【短編小説】令和寛「夜景」
「爪が綺麗だね」
そんな言葉で、沈黙が連なるぎこちない関係から、距離が一気に加速したのはなんとなく覚えてる
確か、都内の水族館の大水槽の前の薄暗い椅子で、手を重ねたところから物語が動き出して、
でも、それ以上に
「1週間だけ」
生涯聞くことのない、このフレーズのほうが強烈に脳裏に焼き付いてる
そう、忘れもしない出来事は、夜の20時、東京スカイツリーの展望台の出来事で。
話すのが得意じゃない無口の彼女が、距離を詰めてきたから、僕は人差し指を伸ばして曲げるように、自分と彼女を交互に指差して
「付き合う?」
こういうと、
「1週間だけ」と彼女は言ったのだった。
「1週間?そんな恋愛したことないから、分かんない」
「私もないから、分からない」
ー意味がわからなくて、頭が固まってしまった。
「なんで一週間?」
「今は、言わない」
周囲のカップルも、僕らの不自然な雰囲気を察したのか、景色に飽きたのか、離れていくのが視界に映った。
明らかにぎこちない微妙な空気に、興醒めしてしまったが、下りのエレベーターに乗る頃には、今度は、彼女の方から手を繋いで、距離だけはまた縮まるのだった。
ーーーーーー
「今何してる?」
「大学の論文書いてる、令は?」
「大学の飲み会で、これから帰るところ」
「安全注意して、変な人には気をつけて帰ってね。あと着いたら連絡して」
お互いをよく知らないけど、彼女は大学で化学を専攻しているらしい。
電話や会うと、口は少ないのに、何故かチャットでは頻繁に会話が続いた。
代わり映え日常をすごしていると、太陽が7回のぼれば簡単に、1週間は過ぎ去ってしまう。
ーーーーーー
7日目はあっという間に迎えてしまい、今日は横浜で会う約束を交わしていた。お目当ては映画でもでもショッピングでもない。カメラが共通の趣味の僕らは、カメラを片手に夜のみなとみらいを散策した。
17:45 叫び声が行き交う遊園地。
18.10: 暖色にともされた、赤煉瓦倉庫
18:20、人のいない遊歩道。
断片的な記憶のシャッターが頭にたかれていく…。
そして、18:30を回る頃、僕らは目的地に辿り着いた。
ーーーーーー
大桟橋のてすりにを両腕を載せると、
彼女は珍しく口を開いて
「やっぱり、馬鹿げてる。私たちあんまりお互いのこと知らないのに」
と唐突に明るい表情で覗き込んできた。
「うん…でも叶だからありえた」
唐突な言葉に動揺を隠すように、適当に言い過ごす。
「令は今彼女いる?」
「まさか」
「へぇ、昔は?」
「いたけど、相手の宗教が原因で別れたから、今はいない」
「どんな宗教?」
「それは答えられないよ」
遠くで船の汽笛が聞こえると、夜の肌寒い風が吹き抜けて、服を通り抜ける。
「私は無宗教…」
彼女は笑顔で微笑みながら続ける。
「だけど、私は信仰の主義を持ってる、私たち中国人は共産主義を信じてる」
向こう岸では、観覧車が彩りを変えながら、夜のみなとみらいを照らしている。
「私たちは、共産主義の後継者よ」
表情は優しいのに、揺るがない視線は、一切の譲歩を感じさせなかった。
ー僕はなんて答えたのだろうか。
(そのあとの会話で、資本主義は必ず滅びる。そんな言葉も聞いた気がする)
それに、何かを返答したのは覚えている。
だけど、ここから先の記憶はない。
そして、飛行機で帰国した彼女は、もう日本にはいない。
ーーー
一枚だけ残っていたあの頃の写真をじっと見つめて、カメラロールから完全に削除し、これ以上思い出すのを、僕はやめた。
作:令
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