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川崎病をのりこえて

「もしもし、チイが入院した!」

妻からの電話だった。

1歳3ヶ月になる次女の千歳が、川崎病で入院したのだ。

その日は、年に一度の同期会の日だった。
同じ年に病院に入職した同期6人の集まりだ。

みな退職したのだが、年に一度
それぞれに増えた家族を紹介しながら楽しむという飲み会だった。

千歳は熱を出していたので、
私は長女だけを伴って参加することになっていた。

急を告げる電話は、その会場となる店の前まで来た時だった。

「かわさきびょう?」

学校で習った記憶をたどってみた。
たしか、小児の病気だったような。。。

それ以外はわからない。

妻の説明によると、心臓の病気だという。

心臓の血管を中心に全身の血管に炎症が起こる病気で、その原因は、いまだ特定されていないらしい。

発見者の名前をとって「川崎病」と命名されたという。

聞いただけでは、どんな病気なのかわかりにくい病名だ。

「なんで川崎病なんだ!」

普段であればどうでも良いことだったが、
あの日の私は「川崎病」というわかりにくい病名に
腹立たしさを覚えた。

幸い、治る病気とのことだが
心臓に後遺症が残る場合もあるため、やはり心配だ。

心配ではあるが、千歳は入院済みなので
私が今やることはない。

会場は目の前。
心配だろうが、心配でなかろうが、
お腹はすくものだ。

とりあえず、皆に事情をはなし、
2人分のコース料理もデザートも一度に出してもらい、全て平らげてから会場を後にした。

こうして、千歳の7日間の入院と闘病生活が始まった。

入院当初の千歳は、ぐったりとしていておとなしかった。ぐったりおとなしい子どもというのは、
可愛いものだ。

おかげで、
幼児にとっては反り立つ壁のようなベッドの柵も、
意味なくただのデザインと化していた。

と思っていたのもつかの間
4日ほどでスッカリ元気を取り戻し、
小猿の様に柵をつかんでゆらしていた。

それはそれで可愛いものだ。

回復傾向の千歳と共に、
ついにベッド柵にも意味が与えられたようで、
なんだか安心した。

そうこうしながら、入院して7日間が過ぎ、
千歳は無事に退院することができた。

今回、高熱が出て3日目には川崎病と診断していただき、運良く近隣の子ども病院に入院することが出来た。さらに、その子ども病院には川崎病センターが設置されていたという幸運にも恵まれていた。

発見が遅れて、早期に適切な治療ができなかった場合、心臓に後遺症が残ることがある。

現在の死亡率は0.03%程度と低い。
しかし、
後遺症が残った場合は、数年後に突然死するケースもあるそうだ。

小さい子どもはよく熱を出すものではあるが、
原因不明の熱が続く場合には、熱以外に川崎病に特徴的な症状がないか十分に気をつけ、早い段階で医師の診察を受けさせたい。

知っておきたい!危険な子どもの病気 「川崎病」 - きょうの健康 - NHKより
https://www.nhk.jp/p/kyonokenko/ts/83KL2X1J32/episode/te/N1ZKX19Y9Y/

その後、数年にわたる定期受診を経て、
必要以上に元気な小学生になった。

現在8歳、サッカーに夢中な千歳だが、
当時の記憶はない。

それでも

「チイ」
「確かにあなたは川崎病をのりこえたのです。」

そのことを誇りに思って、これからの人生を強く生き抜いてほしい。

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