#9 苦手なことを諦める潔さと人に頼る勇気をもとう
私は発達障害であるがゆえに、とんでもなく手先が不器用である。
いや、不器用なのはもはや手先だけではない。
動作や行動、あらゆる言動、生き方そのものが不器用であると言いきってもいいくらいだ。
20代半ばまではひどい癇癪持ちだったので、自分の思うようにできないことがあると、そこらじゅうに響き渡るような大声で喚き散らしたり八つ当たりしたりと、非常に厄介で扱いにくい迷惑な人間だった。
大人になってからはずいぶんと落ち着き、そのようなことはすっかりなくなったが、当時は自分の感情や言動を自分でコントロールできなかったので止めることができなかったのだ。
いまとなれば、家族や友人を含め周りの人たちに嫌な思いをさせてしまって申し訳なかったなと思う。こんな面倒くさい私に根気よく付き合ってくれて、本当にどうもありがとう、と言いたい。
話は変わるが、私はアクセサリーが好きだ。
発達障害の特性による感覚過敏のせいで、肌に直接触れるものにはとてもこだわりがある。
昔はひどく敏感な時期があって、腕時計すら気持ち悪くて身につけられなかった。しかしだんだんとそんな苦手も和らいできて、いまでは特に違和感なく身につけられるようになった。
ちなみに、母が他界してからは、仕事でも遊びでもどこに行くにも母の形見のネックレスを身につけるようになった。
父が他界してからは、耳が痛くなるからと敬遠していたイヤリングを好んで身につけるようになった。
単なる気分によるものなのかどうかはよくわからないが、自分に近しい人を失ったことで、何らかの心境の変化が生じたのかもしれない。
生きていくのに必要な傷病手当金を頂くために、現在も定期的に通院をしているのだが、通院後に大阪の街をぶらぶらするのが毎回の楽しみになっている私。
ある日の通院後にも、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
貴和製作所というアクセサリーパーツを取り扱うお店にふらっと入って散策していたら、私好みの星モチーフのパーツを発見してしまった。
お店のスタッフさんが製作したと思われるイヤリングやネックレスも展示してある。
それを見て、直感的に「これ欲しい!」と思った。
既製品で似たようなデザインのアクセサリーをいつも探しているんだけれど、好みのものがなかなか見つからなかったのだ。
もし購入できるものなら、即買いしていただろう。
しかし、展示している作品は売り物ではないため、購入はできない。
だったら、作るしかない!
絶望的な不器用さを誇るこの私が、果たして上手いことやれるのかどうか?
不安はあったにはあったんだけれど。
だけど、「これくらいなら私でもできる」と思った。そのときはね。
まぁ今回は、またひとつ年齢を重ねた自分へのバースデープレゼントってことで。どうしても、手作りしてみたくなったのだ。
やりたくなったら、もう誰にも止められない。
興味の範囲が広くて、興味を持ったら何でもやりたくなっちゃうのって、やっぱり発達特性なんだろなぁ。
思えば、小学生のころは手芸とか工作とか、不器用なりにも何かを「作る」という行為が好きだった。
母をはじめ、手先が器用な人が周りに多かったせいか、「私もやりたい!」と強く興味を惹かれたものだ。
お小遣いで手芸の本を買って、本を見ながらいろんなものを作るのが好きだった。そういえば、そのころはお菓子作りなんかも好きだったっけ。
だけど大人になるにつれ、次第に自分の不器用さを自覚していったからなのか、だんだんとやらなくなっていった。
いつの間にか、私にとってそれは「苦手なもの」へと変わっていったのだ。
次の通院日。診察が終わって、再び貴和製作所へ足を運ぶ。
行きたくて行きたくてしょうがなくて、とても楽しみにしていた。
展示されている作品を何度も何度も確認しながら、1時間ほどかけて欲しかったパーツをチェックして、レジへ。
イヤリング2種類とネックレス4種類分、張り切りすぎて一気に20点以上購入してしまった(初めからいきなり買いすぎだってば!)。
パーツ自体はとてもお安く買えるから、これだけ買っても既製品を買うよりずっと安く済ませることができる。
なんといっても、自分好みのアクセサリーにできるのが嬉しいじゃないか。
貴和製作所には作業スペースもあり、商品を購入すると工具を借りてそこで作業することができる。
レジで支払いを済ませてから工具を借り、作業スペースへ移動して、買ったばかりのパーツを作業台に広げ、いざ!
意気揚々と作業を開始した私だったが、その意気込みは数分後、こっぱみじんに打ち砕かれた。
出来たのは、イヤリング片耳分ひとつ。
イヤリング金具と3つのパーツを丸カンで繋ぎ合わせるだけで、3時間。
ヤットコという工具を使って丸カンを開閉する作業で、悪戦苦闘。
たったこれだけのことが、私には至難の業だった。
動画だとめっちゃ簡単そうに見えるのに、私にはこんなこともまともにできなかった。愕然とした。
ヤットコで丸カンを掴んでも掴んでも、すぐに滑ってどこかに飛んでいってしまう・・・
運よく掴めても、開けない。簡単に開けないから力技で開こうとすると、丸カンはまたどこかへ飛んでいく・・・
これの繰り返し。
で、ぜんぜん前に進めない。
アクセサリー作りは、これが初めて。
ヤットコを使うのも、もちろん初めてだ。
しまった、もっと予習してから来ればよかった!
