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6章 新党設立準備 (1)歴史は夜、作られる。(2023.10改)

諸々忙しく、マネージメント会社と契約を交わしていなかったモリは、北陸新幹線で都内に向かっていた。久々の北陸新幹線だが、本数が減らされているので乗降客はそれなりでグリーン車で移動していた。

モリが所属するDeepForestを獲得したマネージメント会社は、バンドと契約を交わす際にプルシアンブルー社とも提携し、バンドのマネージャーの派遣受け入れと、海外活動におけるレコード会社やプロモーターとの交渉権をプルシアンブルー社に委託した。言わばバンドの日本国内での活動支援に特化した格好となる。

ボーカル・キーボード担当の夕夏が勤務する楽器メーカーの子会社なので、躊躇なく契約した。
楽器メーカーから各自に製品が供給されるというメリットで選んだ向きもある。キーボードとドラムは同社製を使っているが、バンドがブレイクしたので、演奏者専用モデルのギターとベースの開発も始まっている。

メリットはその程度で、マネージメント会社としても日本でも下位に位置する同社は海外展開していない。それ故にプルシアンブルー内にステージ運営などを請負うセクションを新たに立ち上げて、海外販売業務も担わせて補完体制を構築した。

マネージメント会社はDeepForest名のホームページを新たに立ち上げ、バンド名で動画サイトに投稿するようになった。同時にバンドのグッズ販売の検討も始めたらしい。
「Dead or Alive」が音楽配信から先行販売されると、ライブと動画配信で既に知られていたバンドは、いきなり世界中で売れ始めた。
大手とは言えないマネージメント会社に思わぬ大金が転がり込むようになる。コンサートで流した「Dead or Alive」の映像が反響を呼び、世界で最もアクセス数の多い動画となった。襲撃された男の表情をアップで捉えた映像は希少なだけに何度もリピートされ、楽曲と映像が合っているので相乗効果を生んだ。

この曲は襲撃事件の映像にインスパイアされて書かれた。コンサート会場でも映像が流れた。プロモーションビデオとしても映像が使われているので曲が売れるたびに拡散する。
売上に比例するように、モリへ襲撃した側に対する非難が日に日に強くなっていった。
「何故、彼は襲撃されねばならなかったのか?」「実際は誰の指示によるものなのか?」
と、人々は既に各所で漏れ出している情報の数々から、日本政府と米国政府の2人のトップが黒幕とみなし始めていた。

人々の事件への関心度が高いので、メディアが問題の追求を始めると加速度的に、米国政府と日本政府、並びに両政権の支持率はダダ下がりとなっていた。
逮捕された警視庁のトップが犯行の実行役の責任者だったと認めたため、長官を自薦しポストに据えた首相と連絡係の官房長官の関与は確実視されている。人々は首相の入院も、逮捕逃れの偽装だろうと疑っていた。
官房長官と逮捕された長官の電話での会話を大手週刊誌出版社が握っているという話も漏れ出しており、日本政府は死に体の状態で、首相の辞任は確定路線となり、副首相が首相代理に就任し、後継の与党総裁を選出する方向で慌ただしく動き始めていた。
米国大統領と入院した首相の電話会談の内容を、欧州のメディアが入手したとの噂が蔓延しており、大統領は下手に話せなくなったのかメディアの質問や取材に応じなくなり、大統領選の活動も副大統領に託すようになっていた。共和党政権は苦境に追い込まれつつあった。

「動画が、2人の事件の黒幕を葬りさろうとしている」
その記事が掲載された週刊誌を移動する車内で読んでいたのだが、あの動画を流すのを最後まで反対していたモリは、自分が否定されたような気分がしていた。
「誰もが成功すると思っていた」逮捕された実行犯4名が口々にそう言い、未だに失敗した結末を受け入れられない状況だという。曲がりなりにも日本のトップの意向を汲んだ作戦なので、周到に考えられた完璧なプランだと誰もが信じた。いや「信じたかった」のだろう。

