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1000字程度

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少年よ大志を抱けという言葉がある。
意識というものはたいへんおもしろいもので、必ず意志の方向に沿って人はモノゴトを認識する。




方向と障害物

意志とはある種の視座もしくは目的。
意志とは言い換えてみれば、人生の向きをおおきく形作るもので、水脈のようなもの。ただ水は障害があってもそれを回避して流れゆく。
北へ行こうと決意したらそこに山河あれど回避したり乗り越えてゆく。
お金持ちになりたいとかいう者はあの手この手と障害を越えていく。

友だちを増やしたいとおもえばいくらでも増えるが、そこに確固たるモノがなければ関係性はすぐ自然な状態、つまり縁が薄まってゆく。
縁に執着すると薄まることはないが、不自然な状態なので淀む。

色々と学問や本で、〜の法則と銘打っているがどれも同じことだ。

意志なり信念なり、軸がつよいほど良くも悪くも縁を認識し、つよい分幸福も障害の大きさも比例する。

ただ唯物論的、物質的に偏った見方、具体的であるほど近眼になってしまうので、足元を固めることも大事だけれど空も見上げてほしいなとおもう。

2024/3/3 上リンク追加


ゲーム理論的世代の見方

多種多量の知覚を有する、もしくは使用しなければならない者は他人と比較して疲れやすい。意志に沿うことならともかく、霊感にせよ、学者やZ世代とよばれる者にせよ時空を問わず、力が分散浪費されるので疲労のピーク値が浅くなる。


ゲーム理論的に例えてみる。
生まれた時からスマートフォンを器用に操る世代とインターネットのなかった世代とでは、仮に同一人物で考えてもゲームのようにステータスの振り方が変わる。スマートフォン世代では、スマートフォンを通して得られる能力に一定のステータス(時間や経験等)を振らねばならず、インターネットのなかった世代はその分身体を用いたコミュニケーションや字の綺麗さにステータスを振ることが出来る。
ルドルフ・シュタイナーの云う、時代霊というものを一欠片具体化するとこういうことだろう。

昔の人が賢いというのはそういう理由から、(時代を生き抜くスベとして)知覚しなければならないものが少なく、ただ一心に弓を射ることができた。未来を彩るためには己の意志で要らぬものを選び捨て、わたしはなにものでどこからきてどこへゆくのかを問うことにより方向づけられる。

ただ流れゆくかな 川のように 雲のように

22:45


参考になるもの

蜂屋邦夫訳注.2012.老子.岩波書店
横澤一彦監修 三浦佳世 川畑秀明 横澤一彦著.シリーズ統合的認知第5巻 美感 感と知の統合.勁草書房


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