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掌編小説

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掌編小説を敷き詰めてあります。
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掌編小説「雨に降られる」

掌編小説「雨に降られる」

うわー、傘さしてる。
ブラインドの隙間から外を覗き見ると、通行人が傘をさしていた。その割合は7割。という事は、確実に雨が降っている。

最悪。全部やり直しじゃん。
クローゼットのハンガーに掛けられた洋服を、手当たり次第にめくってゆく。
メイクも髪もやり終えたのに、最後の最後で全部台無しになった。

雨。
着ていくつもりだった洋服は、店にディスプレイされているのを一目惚れして買ったものだった。
白い

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掌編小説「赤んぼ」

掌編小説「赤んぼ」

「私不安になったわ。結婚するのが」
「まだ言ってる。俺たちが住むのはあそこじゃないだろう。マンションなんだから」
私が溜息をつくと、光はおもむろに私のバッグを腕から引き剥がし、肩に掛けた。

今頃気付くなんて。
私は閉口する。
私のバッグが重いのを歩いてから15分経って気付くなんて、無頓着にも程がある。
帰りに林檎の山を貰ったの、隣りで見てた癖に。
何を今更。
機嫌でも取ってるつもり?

電車は行

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掌編小説「薔薇に包まれる」

掌編小説「薔薇に包まれる」

都会には排気ガスが多いという。そんなの小学生の頃に習っていて、誰でも知ってる。
でもここに来るとしみじみ思う。空気がまろやかだな、と。

東京に毒されているつもりはないけれど、普段金魚みたいに呼吸する訳にはいかないから、何気なく息してる。
提供されたものを、右から左に受け取って。

でもここに来ると、東京の空気が刺々しいのだと分かる。
やわらかい、と思う。風がやわらかいのだ。
余白の多い空がなでる

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掌編小説「隣りのお姉さん」

掌編小説「隣りのお姉さん」

読みかけの漫画雑誌が床に転がってる。ベットから落ちたらしい。

どうして漫画雑誌って転がるとああなるんだろう。
くたっとなって、背表紙だけオットセイのように浮き上がって、数ページがうねって折れる。

うんざりして床から拾い上げると、キラキラした男の子が目に入った。

ああ、この子。
既に読み終えていたので、その子の背景まで容易に頭に浮かべられる。

その子は中学生の主人公が憧れている、隣りに住んで

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