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(5)Team Toyama、爆誕(2023.12改) 

「おっと、いけない・・」

顔が綻び、自然と笑みを浮かべてしまうので気分をシャンとして平静さを取り戻す。サミアは幾度となく同じ状態を繰り返していた。
これでは社長室から出られないと思いながらも、やはりニヤニヤしてしまう。

自身のこれまでの生涯で最も嬉しい成功となった、起業して良かったと心の底から様々な事象に感謝し、祈っていた。

「Buster C.19」の発表を受けての株価高騰を社員全員が予想していたが、モバイルと家電にバックオーダーを抱える程の注文が入る想像を、誰もしていなかった。

「モノが良いのは誰もが理解しているが、CMを一切打たずに口コミ等の人頼みに縋る手段でいきなり売れるわけがない。現状の製造ラインの生産能力を鑑みれば徐々に浸透すればいい。ロングライフ商品なのだから、赤字にならない程度の売上で十分だ」
モリがそう言うと、社員の殆どが頷き「そうだ そうだ」と同調してしまう。しかし、モリの見込み通りにならぬよう、サミアは手を打っていた。

モリはゲームをしないし、ニュース以外のテレビを見ない。見た目は若くとも思考は典型的なオッサンと言える。そんなモリの視点を否定をするわけではないが、家電製品やIT製品を利用する人々であり購入者は中高年者ばかりではない、抑えるべきは若い世代だとサミアは捉えていた。

先ず、「Buster C.19」が表に出るとプルシアンブルー社に対して様々な疑問が出ると予想していた。7月に創業したプルシアンブルー社が僅か3ヶ月で上場を果たした際にも生じた疑問が、今回の製薬開発で再燃するだろうし、「有り得ない!」と訝しむのが普通だろう。
大手製薬会社がコロナ用ワクチン開発や製薬作りに大枚を投じて、1年近くの間着手しており、製品化は来年夏頃と言われているからだ。

金森知事が就任して直ぐに、富山内の製薬会社の製薬開発部門に対して、AIとスパコンの利用環境を提供した。単にシステムを渡すだけでは無い。ウイルスの情報を予めAIに登録し、解決策がある程度固まった段階で提供している。

問題となっているウィルスのスパイク部に対して「酢酸セルロース化合物(#下記注)等で調合した抗ウィルス剤が効果的」とした製造までのゴールを組み込んだ上で、52名のエンジニア達が12社の開発部門に常駐した。
AIが製薬会社12社向けに作業を分担し、分割されたパート毎に12社の開発部門下のAI環境で、24時間体制で作業していた。平行して、製薬製造の為の生産ラインを12社で用意していった。製薬品完成までの工程も12社で分割し、12社工場間の輸送ルートや配送方法を取り決めてゆく。

江戸期に富山藩で産声を上げた製薬事業が、今でも県の主力産業となっており、12社が県内に固まっているから出来たとも言える。
最新最速のITとAI、そして富山の製薬産業の融合なくして実現はしなかっただろう。
日本の製薬会社は欧米企業に比べれば規模も桁違いに小さく、脆弱だ。しかし、ゴールが予めハッキリしていれば、モノづくりは誰にも負けないプライドが12社にはあった。そうでなければ、江戸から令和に至るまで存続できないだろう。

試薬完成までに到る2ヶ月間の全体指揮を取ったのは、24時間休むことなく稼働し続けたAIだった。ITエンジニアとシステム担当、製薬研究者全員を束ね、12社の分担作業を統率し、支援し、行き詰まれば情報とアドバイスを提供してきた。
その2ヶ月間に渡る過程をダイジェストにして動画に纏め、プルシアンブルー社は公開した。

動画公開と同時にAIの有能性と「Team Toyama」 に注目が集まった。それだけの環境が富山県に揃っていたからこそ、達成出来たと広く認識された。
サミアが動画の最後でコメントする。「拠点を構えるなら、富山だって決めてました」と。

「Buster C.19」が世界各国で最終チェック段階にあり、現時点で問題は生じていない。各国の承認が出て、販売開始の判断が下されるのも時間の問題だろうと各メディアが伝えている。
人々はプルシアンブルー製AIと、AIが稼働するシステム環境が、世の中の各IT企業が「自社こそ最速」と自賛しているITシステムやAIよりも、遥か先のレベルにあると理解された様に思う。
そのプルシアンブルー社が開発した家電製品やIT製品に対して、人々が何らかの関心を持つだろうとサミアは考えていた。ここまでは夫のゴードンもモリも想定したはずだ。
「相手に関心を持ってもらう」「興味を抱かせた」マーケティング用語で言う「気付き」は消費者に与える事には成功した。モリが言うように確かに細々と売れ続けてゆくだろう。