これって、素振りもしたことがない野球初心者がいきなりバットを持ってバッターボックスに立つのと同じことではないのか?!
もちろん、事前に動画を観て予習はしてきたけれど、それくらいじゃぜんぜん足りなかった。ただでさえこんなに不器用だというのに。自分の不器用さを甘くみていた。これは無謀な計画だったのかもしれない…。
他にやりやすい方法がないかと考えられる頭があればまだいいんだけど、うまくいかなくても同じことを繰り返してしまうのが私だ。
そして疲れ果てて諦めがつくまで、延々とそれを続けてしまう。
ちなみに、丸カンの開閉には指カンを使うという方法もあることに後で気づいた。
冷静になっていれば、もっと早くそれに気づけたのに。そのときはヤットコのことしか考えられなくて、指カンのことなんてまったく目にも頭にも入っていなかった。
我ながら、見事なまでの「木を見て森を見ず」なアスペルガーぶりだ。
溜息をつきながらも、こんなことができる人ってすげーな、と思った。
ハンドメイド作家さんとか、心から尊敬するわ。私にはできないから。
この日、己の絶望的な不器用さをあらためて思い知ることとなった。
自身の不器用さは、重々承知している。
そう、嫌というほど理解している。
それでも、「これなら私でも出来る!」と思っていた。
なのに、いざやってみると、そのハードルは私にとってめちゃくちゃ高く、遥か頭上に聳え立っていた。あぁ、私にはとても飛べそうにないよ…。
せめて、普通の人が普通にこなせるレベルのことが出来るくらいの器用さが欲しかったなぁ。
ちょっと親を恨んだけど、うちの親は両親とも器用なほうなんだよな。あれっ、おかしいよね???
私は身をもって体験した。
興味ややる気があっても、どんなに前向きに取り組んでも、それだけではどうにもならないことがあるってことを。
そして、私はしかと悟った。
やっぱり、間違っても「不得手なこと」は仕事にしてはならないのだ。
できれば、「好きで得意なこと」がいい。これなら何も言うことはない。誰だってきっとそうだろう。
それが無理でも、「好きじゃないけど得意なこと」がいい。
仕事にするなら、このどちらかを選択するべきだ、と強く思った。
得意でないことを頑張ってやろうとすると、その疲労感ってハンパないから。
だからこの日は、心身ともにくたくたに疲れた。
興味のあること、やりたかったことをやっているハズなのに、まるでしんどい仕事をしているかのような疲れかたで、ほんまにめちゃくちゃしんどかった。
通院しながら、こんなしんどいことして。
貴重な時間を遣って何をやっているのだ、私はいったい???
苦手なことは、誰かに頼ろう。
そう思った。うん、そうだ。それでいいんだ。
その代わり、助けてもらうばかりじゃなく、私も誰かを助けてあげるんだ。
人と人は支え合って生きている。なんて美しいのだろう。
助けてほしいときには「助けて」と言う。
誰かが助けを求めていたら、手を差し伸べてあげる。
そんなことが自然にできるような自分になりたい。
仕事のことだって、休職に至ったのは自分のキャパオーバーが原因だったんだけれど、もっと人を頼ることができてたらよかったのかな。
そうすれば、もうちょっとうまいことやれてた、のかもしれない。
そう思ったら、なんだかちょっとだけ、気が楽になった。…ような気がした。
だから、人と人とのつながりって、やっぱり大事だなぁと思った。
私は、「苦手なこと」や「出来ないこと」が、みんなよりたぶんずっと多い。
誰かに助けてもらわなきゃ、私ひとりではきっと生きていけない。
そんなポンコツな私だけれど。
これは決して後ろ向きな考えなんかではない。
いい方向に捉えて、前向きに生きていくための考えだ。
私には、助けてくれる人がいるんだから。
必要としてくれる人もいるんだから。
またひとつ年齢を重ねたばかりだというのに、私はなぜ、このような苦行を自らに課しているのだろう。
どんなバースデープレゼントやねん?!
作業をしながら、そんな思いがずっと頭を駆けめぐっていた。
だけども、こんな大事なことに気づけたってことは大きな収穫だよ!
もしかしたら、これがいちばんの「プレゼント」なのかもしれないよ!
そう、私は挑戦したのだ。
苦手だから、と最初から諦めて逃げたりはしない。
チャレンジしたけど、できなかった。
それがわかっただけでも、大きな意味があった。
だから、自己嫌悪に陥ることもない。
「食わず嫌い」にはなりたくなくて、騙されたと思ってとりあえず食べてみたけど、口に合わなかっただけ。
きっと、そういうことだ。
アクセサリー作りは、手先の器用な友人にレクチャをお願いして、再挑戦しよう!
購入したパーツの分だけでも、ちゃんと自分の手で完成させたい。
私は、転んでもタダでは起きない!!!
超前向きアスペルガーの私は、ただただ自分にそう言い聞かせるのであった。
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