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小説『EGOILL』

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小説『EGOILL』のChapter.1からChapter.8までをまとめました。8話完結。
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小説『EGOILL』Chapter.1

小説『EGOILL』Chapter.1

あらすじ「〈エゴイル〉というのは、私が発見したウイルスの名前なんです」と彼女は静かに口を開いた。「エゴイルは人間をゾンビに変えてしまうんです」
 予想だにしなかった回答に私は首をひねった。「ゾンビ……?」
    『EGOILL』Chapter.5より

 社畜(ゾンビ)人生をおくっていた滝夫は、ある女性との出会いをきっかけに、かつて志していた芸術の道を再び歩み出す。
 芸術の道とは、真に人間たろ

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小説『EGOILL』Chapter.2

小説『EGOILL』Chapter.2

二、詩と音楽 打算や妥協の産物としての疑似恋愛、としか思えないような男女関係に、とりあえず満足している様子の友人たちを横目に見ながら、若かりし頃の私はいつも思っていた。私は、運命の人を絶対に探し出してやるぞ、と。
〈運命の人〉というからには、やはりそれなりの根拠――その人でなければならない明確な理由――がなければならない、と私は思っていた。が、具体的にそれがどういう理由なのかは、まるで見当もつかな

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小説『EGOILL』Chapter.3

小説『EGOILL』Chapter.3

三、ストロベリー・フィールズよ永遠に 運命の人は、まるで不意に見つかった過去の探し物のように、突如として私の目の前に現れた。彼女は、意外にも身近なところに存在していた。というより、私は彼女を見知っていたのである。
 彼女との再会をお膳立てしてくれたのは、大学時代の親友であった。高校まではほとんど友人を作ることが出来なかった私であったが、大学では多くの友人に恵まれた。中でも、同期生唯一の同郷出身者で

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小説『EGOILL』Chapter.4

小説『EGOILL』Chapter.4

四、4 午前四時、私は、自宅前でタクシーから降りると、既に寝ているであろう母を起こさないように、そっと玄関のドアを開け、そのまま自室のパソコンデスクへと直行した。
 パソコンを立ち上げ、メモ用紙に書き留められた蛯原蜜子のホームページのアドレスをブラウザに入力すると、何の装飾も施されていない真っ黒なトップページに、『EGOILL』というタイトルが大きな赤い文字で表示された。これは『エゴイル』と読むの

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小説『EGOILL』Chapter.5

小説『EGOILL』Chapter.5

五、EGOILL 二〇〇九年一月、私と蛯原蜜子がメールを交換をするようになってから約三カ月が経過した。苦心惨憺してメールを送り続けた甲斐あって、当初十分の一であった彼女からの返信の割合は、三カ月時点で十分の二ないし十分の三に増加した。二人の仲は日々着実に深まっている、と私は確信していた。

「こんばんは。蛯原です。
 連休は素敵な雪になりましたね。寒いのは苦手ですが雪景色の美しさには胸が躍りました

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小説『EGOILL』Chapter.6

小説『EGOILL』Chapter.6

六、イカロス 月光のサーチライトから逃れるように帰宅した私は、ベッドの下からギター・ケースを引っ張り出した。蓋の上に積もった埃を払いのけ、ロックを外して蓋を開けると、サンバースト・カラーのフェンダー・ジャガーが姿を現した。
 ボディに入った無数の傷を見た私の脳裏に、大学時代の練習の日々が彷彿として甦った。タバコの臭いが染みついたスタジオの内部で、一心不乱にギターを弾いていたあの頃、私と仲間たちの周

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小説『EGOILL』Chapter.7

小説『EGOILL』Chapter.7

七、徴と奇蹟 道はやがてなだらかな上り坂になり、登坂車線が一本増えた。私は、アクセルを目一杯踏み込んだ。再び車線が一本に統合されるまで坂道を上り詰めると、峠にくり抜かれたトンネルが見えてきた。そのトンネルを抜けると、突然視界に青空が広がった。
 山々の頭上を覆うように入道雲が悠然と浮かんでいる。眼下に蛯原蜜子の住む町を望みながら、今度は下り坂をひたすら下った。ようやく平地に出たところで、運悪く赤信

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小説『EGOILL』Chapter.8

小説『EGOILL』Chapter.8

八、こんぺいとう 今にして思えば、二〇〇九年は私にとって飛躍の年であった。前年からの不平等文通に端を発し、〈語る会〉開催からアマラントス結成、蛯原蜜子の個展とアマラントスの初ライブ、締めくくりは再び〈語る会〉の開催という、それまでのゾンビ生活がまるで嘘であったかのような怒涛の一年を、全速力で翔破したのである。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、大空高く舞い上がった私であったが、蝋で固めた急造の翼は脆かった

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