そこでサミアは更なる手を打った。
人々がモバイルを可動させて、速度と使い勝手を実感して貰う為の手段を講じた。機器の能力を実感しやすいのは映像であり、ゲームだろう。  

まずはゲームだ。AIが開発したゲームプログラムの中からエンジニア達の投票で、無料で提供されるゲームを9つ選び、ダウンロード出来るようにした。また、毎月2ゲームづつ追加し、利用者が飽きないよう心掛けて行く。ゲーム画面の精細さや、ゲーム自体の面白さに利用者は気付くだろう。 
また、国内ゲームメーカーの著名なi)OS版やAndro/d版の同じソフトウェアに比べて、グラフィックの精細度や表現力がHana OS版は上回るので、ゲーム愛好家達の反応をサミアは楽しみにしていた。
蓋を開けてみるとゲーマー達が一斉に購入に走ったので、初回製造の15万台のタブレット「pb book」は1日で売れてしまい、「売り切れ」に怯えた客はスマホ「pb phone」を買い求め、在庫80万台は2日と経たずに完売となった。
ゲーム機としての能力だけでなく、操作性も良いと評価されたようだ。次回出荷は8日後からになると公表すると、予約注文が膨れ上がっている。

ゲームの次は映像だ。サミアは笑いを止めることが出来ないまま、第三弾となる新製品新サービスの発表をHPで行ない、発表会見を録画した動画を投稿する。

「プルシアンブルー社、自社OS用TVサイト「Asia vision」を立ち上げ、試験放送開始」とタイトルを付けた。

「自社製品のPC・各種モバイル・カーナビ、TVで視聴可能な番組の配信サービスを開始する。
AIが作成したアニメやドラマなどの配信に加え、提携した英国BBbC、カタール アルジャジャジーラ、インド国営放送3社が配信する映像を元にしたニュース専門チャンネル、スポーツ専門チャンネルの2チャンネルと、更に日本・富山の民放2社、台湾、ベトナム、カンボジア、マレーシア、インドネシア・タイの12社の民放テレビ局、14社の配信と合わせて計19チャンネルを無償で配信する。 尚プルシアンブルー社オリジナルとなる5チャンネルは、24時間配信となる」

無償提供のゲームソフトが好評であれば、AIが制作したテレビ番組がどうなるのか、どの程度の仕上がりなのか、モバイル機器を購入したユーザは、早速視聴用の「Asia vision」アプリのダウンロードを始め、番組を視聴し評価してゆく。
ダウンロード数が70万を超えると、モバイル・カーナビを持つ9割の人々がダウンロードしたことが分かった。「Asia vision」はモバイルでの視聴は勿論、モバイルがチューナーにもなるのでケーブルで家庭のテレビと繋いで視聴も出来る。モバイルかPCがあれば世界中で視聴できる。
視聴者の反応が楽しみなサミアであった。

ーーー

明日の狩猟開始に向けて、ベースキャンプとなる別荘の庭でドローンのセットアップ作業にいそしむ男をサッシ越しに見ていた幼女が、モリの非売品タブレットが番組開始を知らせるアラームに気づいた。幼女は居間のテレビの電源をオンにするとアラーム音が止まった。

午前中に見て面白かった30分アニメーション作品の再放送を美帆が見始める。
アニメというよりCGに近かった。日本の漫画の版権を購入してAIがアニメ化しているので漫画を知っている人にはストーリーが分かるが、漫画にはない動きが映像にはあるし、映像のクオリティが高いので目を引く内容となる。

因みに、ドラマは世界の小説から選ばれた作品を実写化している。実写化といっても撮影は一切しておらず、AIが登場人物をグラフィック化し、pb ・B/brothers・ PBの服を着用して演ずる。
映像のリアル感が既に反響を呼んでいた。ちゃっかり自社ブランドの衣料品を使い、家電品やクルマ、スマホも自社製品を使ってアピールしており、合間に流れるCMもAIが作ったものだった。自社製品のCMしかないのがご愛嬌と言える。