村の偵察をしていた5人目の元自衛官は偵察任務を得意としていた。交信を頻繁に始めたので捕縛したが、事件開始前まで我々は気づかず潜伏し続けた。
個々の能力は高い人材を集めたのだろう。しかしチームを統率する人材がいなかった。
個々には優秀な人材なので「出来る」と判断し、個人に任せてしまう。個々の人材の能力を把握し、作戦を遂行する参謀が誰もいないのだ。偵察要員が廃校の中学校から飛び立つドローンの台数を伝えても、ドローンの個々の能力や役割を知らないし、聞かされていないので、現地でモリを狩ろうとしている4名には分からない。
ライフルが運ばれるのを見て、注意しろと警告はしても、モリの射撃の腕前や射程距離は把握していないので通常の範囲内で物事を考える。
それ故に「(狩る対象の)情報が欠落していたように思われる」と富山県警の調書に書かれてしまうハメになる。
大統領の稚拙な指示を受けて、暗殺部隊を急造したので十分な時間が無かったとはいえ、それでもあまりにお粗末だった。

もし、十分な作戦遂行前の検証と情報収集がなされていたら、作戦は成功していたかもしれない。そう考えると自分はツキに恵まれただけかもしれないとモリは考えていた。
そんな相手に勝利したと公言したくはなかったし、誇ろうとも思わなかった。それ故に、これ以上の扱いはもうヤメてほしかった。事実、モリはメンバーにはそうお願いした。

しかし、彼らは「仲間が攻撃された。絶対に許さない」と譲らなかった。
由布子、夕夏、紗佳の3人は今迄ずっと音楽を続けてきた。音楽にはチカラが有ると3人は信じていた。「Dead or Alive」「Alive」はメッセージソングなのだと、人の心、良心を掻き立てる曲だと主張した。

「ヒトは俗な生き物で、批評家であり批判家でもある。この稀有な映像は暗殺失敗例として終生残り、指示した愚かな2人の政治家と生を諦めなかったイッセイの名は永久に刻まれる。たとえ稚拙な作戦だったとしても、イッセイには誇ってほしいんだ。君自身はちゃんとこうして生きていて、権力に抗ってみせた。それに、イッセイが居なくなるなんて、絶対に耐えられないよ・・」

由布子にそう言われて抱きしめられ、その流れで抱き合い、動画は目出度く公開された・・

事件が起きた今月13日の夜、由布子と夕夏は滞在していた五箇山で山中を逃げ回っているモリの映像をライブで見て、衝撃を受けたという。
事件が決着した後で自然と楽器を手に取り、互いが曲を作った。由布子は夕夏に歌わせよう、夕夏は由布子の歌声をイメージして書いたという。「Dead or Alive」と 「Alive」はそうして世に出た。AIを使わずに作曲し、最もしっくりした曲になったと2人は言った。2曲の動画は山中の映像が元になっているが、由布子の曲にはモリの射撃シーンを多用して「生への渇望」を表現し、夕夏の曲には逃げている姿と逃げ終えた喜びを対比させたと、映像を編集した杏と幸が説明し終えた後で、2人はやはり脱ぎだしてモリを求めた。

3日間のライブ終了後の打ち上げで、何軒目かで紗佳とバーで飲んでいた。

「あの2曲は2人からのラブレターだって、イッセイは分かってないよね?」と紗佳は切り出した。「由布子と朝までやりまくって押し切られたんだろうけど、あの2曲は二人にとって物凄く大事な曲なんだ」ヤリまくり発言はスルーして、モリは問いただす。

「そんなに大事な曲なら、何故自分で歌わないで互いに人の曲を歌い合うんだろう?」
モリが言うと紗佳は鼻で笑った。鼻に詰まっていた豆の破片か、もしくはハナクソが飛んだのをモリは見た。

「今、見たな?飛んだの見たよね?それで笑いやがったな・・まぁいいや。まず、人間っていうのは自分の声や歌声を知らない。録音や撮影して初めて自分の声を知る。これがヒントさ」

「でも、お互いに皆この年だよ。2人だって自分の歌声を何度も聞いてるだろう?」

「自分の声があまり好きではなくて、別の人の方が好きっていうのは良くある話だよ。
夕夏は由布子の歌声が好きだし、由布子は夕夏の声が好きだ。それで、お互いに曲づくりで競ったんだ。どっちの曲をイッセイが選ぶか。で、由布子が勝った」

