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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その47


47.   イメージチェンジ



「拡張」のイメージが変わった。
私の中で。
昨日までは強引なセールスの勧誘員のイメージを持っていた。
自分の中に居る小さな自分が勝手に。


昨日の優子さんの拡張のやり方を見て、
ガラリとそのイメージが変わった。
私の中だけで。
誰かにあげたいけどあげられない。
私だけのイメージだ。
ありがとう優子さん。


コツはきっと「元気に楽しく簡単に!」だ。
優子さんを見れば思い出す。
そして淡々と数をこなしていくのだ!
心の中の嵐は過ぎ去った。
トロピカルな夏のビーチへとイメージは変わった。


しかたない。
自分一人だけで使わせてもらおう。


それに今週中にあと3ポイントを取る必要がある。
私だけの勝手な事情。
今日から毎日「拡張デー」だ。
私だけのイベント。


さて、今日も夕ご飯をしっかりと食べ終えた。
優子さんが忙しそうに食堂と奥の部屋を
行ったり来たりしているのを見ながら、
優子さんに声を掛けるタイミングを見計らっていた。


やっと私はお皿を洗いながら優子さんに声を掛けた。


「優子さん。あのー、今から拡張に行こうと思ってるんですけど・・
どこに行っても大丈夫ですか?」


冷蔵庫の中を見ていた優子さんがこちらを振り向いて言った。


「え?さっそく行くのね!さっすが真田くん!真剣くんになったんだね!
そうだ!ちょっと待って!」


そう言って冷蔵庫のドアを閉めてから優子さんは
奥の部屋に入っていった。


(また一緒に行ってくれるのかな?今日も1ポイント確定だな。ついてるなー。)


待っている間に淡い期待をしている私。


優子さんがなにやら白い紙を持って戻ってきた。


「おまたせ!ここに書いてる家を回って。たぶん全部契約取れると思うんだけど・・・」


紙を受け取った。
私の担当の6区の、
どの家が【いつからいつまでの契約があるか】が書いてある。
とても元気で大きな字だ。
跳ねる所がしっかりと跳ねてある。


今年の12月で契約が終わる家が多く書いてあった。
来年の1月や2月や3月まで契約がある家も書いてある。


「今まだ8月だけど12月なんて、『すぐ』だからさ。」


「なるほど。」


トシ行けば行くほど『すぐ』だからさ。じゃんじゃん行って来ていいんだよ。」


「まだ早いって言われませんかね?」


「がんばりますので引き続きお願いします!って言えば大丈夫だよ。」


「がんばる?」


「いやいや、特に何か頑張らなくてももうがんばってんじゃん!配達!」


「なるほど!」


「ね!雨の日も風の日も台風の日も!もし戦争になって空襲が来ても!」


「えっ?マジっすか?そんな日は休みにならないんですか?」


「え、多分配ってたんじゃない?そんな事を所長さんが言ってたよ。
それに知ってる?あ!真田くん大阪だったら大変だったんじゃない?
昨年の阪神大震災でさ・・・」


「うわっ!思い出した!本当だ!」


「あ、知ってる?新聞配達員が配達する家がなくなってるからって
避難所まで行って、その人探して新聞届けたんだってさ。すごいよねー!」


「休もうとした自分がお恥ずかしい限り・・・」


「ほんと、もしそうなったら『なんとしてでもみんなにニュースを届けるんだ!』って使命感で燃えるよね!私なんかもう帰って来ないかも・・・」


顔を すすだらけにして、瓦礫 がれきの山の上に立って
丸めた新聞を剣のように握りしめて、地平線を睨んでいる優子さんの姿を思い浮かべた。


優子さんにぴったりのイメージだ。勇敢に戦う姿が似合う。
銀の鎧に身を包んだジャンヌ・ダルクだ。
そして後ろで転がっている死体が私だ。
私だとは気付かずに踏み付けて進んで行く優子ダルク。


「・・・って、聞いてる?」


「あ、すいません。妄想が暴走してしまって。」


「今の真田くんの使命は『3ポイント獲得』。
この使命に向かって進む指南書がこれ。」


優子さんが書いてくれたお客さんの契約情報が書いた紙が
とんでもなくすごい巻物に見えてきた!燃えてきたぜ!


