(6)愛欲に塗れた、年後半(2024.1改)
週末、岐阜市内の自身の選挙事務所を訪れた村井幸乃富山県副知事と、妹の志乃と娘の美帆の3人は、幸乃が住所移転した岐阜市内のマンションを訪れていた。
コロナ中に値崩れしていた中古物件の3階の部屋を幸乃の本人名義で購入し、2階のモリ顧問の部屋を村井の事務所名で購入した。岐阜県知事当選後にモリ顧問と賃貸契約を交わして、岐阜滞在中は家庭生活が過ごせるようになる。
現職の県知事が再選を断念した後、ゼネコン疑惑を端に発した与党の組織的な裏金問題で与党の支持率が急落。大逆風に晒されている状況で与党が候補者を擁立できず、地元の無党派層からの候補者が2人だけという展開になっている。村井幸乃・当選確実と見做されていた。
その新居に来るやいなや、姉が終始はしゃいでいるので志乃は笑ってしまう。
地元の宮城・石巻に滞在中の平泉里子は下腹が僅かに膨らみだしたそうだが、里子と同じ妊娠3ヶ月の姉には まだ変化は見られない。
美帆が時折伯母のお腹に耳を付けたり、口をつけて何やら話しかけているので姉妹で笑っている。
「春以降は志乃も、子作りの準備を始めないとね」と姉に言われて、部屋を2つ確保した姉の思惑を志乃も悟った。モリの部屋を確保した別の理由があるのだ。
「ナルホド、マスコミ対策を兼ねてるのね・・芸能人みたい」
「名古屋を拠点にしている芸能人数名がこのマンションに住んでいるみたい。芸能事務所が選ぶだけあって、セキュリティはそれなりに配慮されているのかもね。芸能人の密会には持って来いの場所なのかな?」
「里子さんは何処で乳児を育てるつもりなの?」
「里子は気仙沼の源家で、由紀子さんと真麻さんの赤ちゃん達と暫く生活するんだって、そこに翔子と由真ちゃんがサポート要員として加わって対応する。アッチは生まれてくる赤ちゃんが4人だからね」
「それで先生の周りが手薄になるから新しく3家を加えたの?」
「うん。ライバルが増えたみたいな格好だから、志乃には面白くないだろうけど」
「そんな事ないよ。それより、大変なのは先生だよ。大学生養女カルテットが頑張っちゃうだろうし、そこに3家族が加わるんでしょ?新たな人間関係を取り繕ったりしつつ、定期的に宮城と岐阜にも顔を出さなきゃならないだろうし・・・大丈夫なのかな?」
妹の余裕綽々とした表情から、「ハンター」としての地位を得ているアドバンテージを幸乃は読み取って、妹を心強く思う。
幸乃も志乃も競うつもりは更々無いのだが、一族郎党で杜家に縋る事が出来ない村井家は少数精鋭を方針とするしかない。少数也の生存戦略を立てる必要が有るのだが、幸いにして一人一人が一芸に秀でている。精神科・内科医の自分に、ハンターの志乃と、学生だが既にエンジニアとして成功している長女サチというメンバー構成により、モリの取り巻きの中でも優位なポジションを築きつつある・・。
「ある意味で彼は特異体質なんだと思う。先輩の生理学の研究者にも確認したんだけどね・・」
「普通、そんなの確認する?」
「私は彼の主治医だから、研究対象として彼の細部まで把握する必要がある。謎だらけな部分も多いけどね。例えば、何故か男子が多いとか」
源家の謎の解析手法によると、姉も里子も真麻も男子を身籠っているという。暫くすればどの性別なのか、分かるのだろうが・・
「女性が喜ぶほど、男子が生まれるって言うじゃない?」
「そんなの俗説だって。彼には符合する箇所が多いのは認めるけどさ・・で、女性をメロメロに溶かしてしまう彼の最大の能力は持久力の強さであって、決して性欲が強いって話じゃないのよ。
実際、平常時は極めて理性的な紳士で、彼の方から女性を求めることは無い。寧ろ、女性が先にスイッチが入りまくって彼を欲し、誘っている・・ママ友からのヒアリング結果ではそうなってる、どの家も・・」
姉が気まずそうな顔をしており、姉の視線の先には、絵本を読んでいた美帆が古いファンヒーターを指さしていた。
「これがストーブのすいっち、あれがテレビのすいっち。すいっち、合ってる?」
「う、うん そうそう、スイッチで合ってるよ〜」
姉は立ち上がり、美帆の頭を撫でている。