番組制作費の掛からないドラマやアニメの衝撃が人々に浸透する手応えをサミアは感じていた。11月 1日に販売が始まるテレビの注文数が放送開始の数時間で20万台を越えていたからだ。 
アニメーションとドラマを放映したい、版権を売って欲しいというテレビ局も出始めており、回答はペンディング中だが、プルシアンブルー社のCMをそのまま流してくれる条件で、数百万円でサミアは売るつもりでいた。

夫のゴードンに相談すると、
「数百万はスポンサー料金込の値段なんだろうけど、東南アジアと中韓北朝鮮を除く東アジアでしか販売していないのに、英国でCM流す意味はあるのかね?」と問うて、サミアがポカンとしてから「・・そうだった」と笑い出した。

***

「あ、そうだ。ここに滞在中はドラマの続きが見れますけど、日本に帰って見る方法ないな。モバイル、売り切れですよね? どなたかタブレットを貸していただけないでしょうか?」

ドラマを見ていた女性陣の中で外務省の櫻田がCM中に騒ぎ出した。

「櫻田さん、ご自宅のテレビ、大丈夫だったんですか?」

平泉理子が痛い傷口を広げてしまう。東南アジアから日本に帰国中にアパートで火事があり、1階の櫻田の部屋は消防車の放水で水浸しとなった。テレビは当然ダメだろう・・

「あ〜」 櫻田は唸りながら、頭を抱えてテーブルに突っ伏し、女性陣は笑った。

「火災保険に入ってるから、買い換えられるんじゃないの? 弊社の製品も検討してね」

東南アジアから一緒に居る由真が櫻田を茶化す。

「テレビは台湾製になるのでしょうか?」
櫻田が聞くと誰も知らなかった。サッシを開けて庭でドローンを飛ばしているモリと美帆に、理子が訊ねている。理子が戻ってきた。

「11月からはベトナム製造分が出荷されて、1週遅れでタイと台湾でも製造するそうです。テレビだけ扱いが違うようです」理子が報告する。

「あのね、このドラマ4kや8kどころじゃなくて、16kぐらいあるんじゃない?髪の流れる動きなんて本物みたいなのよ」
由紀子が指摘して一同が画面に近付き、食い入るように見ていた。

「何してるんですか?」
美帆と部屋に入ってきた、モリが言う。

別荘に常設している2k対応テレビ上では、若いAI俳優がラブシーンを演じている真っ最中だった。

ーーーー

「創業して僅か3ヶ月で出来るはずがない、と言っておったな・・」
韓国某社の経営会議の場で、モバイル開発担当常務が吊るし上げられていた。

日本企業以上に結果と成果が求められる企業風土が韓国の財閥企業にはある。
財閥企業の社員になる難関を突破し、内部での競争を求められ勝ち抜くのは並大抵のレベルではない。
日本企業を追い越し、米国大手企業との覇権争いにフォーカスしていたら新興勢力が登場し、あらゆる項目で負けた。アプリ・ソフトウエアのパフォーマンス値が5Gの自社製品の方が低く、4Gモデルのモバイルに勝てなかった、という、あり得ない結果が目の前に出されていた。

プルシアンブルー社のタブレットとスマートフォンは耐久性でも優れており、開発側が詠うロングライフを証明している。
販売シュミレーションによると、来年早々に北米での販売に参入したと仮定すると、急成長する来年の後半では2強体制にプルシアンブルー社が加わって3強となり、以降はプルシアンブルー社が単独で徐々にシェアを上げる予想となっていた。当然ながら、サミアが発表した放送局参入はシュミレーション上には組み込んでおらず、ゲームをはじめとするアプリの数がどの程度のモノとなるのかも分からない。
しかし、ロングライフを打ち出したプルシアンブルー製のモバイルがシェアを伸ばせば、機種の買い替え需要が減少してゆくので、事業として早期の内に成り立たなくなると分析は結んでいた。

「If you can make it, try making it!(作れるものなら、作ってみろ!)」
プルシアンブルー社のモバイル装置のボディ板の裏にプリントされた文字を、会長は押し出してきた。

「開発チームの精鋭を集めて特別部隊を組織して来年の今頃までに、コイツに近いものを作って欲しい。必ずしも最先端技術やAI、そして放送事業に取り組む必要はない。当社の創意工夫を結集して、パフォーマンスの分野だけでも追いつく製品を出して欲しい。宜しく頼む」

韓国サムソ○ン社会長は、部下に頭を下げ続けていた。


#化合物名は現存しません。本作はフィクションです。

(つづく)


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