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アンティークコインマニアックス パート3 〜ローマ帝国の崩壊 軍人皇帝時代からテオドシウス朝時代まで〜


アンティークコインマニアックス パート3
ローマ帝国の崩壊
軍人皇帝時代からテオドシウス朝時代まで

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さあ、とうとうアンティークコインマニアックス古代編の最終章だ。これ以降、世界は古代から中世に入る。ローマ帝国は395年にテオドシウス1世が崩御したことにより、彼の二人の息子たちによって分割統治されることになる。これ以降、ローマ帝国が再び統一されることはなかった。アルカディウスとホノリウスにより東西に分割された帝国をビザンツ帝国という。もちろん、これは歴史の区分上の便宜的な呼称であって、当時その名で呼ばれていたわけではない。本人たちは変わらずローマ帝国と呼称していたが、歴史学では名称を使い分けるのが慣例になっている。だが、ローマは分割されたことを機に帝国の勢力が分散してしまう。その結果、西ローマ帝国は早々に他民族に制圧された。476年に傭兵隊長オドアケルによって、西ローマは滅亡した。最後の西ローマ皇帝は、ロムルス・アウグストゥスという名の少年皇帝だった。ロムルスというローマの創始者の名と、アウグストゥスという帝国の創始者の名を持つ皇帝が最後の皇帝だったことは極めて皮肉である。

それじゃ、ローマの崩壊をコインとともに眺めてみよう。まずは、軍人皇帝時代からだ。軍人皇帝時代とは、短期間に皇帝の暗殺が繰り返され、何度も皇帝が入れ替わった最もローマが不安定だった時代を指す。


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図柄表:マクシミヌス・トラクス
図柄裏:フィデス
発行地:ローマ帝国ローマ造幣所
発行年:235〜236年
額面:デナリウス
材質:銀
直径:20mm
重量:2.65g
状態:VF+ toned 
分類:RSC7/RIC7
銘文表:IMP MAXIMINVS PIVS AVG(最高軍司令官 マクシミヌス 敬虔なる者 皇帝)
銘文裏:FIDES MILITVM(軍の信義)

マクシミヌス・トラクスを表したデナリウス銀貨。マクシミヌスの肖像と信義の女神フィデスの立像が描かれている。マクシミヌスは、アレクサンデル・セウェルスを暗殺し、皇帝に即位した。これにより、セプティミウス・セウェルスから続いたアフリカ系王朝のセウェルス朝は幕を閉じた。マクシミヌスはローマ軍の兵士の一人で、大男だったことで知られる。また、トラクスというあだ名の通り、トラキア出身の皇帝だった。彼は軍の支持を得て皇帝に推挙され、アレクサンデル・セウェルスを葬って即位した。だが、彼の治世もそう長くは続かなかった。皮肉なことに軍によって暗殺された。デナリウス銀貨とは、共和政期から発行されていたローマの最もスタンダードな銀貨だった。しかし、カラカラの治世に財政悪化の対処策としてアントニニアヌス銀貨が発行されるようになり、次第に取って代わられる。


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図柄表:ゴルディアヌス3世
図柄裏:セキュリタス
発行地:ローマ帝国ローマ造幣所
発行年:240年
額面:セステルティウス
材質:銅鉛
直径:30mm
重量:18.37g
状態:VF+ toned 
分類:RIC IV 312/RC8739 
銘文表:IMP GORDIANVS PIVS FEL AVG(最高軍司令官 ゴルディアヌス3世 敬虔なる者 幸運なる者 皇帝)
銘文裏:SECVRITAS AVG S C(安全の女神 元老院発行)

ゴルディアヌス3世を表したセステルティウス銅鉛貨。ゴルディアヌス3世の肖像と安全と防衛の女神セキュリタスの座像を描いている。現在のセキュリティという言葉はこの女神の名に由来する。セウェルス朝まで黄銅でつくられていたセステルティウス貨だが、軍人皇帝時代になると材質が銅鉛に変更された。ゴルディアヌス3世は少年にして即位した若き皇帝だった。その若さゆえ傀儡の皇帝だったが、市民からは概ね人気のある皇帝だった。彼の治世は軍人皇帝時代にしては比較的長い方だったが、最期は軍により彼も暗殺された。暗殺の首謀者は、軍の上層部フィリップス・アラブスと考えられている。