話はウヤムヤになってしまったが、自分の場合と違うんだ、と志乃は感じた。彼から求められるケースのほうが断然多いからだ。
「そりゃそっちの方が悦ばしいでしょ・・」独り言を言って立ち上がると、弾むような足取りでキッチンへ向かい、お湯を沸かし始めた。
モリの曲を鼻歌するほど妹がご機嫌なので、姉は背中で笑っていた。
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隣の岩手の病院、と言っても電車とバスを乗り継いで30分少々で到着する。由紀子は40年前、実の弟の間に出来た翔子を取り上げて貰った産院にやってきた。
受付の女性に保険証を出すと、「ご本人なんですよね?」と何度も念押しされ、確認を求められた。
それでも何ら恥じる事なく微笑み返している自分に、由紀子は驚いた。病院に到着するまでこの歳で出産することに恥じらいを感じていたのだが、自分は産む気満々なのだと改めて知り、自分自身から勇気を貰ったような気がしていた。
翔子を取り上げてくれた、自分よりも年上の女医さんは今でも現役で、とても優しかった。
「よし、いいね。前回と同じ目をしてる。産みたいんだよね?」とマスク越しに早々に言われて目が潤みながらも笑いながら「はい、宜しくお願いします」と応えて頭を下げてから診察に臨んだ。
「帝王切開も考えてたけど、止めるよ。余程の事がない限り、自然分娩で行こうと思う」
「はい、お任せします」
「違うって、あなた自身が頑張るんだ。
よく歩いて、よく眠る。これはあなたが最低限やる事、若い女なんかに負けないようにね。そしてバランス良く栄養を取る。そうすれば元気で丈夫な子が生まれる。
両親の特徴が生きた子だから、きっと大丈夫。羨ましいねぇ、いい男の種貰ったんでしょ?」
「あの・・皆さんにそうおっしゃってるんですか?」
「おべんちゃらは言わないよ。誰が見ても、惚れた男に夢中な女に見えるから、そう言っただけだよ。
いい?来月その顔でまたおいで。年末年始は暴飲暴食を避けて、自分とお腹の子の健康を最大限維持しながら、周囲の意見には一切惑わされずに自分を貫き通しなさい。私は元気な赤ん坊を産むんだって。どぉ、今のあなたには凄く簡単な話でしょ?」
「・・はい!」ここに来て良かった・・由紀子は熱くなった胸を抱きしめながら頷いた。
その高揚した気分が次第に下腹部に移動し、喜んでいるのは自分だけではないと確信した。
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今年最後の検診を受けて、目黒区にある医院を去ろうとしていると、長椅子で泣きじゃくっている女性が居る。
真麻は一度は通り過ぎて後ろめたくなり、自分の頭をコツンと叩いてから戻ると、泣いている女性の隣に座って目を閉じた。
触らなくても、仄かにもう一つの命を感じる。「うん、間違いない・・」そう確信した。
ゆっくりと目を開いて考える。
「先生のつもりになって考えてみよう」と、お腹の父親遺伝子の支援を仰ぐ様なつもりでイメージして、真麻は小さなプランを決行する。
「おめでたですか?」発言の後も笑顔をキープする。
「えっ?」
泣き顔の裏で「何言ってるの、この人?」という表情を真麻は汲み取った。
不妊で悲しんでいる可能性に真麻は賭けたのだが、この表情を見て、更に確率が上がった。極めて初期段階の妊娠は現代医学では分からない。望まない妊娠で悩んでいるのであれば、もう少し先だろう・・
「まだ数週間といったところですね。年明けにでも市販のキットで、試してみて下さいね。あの、突然お声掛けしてすみませんでした。では、失礼致します」
「あの、ちょっと待って下さい・・数週間って何を根拠に・・」
「それは、あなたの方がご存知でしょう。人工的な手段ではなく、極めて自然で素敵な営みを持たれたようですね、と申し上げれば宜しいでしょうか」
真麻は精一杯の笑顔で言ってみる。怪しまれているのも重々承知の上での行動だ。
少々卑怯な逃げ方だが、撤退すべき頃合いだった。近日中に「結果」が伴えば、この医院で再会することもあるだろう。