「夕夏の歌い方の方が好きなんだよ・・それだけで、夕夏の曲もレベルが高かった」

「夕夏の喘ぎ声も、でしょ? 
ま、夕夏の歌声を好きな方が絶対的に多いだろうからそこはさておき、夕夏のブレスや発声を最大限発揮する曲を由布子は作った。イッセイが夕夏の歌をイメージして作曲しているのを参考にして・・」なるほど、そうか・・

「・・由布子の曲がイッセイの曲に似通ってしまうのも無理はない。で、動画の説得役の権利を由布子は得てスキップしてイッセイに抱かれにいった。まさかあんな絶倫野郎とは知らなんだよ。ナンマイダ、ナンマイダ・・」

「股間を拝むなよ・・もしかして聞いてた?」

「朝になっても由布子が帰って来ないから、偵察に行ったら真っ最中だった・・。防音でも壁に耳当てれば何してるか分かるし。亮磨のママったら、壁に耳当てたまま、悔しそうな顔してるんだ・・」

「笑うなって。では、新たな質問だ。なぜ紗佳は自分で歌わずに、2人に歌わせるんだ?」
自作曲を均等に渡しているのが気になっていた。しかし、なぜ困っているのか?

「それは、イッセイが悪い・・」

「はい?」

「今回、3曲も歌わせてくれた・・すごく嬉しかった。ありがとう・・」

「ウチの売りはなんたって3人の歌姫だ。紗佳向けの楽曲は俺たちリズム隊が際立つようにしないと、あの2人ばっかり目立ってしまうからね。で、この3部作、何気に気に入ってるんだ。評判もいいしなぁ・・」

「・・あの3曲で夕夏と由布子がウルサいから、歌わせた。本当はイッセイに歌ってほしかったんだよ・・」

・・バンドメンバー間では阿吽の呼吸やアイコンタクトなど、団体競技・球技にも似た意思疎通が求められるが、オフ時の会話の重要性を改めて理解する。互いに学生ではないので、成長も変化もして、人として完全に別人と判断してもいいかもしれない。時間の溝を埋めるには、互いに意見を交わして理解しあうのも必要なのだろうが、双方が望むのが前提として互いの肌を合わせるのも相互理解をする上では、てっとり早い手段なのかもしれない・・

そんな数日間を思い出していたら、東京駅に到着した。中央線に乗り換えて新宿へ、再度人を避けられない混みようのコンコースを経由して山手線のホームへ上がると、高田馬場で降りた。
エスカレーターで降りて改札に向かうと、柱の前に立つアラフィフには見えない夕夏を見つけるが、何やら声を掛けている若者達がいる。仕方がないので黙ったまま夕夏と視線を合わせて、目で会話すると伸ばしてきた手を取って、歩き出す。

「何度も断ったんだよ・・」
・・断られても、若く見える夕夏を何とかしたかったんだろうさ・・

「それはどうでもいいんだ。今の問題は目的地なんだ。こっちでいいのかな?ここで駅に引き返すのはかなりカッコ悪いんだが・・」

「何だ、調べてたのかと思った」夕夏が手を力強く握り返して微笑むとモリの前に出た。

50過ぎの同級生同士が手をつないで、雑踏の中を歩いている。互いにメガネを掛けて偽装しているとはいえ、近くでマジマジと見れば売れっ子バンドのメインボーカルと、死に損ないの都議だと分かるだろう。
真新しい雑居ビルに入ると、閉まりかけていたエレベーターに駆け込んで互いに手を放す。

「7歳の頃から、ずっとイッセイが好きだった!」下から見上げて言われたが、何も言わずに外が見えるエレベーターの景色を見る。降りる階で頭を撫でて先に出る。
「なんか言え!」とでも言うような剥れた顔をしてるので、「取り敢えず、こっちを先に済まそうよ」と会社の受付を指差す。