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図柄表:フィリップス・アラブス
図柄裏:鷲
発行地:ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所
発行年:246年
額面:テトラドラクマ
材質:ビヨン
直径:25mm
重量:11.42g
状態:EF−
分類:McAlee 1043/Prieur 473/SNG Copenhagen 268
銘文表:AVTOK K M IOYΛI ΦIΛIΠΠOC CEB(最高軍司令官 皇帝 マルクス・ユリウス・フィリップス 尊厳なる者)
銘文裏:ΔHMAPX ЄΞOVCIAC VΠA TO ANTIOXIA SC(護民官特権保持者 執政官経験者 アンティオキア造幣所発行 元老院決議)

フィリップス・アラブスを表したテトラドラクマビヨン貨。ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所で発行された。フィリップスの肖像と鷲が描かれている。鷲はローマ帝国のシンボルであり、この鷲の構図はローマコインで頻繁に見られる。フィリップスはアラブスというあだ名の通り、彼はアラビア出身の皇帝だった。当初、ローマはイタリア出身の者が代々務めていたが、後代になると出身地はヒスパニア、アフリカ、アラビアといったように地域は様々なものとなる。フィリップス・アラブスは「プラエトリアニ」とラテン語で呼ばれる皇帝護衛のエリート部隊、すなわち親衛隊の長官を務めていた。親衛隊はローマ軍の一般兵とよりもずっと高給取りだった。ローマの中央で安全かつ給与が良かったため、花形とされた。一方、ローマ軍で最も辛かったのは、反乱が絶えない辺境の属州だった。危険な地域でいつ戦闘が始まるか分からない緊張感を駐留兵は抱えていた。フィリップスは、息子フィリップス2世とともに共同統治を行うようになるが、皇帝の地位を狙うデキウスと争いになり敗死した。ビヨンとは銀の含有率が50%を下回る低品位の銀を指す。大抵は銅との合金である。この時代のシリア属州のテトラドラクマ貨は、銀と銅が半々の割合でつくられていた。また、ギリシア語圏にあった東方属州の貨幣は、ラテン文字ではなくギリシア文字で表記されていた。


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図柄表:オタキリア・セウェラ
図柄裏:ナイルカバ
発行地:ローマ帝国ローマ造幣所
発行年:248年
額面:アントニニアヌス
材質:ビヨン
直径:23mm
重量:4.27g
状態:VF+
分類:RIC116/RC9160/RSC43 
銘文表:OTACIL SEVERA AVG(オタキリア・セウェラ 皇妃)
銘文裏:SAECVLARES AVG G IIII(皇帝たちの世紀祭 4)

フィリップス・アラブスの治世にローマ造幣所で発行されたアントニニアヌス銀貨。フィリップスの皇妃オタキリア・セウェラとカバを表している。裏面の銘文が興味深い。SAECVLARES AVG G IIII(SAECVLARES AVGVSTORVM 皇帝たちの継承祭 4)。ローマ建国千年祭を示す内容の銘文である。また、ラテン数字は貨幣の管理番号であり、描かれた動物に対応している。伝承では前753年にロムルスという男性によってローマは建国されたという。ローマはフィリップス・アラブスの治世がちょうど1000年を迎え、大規模なパレードが開催された。祭典では広大な帝国のあらゆる地域から珍獣が捕らえられ披露された。エジプトのナイルに生息するカバも帝都ローマの人々にとっては実際に目にしたことがない珍しい動物だった。アントニニアヌス銀貨とは、セウェルス朝のカラカラの治世から発行され始めた銀貨だった。帝国領域の拡大により軍費が膨れ上がったローマ政府は、苦肉の策としてアントニニアヌス銀貨の発行を開始した。従来のデナリウスよりも直径を大きくし、額面上の価値もデナリウス銀貨の二倍に相当する貨幣として流通が開始された。しかし、デナリウス銀貨が銀含有率が90%を超えるものだったのに対し、アントニニアヌス銀貨の銀含有率は50%程度だった。発行し始めた頃は良かったものの、次第にインフレが起り、ローマの経済が混乱したものとなっていく。それでも、セウェルス朝時代のアントニニアヌス銀貨は良好な方であり、さらに時代が下ると銅貨に銀をメッキ塗りした粗悪な貨幣に姿を変えていく。そうした貨幣の銀含有率は、5%を下回るほどだった。