泣く必要の無い涙は、お腹の赤ちゃんに障るような気がしたので、感情の赴くままに行動した。形はどうあれ、子を宿したという希望を、少しでも持ってくれたなら嬉しいな、と真麻は願っていた。
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三重県の面積とは言え、50万人しか住んでいないのだから、日本の地方県以上に余裕が有り、過密状態とは程遠い国だ。
郊外には密林が広がっており、蛍たちが向かった同じ島内のマレーシア・サバ州サンダカン郊外の自然環境に似ているかもしれない。
土曜の午後、郊外のウル・テンブロン国立公園の熱帯雨林散策に一同で向かった。
鬱蒼とした熱帯雨林というよりも、日本と生態系の異なる植生の森林という表現がしっくりする。そんな程良く陽が差し込む疎林を、ゆっくりと歩いてゆく。
モリの左右に女子高生が居るが、対向者が来なければ3人で並んでも余裕がある道幅に整備されている。想像以上にヤブ蚊が少ない。全員で防虫対策を施したのだが無駄になってしまった。雨季も終盤となり降雨量が急減したので繁殖をセーブしている時期なのかもしれない。アブやブヨにも襲われず終日過ごした。
ルートは整備されており、足首を固定するタイプのサンダルで十分だった。サンダル履きで各人が来た理由はこの先に清流があるからだ。実際、国立公園のガイドさんが言ってた通りの澄んだ川だった。女性陣はズボンを脱いで、下半身は着用している水着になって、浅瀬で涼を求め始めていた。
川に入水する前にドローンを飛ばし、上流に人の生活の形跡を確認した。各人に先行して川に入り、川中の石を取り出して手の上で転がしながら、石をチェックする。
「何してるの?」”待て”というのに待ちきれずに上半身も脱いでビキニ姿になっている杏に言われる。コロナ明け宣言を出していないブルネイには観光客が居ないので、別にいいのだが。
「この川に下水を流していないか調べている。上流から下水が流れていれば、石の上流側に面した箇所に排出物が付着する。キレイな川ならば逆になる。下流側に藻が付着する。流れのある上流側の方がツルツルとしていてキレイな石の状態なら、安心して遊べる川だ。それでも絶対に飲んじゃだめだよ。シカやイノシシの排泄物や獣の微生物が含まれているからね」
女性陣が感心しているタイミングでドローンが知らせを送ってきたらしい。
「上流に生活の匂いは無いようです!」タブレットを見ていた吉田 圭がドローンの報告をすると、一同は一斉に上半身を脱ぎだして河原にバシャバシャと入っていった。乾期への移行期なので水かさも低いがその分、魚が集まっている筈だ。これだけ騒ぎだてると魚も捕れないのだが・・
「まいったなぁ」と呟いていると、
「お任せあれ」と尻を撫でられ、玲子が釣り用の小さなタモ網を持って通り過ぎてゆく。
ナルホド、それでピルを服用していたのかと感心して、魚を入れる折りたたみのバッグを取り出して競泳用水着姿の玲子に付いてゆく。昨夜、最終的に全ての精を玲子に放っていた。
「玲ちゃん先輩、魚なんて何処にもいませんよ?」紗季が言うと「居ないって」と知代も淀みの深い淵を眺めながら言う。
玲子が膝上の深さまで入って行くと10センチくらいの魚が足元に集まりだした。数センチサイズのドクターフィッシュが居るのは、滝がある水量の別の川だと聞いていた。
玲子の足の皮脂を突付いたりしていないので、別種の魚と思われる。そのようにして玲子の動きに注目して見ていると、
「バック攻め、玲ちゃんも先生も大好きだもんね」といつの間にか後ろに居た樹里に言われて笑いが拡がる。普段ならば樹里を睨む玲子も、今は無視するかのように振り返らない。
玲子がタモ網をそ~っと水面下へ入れて、暫くしてからゆっくり引き上げると、10cm位の5、6匹のハヤのような魚がピチピチと跳ねている。
本人はタモ網を高く掲げてドヤ顔だ。鼻の穴も心なしか大きい。
「おおーっ」と一同がどよめきパチパチと拍手する。玲子がそのバッグを寄越せと言うので近寄ってタモ網ごと受け取って、魚入れに移していた。
「大きな魚は居ません。全部この魚ですね」と屈んだ姿勢のモリの後頭部に囁く。