「今日は覚悟してきたんだぞ。由布子と紗佳にはしっかり相手してさ、ズルいよ」と言って背中にぶつかってくるので、了解のつもりで頭を撫でる。

我がバンド担当マネージャーの橘さんに電話して到着を告げる。

「お父様、お母様、お疲れ様です」橘さんが丁寧に頭を下げる。

夕夏と顔を見合わせる。新鮮な呼ばれ方だったので互いに面食らった表情をしていた。

2人が思い当たる理由は一つしかない・・
ーーーー

「源家と平泉家の皆さん、横浜に到着したって」県庁内の幹部会議から戻ってきた母親と幸乃に、蛍が報告する。

「そっか・・でも、あんなに慌てて帰らなくても良かったのにねぇ」

「先生があちらにいらっしゃるんですもの、そうなりますよ。新たなミッションにも早く取り掛かりたいたいでしょうし」
副知事の村井幸乃が金森知事の発言を引き取った。

「太平洋側はまだ熱帯夜が続くでしょうに・・」

「今年はそうでもないみたいよ。中国の生産が全て止まってるからだって、あの人は言ってるけど」

「欧米各国も我が国の太平洋側もコロナで大騒ぎで、中国製品のサプライ網が停止していても問題無しって世界経済を捉えて見ると、もの凄い状況です。世界経済がストップした所で人類はなんとかなるんだって、目の当たりして、そう思いました」

「コロナで世界中が騒いでる間に着々と計画を進める彼も、サミアさん達も凄いよね。気がついたらコロナとはほぼ無縁の富山を足場にして、世界進出の土台を完成させつつあるんだから」

「今更ですが、振り返ってみると、知事への選挙支援もプルシアンブルー社を大きくする為には必要だったってことですよね」

「彼らに良い様に使われているのは事実ね。
全てはあの男の都合と思惑で物事が動いているんだけど、各ポジションに充てがわれた女達は喜んでるのよ、勿論、私もあなた達も含めてね」

「本当にそうですね。私も副知事の自分を全く想像してませんでしたから」

「自分がものにした女たちを適材適所に配置して、自分の王国を作り上げてゆく。
女達はそれなりのお金とモリの寵愛を手にするから満足してしまう。自分で稼いでいるお金なのに、モリのお陰だってみんな勘違いしている。新手の詐欺じゃないかって時々思うの、冷静に考えると」

「そうね、いつの間にか一生懸命働いてるわね。里子さんなんて、このままじゃ捨てられるって勘違いしてて、痛々しいくらいだったもの」

「志乃も凄いですよ。先生のためなら何でもやる、全て捧げるって息巻いてますから。菓子作りが天職だって言ってた妹が何故か銃を手にしてトレーニングに没頭して、今度は政治家を目指すって言ってるんですから。なんか宗教みたいな感じです・・」

「おかしいなぁ、有り余る夜のパワーをママ友にお裾分けしようと思ってただけなのに」

「新種のハーレム、もしくは夜サービス専門の新興宗教って感じ?」鮎が言って、3人で笑った。


来年7月の都議選を視野に、モリは政党立ち上げの準備に入った。新宿にプルシアンブルー社の東京支社を作り、同じビルに新党も入居する。

都議の候補者は里子の教え子のフライトアテンダント達と、亮磨の海運会社の社員や同級生。
サラリーマン時代モリの同僚と教師時代の教え子を中心に、東京神奈川の議員に据えてゆく。
里子と翔子、志乃そして亮磨の4人が中心となって都議会を占拠するプランをモリが打ち出した。

この秋からモリが専任講師となって、地方政治を学ぶ予備校を週3でアフター5に開講する。

参院補選の3箇所と横浜市長選には、サミアと亮磨を除くDeepForestの4名が立候補する。都議選が新党を全面に掲げるのに対して、参院補選は知名度で押してゆく。
今年後半の県知事選、市長選の候補者も地方国立大学の教授や助教授を立候補させようと進めており、富山県知事の副知事や顧問として集めてブレーンのように活用しようと画策している。

地方行政を母親が牛耳って、息子は国政を視野に入れつつ議員を育てる役割分担をした格好だった。

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富山のコンサート会場の喫茶店で中国メディアが入手した情報は間違いではなかったが、 与党に渡った段階で恐慌を来たしていた。
政権を事実上葬った人物が国政に転ずる。参院に一人では何も出来ないので、補選の3箇所に候補者を立てる筈だと警戒する。

警戒したところで与党には術はない。参謀も策士が一人も居ない、猪突猛進な無能な議員と老いた党員ばかりなのだから。


(つづく)

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