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図柄表:フィリップス・アラブス
図柄裏:ライオン
発行地:ローマ帝国ローマ造幣所
発行年:248年
額面:アントニニアヌス
材質:ビヨン
直径:23.5mm
重量:4.45g
状態:VF+ toned 
分類:RSC173/RIC IV 12 
銘文表:IMP PHILLIPVS AVG(最高軍司令官 フィリップス 皇帝)
銘文裏:SAECVLARES AVG G I(SAECVLARES AVGVSTORVM 皇帝たちの世紀祭 1)

フィリップス・アラブスの治世に発行されたアントニニアヌス銀貨。フィリップスの肖像とライオンの姿を表している。ライオンも同様に帝都ローマの市民にとっては珍しい動物だったようだ。裏面の銘文も興味深い。SAECVLARES AVG G I(SAECVLARES AVGVSTORVM 皇帝たちの継承祭 1)。この数字は貨幣の管理番号で描かれた動物に対応している。本貨は前述のカバのコインとセットで発行されたものだった。カバのコインにはローマ数字で「4」を意味する「IIII」の数字が打たれていたが、ライオンのコインには「1」を意味する「I」の数字が打たれている。古代ローマ時代はまだテレビや新聞、インターネットなどがないため、コインがメディアの役割を果たしていた。多くの人間の手に渡るコインは、メディアの手段として非常に優れていた。


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図柄表:フィリップス・アラブスとオタキリア・セウェラ
図柄裏:ライオン
発行地:ローマ帝国下モエシア属州トミス造幣所
発行年:244〜249年
額面:ペンタサリオン
材質:AE
直径:28mm
重量:11.16g
状態:VF+ slightly double struck on rev 
分類:Varbanov 5756
銘文表:AVT M IOVΛ ΦIΛIΠΠOC AVΓ M  ωTAK CЄBHPA CЄB(最高軍司令官 マルクス・ユリウス・フィリップス 皇帝 マルキア・オタキリア・セウェラ 皇妃)
銘文裏:MHTPOΠONTOV TOMЄΩC(都市トミス発行)
フィリップス・アラブスの治世に発行された銅貨。ローマ帝国下モエシア属州トミスで発行された。フィリップス・アラブスとオタキリア・セウェラの向き合う肖像が描かれている。この意匠は属州で発行された貨幣によく見られる。また、裏面にはセラピスの立像が描かれている。セラピスはプトレマイオス朝エジプトで創造された習合神で、豊穣、医療、冥界などを司る万能神だった。エジプト発祥の男神だが、ローマ帝国領域の各地で崇拝された。頭部に穀物の秤を戴き、左手には笏を握っている。ギリシアの冥界の神ハデスの属性が習合されたので、ケルベロスを従える姿で表されることもある。

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図柄表:ウァレリアヌス1世
図柄裏:鷲
発行地:ローマ帝国エジプト属州アレクサンドリア造幣所
発行年:256〜257年
額面:テトラドラクマ
材質:ビヨン
直径:22mm
重量:10.95g
状態:VF
分類:RC1004var/GIC4511var
銘文表:A K P ΛIO VAΛEPIANOC ЄVЄVC(最高軍司令官 皇帝 プブリウス・リキニウス・ウァレリアヌス 尊厳なる者)
銘文裏:LΔ(治世4年目)

ウァレリアヌスの治世に発行されたテトラドラクマビヨン銀貨。ローマ帝国エジプト属州アレクサンドリア造幣所で発行された。麦や麻の生産に飛んだエジプトは、ローマ帝国の重要な属州のひとつだった。エジプトは初代ローマ皇帝アウグストゥスが制圧した国で、プトレマイオス王家によって支配されていた。しかし、アウグストゥスがアクティウムの海戦で勝利し、クレオパトラ7世が自死したため、属州としてローマに併合された。エジプトは皇帝属州と呼ばれる特別地域で、皇帝の直接管轄に置かれた。ウァレリヌスは二分割統治を行った人物で、広大な帝国を息子と分割して統治した。五賢帝時代のマルクス・アウレリウスとルキウス・ウェルスも内政と外政に担当を分けて統治の効率化を図ったが、ウァレリアヌスの二分割統治はさらにそれを発展させたものだった。また、ウァレリアヌスはササン朝ペルシアに捕らえられた皇帝としても知られる。シャープール1世が治めるペルシアとローマは抗争を繰り返していた。ウァレリアヌスはシャープール1世が企んだ偽りの講和条約締結の席で拘束された。その後のウァレリヌヌスの消息は不明で、馬に乗る際の踏み台として扱われるようになったり、人間の剥製にされたなど伝承されるが、その真実は判然としない。いずれにせよ、彼がその後、歴史に姿を見せることはなかった。ローマ帝国は、突然の皇帝不在で大混乱に陥った。


