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生きにくさ


生きにくさってなんだろう?


生きにくいと感じる
強弱はあるにせよ
多かれ少なかれ
人は感じた経験があるのではないだろうか……

生きにくいと感じたことがない人は
この世の中にいるのだろうか……


例えば、校則なり会社のルールなり、
自分の言葉なり……

何かの縛りに従っている時に、
自分の思う様に行かない状況で、
行動のしにくさを感じたりする。

そういうものは、小さなことでも
生きにくいと感じる状態になってるのかな……

多くは、解釈によって忘れ去るけれど、
そのような動きにくいという状況が、
生きにくいというものではないかな。


すると、解釈は大切で、
解釈によって変化する。

解釈は、人の感じ方や捉え方で、
異なるものだから、
動きの取りにくい状況でも、
動きにくさ、生きにくさは変化する。

取るに足らないことと考えたり、
そういうものだと理解をしたり、また、
他のことに上書きして忘れたりなどして、

生きにくいとまで感じずに、終わる場合もある。

解釈をどうしたか
認知によって変わる


解釈の異なりは、人によって。

その人が今までにどのように生活してきたかや、
どのように考えてきたか、感じてきたかや、
その人自身の能力的なものもあるので、

解釈はこうだ!と、答えを一つにできない。

解釈は人それぞれにあって、
どう解釈するかは本人。


生きにくいと感じてしまうのは、

自分の思う動きが取れない状況を
どう解釈したか

によって変わってくる。


だから、
なぜ、生きにくいと感じてしまうのか?
と言ったら、それはやはり、

柔軟性

なのかなって、
ふと、そんな風に感じてしまった。

決めつける訳ではないけれど、

柔軟に対応していけないというのは、
やはり、生きにくさとなるのだろうなぁ

そう感じて……


柔軟に対応できないことは、
辛くなったり苦しくなったりするわけで、

柔軟に対応をしていくことができれば、
不快を感じたとしても、
変化させていけるわけで、

柔軟にできないから、
こだわり
となるわけで……

良い働きのこだわりなら良いけれど、
苦しくなるこだわりになるならば、
緩まる方向へ向かえるといいのだけれど……

それをできないでいることに、
苦しんでいるように見えて……


自分の過去を振り返ってみても、
やはり、柔軟にできないでいたコトが、
苦しかったなと感じている。

柔軟でないことは、やはり、
生きにくさに繋がっていくのだろうなぁと
そんな風に考えて……


だからね

「柔軟でない」ということが
「生きにくさ」なのかな

って

シンプルに感じた


夜更けにひとり脳内散歩する中で……




〜柔軟な思考〜

柔軟性の弱さは、生きにくさに繋がる。

柔軟性を持つためには、解釈の幅を広げる。
解釈の種類を多く持てること。

多くを持つと、ああかなこうも考えられるな
など、物事を多角的に考えられる。
二元論にならない。他に考えは多くある。

解釈をする時には、心も働いている。
特に、期待や理想、妬みや僻み恨みなど、
強い感情と繋がるものは、解釈を難しくさせる。

固定され、柔軟性を失う。
強い感情の中だけの解釈にとどまる。

強い感情というものは、扱いが難しい。

柔軟性とは、
幅を広げてみたり
感情を弱めてみたり
方向を緩める動きの働き。

柔軟になれないのはなぜなのか……
さらに自己理解も進めていけるだろう。




・・お読みいただきありがとうございます・・


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