「いい?使命に向かって次から次へとここに載ってる家を回らないといけないんだから『ちょっとお茶飲んでいく?』って誘われても『次に行かないといけないので失礼します!』って言って、すぐに帰ってくるんだよ。わかった?」


「はい。そうします。」


「何時までにお店に戻らないといけないからとか言うんだよ?いい?」


「はい!かならず!」


「じゃあ、がんばってね!」


「はい!行ってきます!」


「あ、これ持ってっていいよ。」


そう言って優子さんは自転車置き場にある物置の中から
粗品のタオルを何枚か持って来てくれた。
それは【拡張デー】でしか使えない貴重な飛び道具だ。
ガサッと片手でひと掴み。5枚はある。


「えっ?こんなに持ってっていいんですか?」


「何言ってんの?契約もらった家にだけあげるんだよ。
そのリストがあったら5件くらいすぐ取れるっしょ。大丈夫大丈夫。」


なるほど。なるほど。
なんか優子さんと話をしているだけで
【拡張】に対するイメージが変わっていく。
なんか、『楽しいもの』に変わっていく。


「なに?なんの話?めっちゃ盛り上がってるやん!」


由紀ちゃんだ。
ちょうど外から買い物袋を抱えてお店に帰って来たようだ。


あれ?由紀ちゃんがなんか違う。
どこかしら雰囲気が違うぞ。
なんかオシャレだし、持っている買い物袋にも光沢がある。
でも、何かが違う。



何が違うんだろう?
しばらく悩みあぐねていた。


優子さんと話をしている由紀ちゃん。
由紀ちゃん。
由紀ちゃん。



あ、髪の毛だ!
ヘアスタイルを変えたんだ。

穴が開くかもしれないほど
由紀ちゃんの髪の毛を見つめた。


「(うわぁ、髪の毛がクリンってなってる)かわいいなぁ。」


「えっ、可愛い?」


しまった!
【可愛いなぁ】の部分だけ声に漏れてしまった!


「そうかなぁー。」


ちょっと恥ずかしそうに下を向く由紀ちゃん。


「どうだった?美容室は?」


優子さんが由紀ちゃんに訪ねた。


「すっごいオシャレだった!なんか緊張したよ。」


私も訪ねた。


「へえー。美容室に行ってきたんじゃんか?」


「えっ?真田くんも美容室に行って来たの?」


オシャレに対抗しようと東京弁を話してみたが、
間違っていたようだ。
会話が全く成立しない。


「いや、ごめん。美容室に行ってきたんやねぇ〜。」


「うん!すっごいオシャレなところ!」


「ほえー。髪の毛がクリンって跳ねてるのが・・・いいなぁ。」


「ありがとー!うれしー!」


今度は素直に喜んでくれた由紀ちゃん。


「ひとりで行って来たん?」


「そう、ひとりで。街もオシャレだったよ。」


「街?どこまで行って来たん?」


「恵比寿ってとこ。」


「エビス?」


「エビス⤴️じゃなくて恵比寿⤵️ね。
エビスってスを上げるんじゃなくて
恵比寿って最初のエが一番音が高いんだよ。」


「えべっさんのエビスやろ?」


どんどんとオシャレとは反対の方角に歩いていく私。


「ここ、ここ。渋谷の隣の街。」


そう言って由紀ちゃんは美容室のチラシのような
お店の広告を見せてくれた。


「渋谷より恵比寿のほうが大人でお金持ちの人が多いんだよね。」


優子さんが髪を後ろで束ねていたゴムを外して
わしゃわしゃと自分の髪を広げていた。


「俺も行ってみようかな?『恵・比寿』の美容室。男でもいいのかな?」


「あ、真田くんも行く?男の人も居たよ!これ招待券っていうか、割引してくれるみたいだよ、はい!あげる!」


「おー!ありがとう!いいの?」


「いいよ。でもオシャレすぎて真田くん倒れちゃうんじゃないかな?」


「なんとまあ!そんなにオシャレなのか?じゃあグラサンして行くわ!」


優子さんが時計を見て言った。


「真田くん!使命が変わってきてるよ!どっちに行くの?」


私は左手に優子さんからの拡張の指南書を持ち、
右手に由紀ちゃんにもらった美容室のチラシを持っていた。


「だぁぁっ!拡張に行くんでした!ダルク様!」


「ダルク様??」


「い、行って参りますぅ!」


私はそう言いながら、由紀ちゃんにもらった美容室のチラシを
丁寧に4つ折りにして右のポケットに入れて、優子さんの指南書も4つ折りにして左のポケットに入れた。


そしてタオルを持って自転車の前カゴに入れて
もう一度お店の方を見た。


「行ってらっしゃい!」手を振る由紀ちゃん。

「行ってらっしゃい!全部回ってくるんだよ!
でも19時半までには帰ってきてねー!」


えっ?全部?しかも1時間で?


さすがダルク様だ。
自分の気分を変えずにサクサクと回る大切さを
一言で教えてくれた。


楽しい仲間と楽しく仕事をして
お給料が入ったらオシャレになって、
みんなで美味しいものを食べに出かける。


最高じゃないか!


これがずっと続いていくのも
素敵かもしれない。


〜つづく〜

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