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図柄表:タキトゥス
図柄裏:パックス
発行地:ローマ帝国ガリア・キサルピナ属州ティキヌム・パピーア造幣所
発行年:276年
額面:アントニニアヌス
材質:ビヨン
直径:22mm
重量:4.87g
状態:EF +
分類:RIC V online 3394
銘文表:IMP C M CL TACITVS AVG(最高軍司令官 皇帝 マルクス・クラウディウス・タキトゥス 尊厳なる者)
銘文裏:PAX AVGVSTI P(幸運の女神 ティキヌム・パピーア造幣所発行)

タキトゥスの治世に発行されたアントニニアヌスビヨン貨。タキトゥスの肖像と平和の女神パックスの立像を描いている。タキトゥスという名から、有名な歴史家タキトゥスの末裔と彼は自称していたが、実際は何の血縁関係もない。彼はバルカン半島西部に位置した都市イリュリア出身の皇帝だった。元老院議員を務めるローマ政界のエリートで、ローマ皇帝に推挙された。しかし、高齢での即位のため、在位期間は一年にも満たない短いものだった。彼については残された記録が少なく謎が多いが、ペルシアとの戦争で小アジアに駐留していた際、熱病で亡くなったという。


軍人皇帝時代という動乱期を経て、ローマは比較的安定したテトラルキア時代に入る。「テトラルキア」とは「四分割統治」の意で、正帝と副帝を合わせて四人の皇帝によってローマ帝国が統治された時代だった。


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図柄表:ディオクレティアヌス
図柄裏:ゲニウス
発行地:ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所
発行年:294〜295年
額面:フォリス
材質:AE
直径:27.7mm 
重量:9.72g
状態:VF+
分類:RC12792
銘文表:IMP C C VAL DIOCLETIANVS P F AVG(最高軍司令官 皇帝 ガイウス・ウァレリウス・ディオクレティアヌス 敬虔なる者、幸運なる者、尊厳なる者)
銘文裏:GENIO POPVLI ROMANI(ローマ市民のゲニウス)

ディオクレティアヌスの治世に発行されたフォリス銅貨。ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所で発行された。ディオクレティアヌスの肖像とゲニウスの立像を表している。ディオクレティアヌスはダルマティア地方(現在のクロアチア)の農家に生まれた人物で、その後ローマ軍に入隊して才覚を発揮した。非常に優れた人物であり、テトラルキア政策を考案した。すでにウァレリアヌスの時代に二分割統治は行われいたが、これをさらに発展させ、東西で統治区分を分け、それぞれリーダーとなる正帝を一名ずつ置いた。さらに正帝の補佐、ないし正帝が何らかの理由で業務が行えなくなったり、死亡した場合のリスクを見据えて副帝も置いた。これにより、皇帝の継承もスムーズに行えるようになるのが狙いだった。ディオクレティアヌは、ローマ帝国で初めて生前退位した皇帝として知られる。従来、皇帝は死亡するまでその地位に就いていた。退位後、ディオクレティアヌスは別荘で畑仕事をするなど、穏やかな隠居生活を送った。その巧みな政治手腕から皇帝への復帰を望む人々の声も大きかったが、彼は応じなかった。権力に固執することが多かったローマ帝国の人々の中では稀有な存在だったと言える。共和期に独裁官に任命されたスッラも、任期終了後はその権力に固執することなく政界を離れて隠居したが、それにどこか似ている。ゲニウスとは、古代ローマの宗教的概念のひとつで、神とは異なる守護者を指す。聖霊に近い存在で、人間や共同体を守護する存在だった。本貨に描かれているのは市民のゲニウスで、ローマ帝国の市民全体を守護する役割を担った。


