能力が高く、迫力ある芝居をする女の子だった。どうやら共演者の仲間たちに何かをあげているらしい。
「喉にすごくいいの。みんなもきっと気に入ると思う!」
声がこちらに近付いてくる。おそらく私にも渡されるだろう。喉にいい差し入れはありがたい。
「はい、成生くんも!本番よろしくね!」
彼女は緑色の細長いパッケージから飴を二粒取り出し私の楽屋席に置いた。ありがとう、私はさっそく口に放り込む。それは今まで舐めたことのない、ハーブのような味だった。
「不思議な味だね。どこのやつ?見せて。」
パッケージを受け取る。
すぐに彼女へ返した。
「あ、ありがとう。」
彼女は笑顔で手を振って、別の共演者に飴を配るため去っていく。

それは完全なフラッシュバックだった。電流が雲を突き抜けていくように、否応なく私の記憶は蘇ってしまう。彼女と同じ目をしていた人間たち。もう一切関わらないと思っていたあの組織。恐怖に満ちたあの空間。
鏡に映る強ばった頬を、指の平でぐりぐりとほぐす。大丈夫、彼女は違う。きっと何かの間違いだ。それでも嫌な疑惑は胸をよぎる。
私は強引に台本へ意識を集中させた。何度も何度も頭の中で台詞を繰り返した。飴のパッケージに書かれていたア◯ウェイの文字が霞んでしまうくらい夢中になって。

いろんな緊張を孕みつつ、ついに初の舞台へ躍り出る。タンタンタン。夢へ向かう己の足音が会場に響いた。
私はちらりと満員の座席に目をやる。
見覚えのある胸のふくらみが視界に入った気がしたが、きっと光の陰影だろう。
さぁ、私の夢はここから始まる。

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