「スゴイなぁ、そこまで分かるのか。じゃあ後でリリースしよう。釣りは諦めよう」と魚を見ながら言う。
「・・あのね、私、高校時代を思い出してた。どうしようもなく抑えられない恋愛感情の他に、私が知らずに育った父親像を先生に求めていたんだなって、あの子たちを見ていて同じだなぁって確信したの。
2人共高校生としてはしっかりしてるんだけど、やっぱりまだ危なっかしくて、知らないところで勝手に背伸びしちゃう面が出てくる。それも当然なんです。だって、いくら理性を維持した所で、赤ちゃんが産める女になってるんだもの。
パパ活みたいだって、先生が言うのも分かる。確かに紙一重の世界だと私も思う。でもね、先生だからなの。先生じゃなきゃだめなの・・何ていうのかな?頼れる存在で、お父さんのようでもあり、精神的支柱みたいな、そんな感じ?」
「最後の最後で疑問系を使わないで欲しかったな・・これでも後悔はしてるんだよ、またやっちまったー!って」
「未成年不純異性交遊の初代対象者としては、聞き捨てならん発言ですね・・本当に後悔してるんですか?」
腰に手を当てて仁王立ちのポーズで上から見下されると、下腹部の性器の幽かな盛り上がりと両胸の陰影から、どうしても騎乗位を思い出してしまい・・
「失礼しました。後悔どころか感謝している次第です、今夜も宜しく・・」
「正直で宜しい。それでいいの。後悔なんてお願いだからしないでね。私達の方が最高に幸せな今の状況に感謝しているんだから。そこを何よりも理解して下さい」
「はい。玲子お嬢様の精神的支柱として、精一杯頑張る所存です・・」
「宜しい。では、貴殿のシンボリックなモノで今宵も愉しませてくれ給え・・じゃ後でね、ダディ」
玲子は手を振って、腰まで水の中に入っていった。
支柱って、そういう意味なのかよ?と思いながら、その場で座ったままで居た。その支柱とやらのお陰で暫く立ち上がれなかったからだ。
***
ボルネオ島マレーシア領第二の都市サンダカンの郊外には、親とはぐれたオランウータンのリハビリ養育施設がある。施設を訪問中の一行は、施設に隣接する原生林に放たれた、飼育員達がケアしながら育てたオランウータンを捜していた。
ヒトの傍の森の方が安全だと思っているのか?単に人に慣れたからなのか、分からないのだが施設の周辺で暮らしているらしい。
それでも敷地面積は広いので、飼育員をされているガイドさんでもオランウータンの現在地を簡単に捜す事が出来ずにいた。
ジャングルウォーク参加者に疲れが見られるようになると、玲子の母・翔子が蛍に声を掛けて、進行方向と逆の方へズンズン進んで行った。暫くしたら翔子から現在地の連絡が分かるGPS位置情報が届いたので、飼育員さんにスマホを見せて翔子を追いかけ始めた。
立ち止まって笑っている翔子を見てガイドも含めて息を呑む。一頭のまだ子供のオランウータンが翔子にすり寄っていたからだ。
オランウータンは大人しい動物とはいえ猿なので、幼体であっても握力・噛む力もヒトの何倍もある。一見は、友達のように翔子と見つめ合っているので、飼育員がすっ飛んでいって両者の間に割って入った。
オランウータンをスマホで撮影している娘たちとママ友の後方で、「これが翔子さんの能力なの?」と蛍が囁くと、翔子が笑顔のまま頷いた。
***
日曜に帰ってきた夜に、蛍からそんな報告を受けた。
「あなたと寝たのは2日前だったけど、4、5日は能力は衰えないんだって。
これから暫く2人きりになるけど、程々にしてね」とムクれ顔で言われる。
仕掛けた張本人の癖に、毎度のように焼き餅をしっかり焼くのが蛍だ。また、今日のような「正妻の日」とやらは、夫を”独占”出来るようで、流れ的に激しいものとなる。
明け方も蛍に頬を叩かれて起こされると、下僕のように尽くし続ける。
朝日が部屋に入って来た際、夫婦の互いの脳内に ”宿した” 様な感覚がイメージのように互いに湧き上がる。涙を浮かべながら、暫くの間2人で抱き合っていた。
夫の胸の中で、蛍は4度目の妊娠を確信していた。
(つづく)
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