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図柄表:マクシミアヌス
図柄裏:ローマ神殿
発行地:ローマ帝国パンノニア属州アクィレイア造幣所
発行年:307年
額面:フォリス
材質:ビヨン
直径:26mm
重量:6.61g
状態:VF+
銘文表:IMP C MAXIMIANVS P F AVG(最高軍司令官 ガイウス・マクシミアヌス 敬虔なる者 幸運なる者 皇帝)
銘文裏:CONSERVATORES VRB SVAE HQS(都市の守護者 アクィレイア造幣所発行)

マクシミアヌスの治世に発行されたフォリスビヨン貨。ローマ帝国パンノニア属州アクィレイアで発行された。アクィレイアは現在のクロアチアに位置した都市で、ディオクレティアヌスの治世に造幣所が設立された。この造幣所で製造されたフォリス貨は、大型で意匠の彫刻も鮮明なことから人気が高い。本貨には、マクシミアヌスの肖像とローマ神殿が描かれている。マクシミアヌはディオクレティアヌスの同僚皇帝で、その後単独でも皇帝を務めた。ディオクレティアヌスと異なり、権力に固執する性格だった。ディオクレティアヌスが東ローマを統治したのに対し、マクシミアヌスは西ローマを統治した。裏面はローマ神殿を表している。古代ローマの建築物は現存しないものや激しく損傷したものが多いため、コインに描かれた建築物の意匠はオリジナルのデザインを知る上での貴重な資料となる。本貨に描かれたローマ神殿は、破風に植物のリースが表されており、屋根には三体の彫像が設置されている。神殿の正面をは、六本の柱に支えられており。その奥に笏と宝珠を手にするローマ女神が座している。ローマ女神とは帝都ローマを神格した女神である。古代ローマでは、都市を女神の姿で擬人化表現した。ヒスパニア、ゲルマニア、ブリタニア、ガリアなど、地域や都市名はラテン語の女性形で付けられる。


テトラルキアにより、ローマは再び安定を取り戻したかのように見えた。しかし、この四分割統治政策はディオクレティアヌスの人柄で成り立っている部分があり、彼が政界から引退するとすぐに崩壊し、再び皇帝の地位を争い合う時代に突入した。最終的にコンスタンティヌス1世が全てのライバルを排斥し、帝国を統一した。


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図柄表:コンスタンティヌス1世
図柄裏:祭壇
発行地:ローマ帝国ゲルマニア属州トリーア造幣所
発行年:321年
額面:センテニオナリス
材質:AE
直径:19.5mm
重量:2.53g
分類:RC16174var 
状態:F+
銘文表:CONSTANTINVS AVG(コンスタンティヌス 皇帝)
銘文裏:BEATA TRANQVILLITAS VOTIS XX PTR(幸福 平穏 祈願 20年 トリーア造幣所発行)
コンスタンティヌス1世の治世に発行されたセンテニオナリス銅貨。ゲルマニア属州の都市、現在のドイツのトリーアに位置する造幣所で発行された。コンスタンティヌス1世の肖像と祭壇を表している。コンスタンティヌスはミラノ勅令により、全ての宗教の信仰の自由を保障した皇帝と知られる。これにより、長らく弾圧されてきたキリスト教が公認された。結果、キリスト教は次第に勢力を増し、最終的にはローマ帝国の国教として定められるようになる。この功績からコンスタンティヌスはキリスト教徒から支持され、マグヌス(偉大なる者)と呼ばれるようになった。


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図柄表:ローマ女神
図柄裏:ロムルスとレムス、雌狼
発行地:ローマ帝国アシア属州へラクレア造幣所
発行年:330〜333年
額面:センテニオナリス
材質:AE
直径:17.8mm
重量:2.42g
状態:VF
分類:Sear16513/RICVII
銘文表:VRBS ROMA(都市 ローマ)
銘文裏:SHHЄ(シスキア造幣所発行)

