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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その40


40.   ベテラン大野



みんなで海に行ってから1週間が経った。


また月末の集金業務。
いつ行っても会えない人が居る。
夜しか家に居ない人も居る。
昼間しか家に居ない人も居た。


月末に会えない人も居る。
月初に来て欲しい人も居る。
月の半ばに来て欲しい人も居た。



なんだかんだ言って、
ずっと集金の事を考えているような気がする。


「あの家の人、今日行けば居るんじゃないか?」
とか
「お、電気ガンガンに付いてるじゃないか?居るねぇ。」
とか。


だから昼間、眠い目をこすって自分の部屋を飛び出して
お店で集金カバンを貰ってから、自分の配達区域に自転車で行く。


おや、なんか見たことのあるシルエット。
体のライン。


私と同じくらいの身長で
痩せている身体にピッタリとした黒いジーパンを
履いている。


顔を見た。
大野だ。
チョッパー大野先輩だ。


なんでこんな所に居るんだ?


夜なら飲みに来てるのかも知れないが
真っ昼間だ。
ジーパンの上にはちゃんとした襟の付いたシャツを着ている。


あやしい。


なんかそわそわしている。
フジテレビにオーディションでも受けに行くのか?


やっとこっちを見て私と目が合った大野先輩。


「おー。真田じゃないか。あー、集金か。」

私がたすき掛けしているカバンを見て
すぐに集金をしているとわかった大野。


そういえば最近、おとなしい大野。
以前のように朝食の時に二階から
ベースギターを弾く大きな音も
聴こえなくなった。


チョッパー大野の異名がなくなってしまった。


すっかり静かになり、目立つこともしなくなり、
飲みに行っているのかも分からなくなってしまった。
そんな大野が少しパリッとした服装で昼間から、
こんな道のど真ん中に堂々と立っている。


只事ではないな。


「どうしたんすか。先輩は。」

「いや、ちょっと人を待ってんだ。」


そう言うと、
何か話したそうに自分の足元を見ながら
足を歩道のヘリの上に登ったり降りたりしている。


「ちょっと、コーヒーでも飲むか?」

「はい。」


人を待ってはいるが、
なかなか来ないのだろう。
待ちくたびれた所に私が現れて、
ちょうど気が紛れた様子だ。


すぐそこの自動販売機にお金を入れて
私に目で合図した大野。


私は好きなコーヒーのボタンを押した。

「いただきまーす。」

もう一回お金を入れて自分の分も買った大野。


さっきまで踏みつけていた歩道のヘリを
今度は椅子にして座り、缶コーヒーを開けた。


「そうか、ここ6区だな。集金大変だな。
どこの家に行くつもりなんだ?」


「井上さんが居ないんですよ。」


「あー。井上さんか。
確か朝刊の時に部屋の電気付いてるよな?」


おー、さすがベテラン。
8年も居ると、どの区域も網羅してしまっている。


「いいんじゃね?朝刊の時にピンポンしたら?
集金でーすってさ!」


「え?いいんすか?4時くらいですけど・・・」


「いいよ、そんなの。気にすんなよ。
来られんの嫌だったら自フリ(銀行口座からの自動振替)にしろって。
って言うか、こんなに苦労するんだったら新聞止まってもいいじゃん。」


ほー。
いつもの調子が出てきた大野。
さすがロックンローラーである。


「先輩、今日休みですか?」


「ん?あ、あー。そうそう、休み。」


自分の状況を思い出して
紳士に戻った大野。


大野の手には大きな紙袋。
高そうな買い物をした時に入れてもらう丈夫な袋だ。


「チッ、帰るかな。」


「誰か待ってたんですか?」


「んー・・・」


煮え切らない感じを突破するのは得意な方の私は言った。


「前に一緒に飲みに行った時にオッサンが言ってた彼女のゆ・・
ゆ・なんとかさんが、、、」


「わー!なんで知ってんだよ!」


「いや、なんとなく、そんな気がして・・・」


またしばらく地面や自分の足の動きを見る大野。


コーヒーを飲み干したら帰ろうと思う私。
この後、夕刊があるのだから仕方ない。
夕刊を配りに、またここに戻ってきたら
まだここに居るのかな?


「実は俺、子供がいるんだ。」


「ゴボッゴボッ!!」


「どうした?大丈夫か?」


「ゴホッゴホッ・・コーヒーが・・喉に・・
ンンン!こ、こどもですか?いきなり?」


「いや、いきなりじゃない。もう1年になる。」


いきなりの大野の告白に驚いた。


「今日でちょうど1年だ。誕生日なんだ。
でも留守だな。また来るとするか。」


なんて顔してるんだ!
大人の事情というものは、こんなにも
人の顔を魅力的にするものなのか!


彫刻家が丹精込めて彫り上げた作品のような顔をして
大野が言った。


「まあ、真田丸にもいずれ素敵な彼女が出来るよ。
そんで子供が出来るんだ。可愛いぞー。」


おい。
結婚はどこに行った?


私はあまり事情が飲み込めないまま
もう時間がない事を告げた。


「あ、夕刊だな。すまん。ここで俺に会ったことは
誰にも言わないでくれよ。また飲みに行こうぜ。」


カッコいいんだか
カッコ悪いんだか
分からないけど、
大野が若い割には色々と経験が豊富であることが分かった日。


その日、大野先輩は
「チョッパー大野」を捨てて「ベテラン大野」を
襲名した。


〜つづく〜

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