コンスタンティヌス1世の治世に発行されたセンテニオナリス銅貨。ローマ帝国へラクレア造幣所で発行された。ローマ女神とロムルスとレムスの双子、雌狼を描いている。本貨はコンスタンティノポリスへの遷都を記念して発行された。コンスタンティヌスの時代にローマ帝国は、ローマからビザンティウムに首都を移した。そして、コンスタンティヌスはビザンティウムという都市を自身の名を冠したコンスタンティノポリスに改名した。東ローマをビザンツ帝国と呼ぶ流れもここから来ている。本貨には「VRVBS」という都市を意味するラテン文字が刻印されている。ロムルスとレムスの双子を描いたこの図柄は、ローマの伝統的構図である。ローマは前753年にロムルスという人物によって建国されたと伝承される。当初は協力関係にあった双子だったが、仲違いし、兄ロムルスが弟のレムスを殺害してしまう。雌狼は双子の育て親で、揺り籠に乗って川から流れてきたロムルスとレムスに乳を与えて育てたという。その後、双子は羊飼いに引き取られ、成人した後は羊飼いとして生計を立てるようになった。しかし、二人は次第に自分たちの出自や母のことを知りたがるようになる。そして、自分たちの母レア・シルウィアがローマの近隣に位置するアルバ・ロンガ王国の王女であり、幽閉されていることを知る。ロムルスとレムスは自分たちを捨てるように命じた国王アムリウスを激しく憎み、アルバ・ロンガに攻め込んだ。アムリウスを退位させた双子だったが、母はすでに獄死しており、無念にも対面は叶わなかった。アムリウスは兄ヌミトルの娘レア・シルウィアが王子を生むと王位を奪われるため、シルウィアをウェスタの巫女の役職に付けていた。ウェスタの巫女は、古代ローマの家庭の女神ウェスタに奉仕する集団で、在職する30年間は純潔を求められた。これを破った巫女は、生き埋めの刑にされた。だが、レア・シルウィアはその美しさから神殿で居眠りしている間に軍神マルスに見初められ、子を宿した。その神の子がロムルスとレムスだった。ウェスタの巫女であるはずのシルウィアが妊娠したことにアムリウスは驚いたともに、王位を奪われる恐怖で怒った。アムリウスにとってシルウィアは親族にあたるため、本来であれば処刑だが、終身幽閉の刑とした。アムリウスは生まれたばかりの双子を奪い、部下に殺害するように命じた。しかし、双子の赤子の処刑を命じられた兵士は手に掛けることができず、双子を密かにティベレ川に流し、アムリウスには抹殺した虚偽の報告をした。このエピソードはローマ建国神話と呼ばれ、ローマ人のアイデンティティのひとつとして語り継がれた。


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図柄表:コンスタンティウス2世
図柄裏:敵兵にとどめを刺すローマ兵
発行地:ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所
発行年:351〜352年
額面:マイオリナ
材質:AE
直径:26mm
重量:5.35g 
分類:RC18171 
状態:VF 
銘文表:D N CONSTANTIVS PP AVG(我らが主 コンスタンティウス 敬虔なる者 皇帝)
銘文裏:FEL TEMP REPARATIO ANTI(幸福な時代の回復 アンティオキア造幣所発行)

コンスタンティウス2世の治世に発行されたマイオリナ銅貨。ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所で発行された。「ANT」というラテン文字がアンティオキアの略称で、この地で造幣されたことを示している。コンスタンティウス2世とローマ兵にとどめを刺される敵兵が描かれてる。コンスタンティウス2世は、コンスタンティヌス1世の息子にあたる。キリスト教を信奉する人物で、その中でもアリウス派という宗派を支持していた。一方、父コンスタンティヌスはアタナシウス派を支持していた。同じキリスト教でも宗派が存在し、宗派ごとに激しく争っていた。ローマ帝国の国教として最終的に定められたのは、アタナシウス派にあたる。また、本貨は348年に開催されたローマ建国1100年祭を記念したものであり、同構図のものが帝国領域の各造幣所で発行された。ラテン文字銘文は以下の通り。「FEL TEMP REPARATIO (FELICIVM TEMPORVM REPARATIO ANTIOCIA)幸福な時代の回復 アンティオキア造幣所発行」。シリア属州アンティオキア造幣所で発行された本貨は、落馬してローマ兵にとどめを刺される瞬間の男性に頬髯が髭が生えている。しかし、他造幣所ではこの髭の描写がない。おそらくこれは、シリア属州を脅かすササン朝ペルシアの人間を表している。


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図柄表:コンスタンティウス2世
図柄裏:ローマ兵と捕虜
発行地:ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所
額面:マイオリナ
材質:AE
直径:24mm
重量:4.58g
状態:VF
分類:RIC127/RC18234
銘文表:D N CONSTANTIVS PP AVG(我らが主 コンスタンティウス 敬虔なる者 皇帝)
銘文裏:FEL TEMP REPARATIO ANTI(幸福な時代の回復 アンティオキア造幣所発行)

コンスタンティウス2世の治世に発行された銅貨。ローマ帝国シリア属州アンティオキア造幣所で発行された。コンスタンティウス2世の肖像、ローマ兵と捕虜の姿が描かれている。捕虜の前に堂々と立つローマ兵は、ラバルム旗を握っている。ローマ帝国のキリスト教の浸透率が貨幣から窺え興味深い。捕虜を小さく表現し、ローマ兵を大きく表現することで、ローマの権力を視覚的に強調している。また、D N(DOMINVS NOSTER 我らが主)という文言は、キリスト教が浸透した4世紀から銘文内に登場するようになる。


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図柄表:デケンティウス
図柄裏:ラバルム
発行地:ローマ帝国ガリア属州ルグドゥノム
発行年:351〜353年
額面:2ニオナリス
材質:AE
直径:22mm
重量:4.21g
状態:VF−
銘文表:DECENTIVS NOB CAES(デケンティウス 尊き副帝)
銘文裏:SALVS DD N AVG ET CAES X P A ω(健康 我らが主 皇帝と副帝 キリスト 始まりと終わり)

マグネンティウスの治世に発行された2ニオナリウス銅貨。ローマ帝国ガリア属州ルグドゥヌム造幣所で発行された。マグネンティウスの弟デケンティウスとラバルム文様を描いている。マグネンティウスは僭称皇帝であり、彼の弟で副帝だったデケンティウスも同様だった。この時代になるとローマ帝国は、キリスト教色が強くなる。貨幣の上にもそれが如実に表れており、イエス・キリストを象徴するモノグラムのラバルム文様が刻まれている。ラバルムはキリストの名をギリシア文字で表記した際の頭文字をモノグラムにしたものである。伝承ではコンスタンティヌス1世が夢の中で見たもので、このラバルム文様を軍旗に描いて戦うと勝利するというお告げを彼は受けたという。コンスタンティヌス1世はキリスト教の信者ではなく、宗教を政治に利用した人物であるため、このエピソードは後代の人物による創作の可能性が高い。しかし、いずれせよキリスト教がローマ帝国に及ぼした影響が多大であったことを伝えている。「A」「ω」という文字が見受けられるが、これはキリストの「私はアルファであり、オメガである」という言葉で基づく。アルファとオメガは、ギリシア文字の最初と最後のアルファベットであり、これはキリストが最初と最後を司る者、すなわち世界の誕生と滅亡を司る万物の創造主であることを暗示している。


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図柄表:ユリアヌス2世
図柄裏:牡牛
発行地:ローマ帝国コンスタンティノポリス第4造幣所 
発行年:362〜363年
額面:2マイオリナ
材質:AE
直径:28mm 
重量:8.72g
状態:VF
分類:RIC VIII163/RC19157
銘文表:D N FL CL IVLIANVS P F AVG(我らが主 フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス 敬虔なる者 幸運なる者 皇帝)
銘文裏:SECVRITAS REIPVB CONSPΔ(国家の安全 コンスタンティノポリス第4造幣所発行)

ユリアヌス2世の治世に発行された2マイオリナ銅貨。コンスタンティノポリス造幣所で発行された。ユリアヌス2世の肖像と牡牛の姿が描かれている。五賢帝時代の直後にディディウス・ユリアヌスという人物が短期間だが即位していたため、こちらの方をユリアヌス2世と便宜上呼ぶ。背教者ユリアヌスという呼ばれ方も有名である。キリスト教旺盛の時代にローマの伝統宗教を復興させようと試みた皇帝として知られる。結果、キリスト教徒から疎まれ、背教者の烙印を押されることとなった。堅実で勇敢な皇帝であり、ペルシア戦役も参加した。しかし、抗争中にペルシア軍の放った槍で負傷し、亡くなったという。自軍のキリスト教徒が放った槍で死亡したというエピソードも存在しているが、定かではない。牡牛はミトラス教の犠牲獣を表していると考えられている。ミトラス教は東方からローマに流入した。特の兵士から好まれた男神で、地下の集会所や祭壇が設けられた。教典が残されておらず、壁画等から儀式の内容を悟る他なく、その多くが謎に包まれている。だが、歴史家たちによれば、牡牛を犠牲として捧げる風習があったという。そして、ユリアヌスはこのミトラス教に傾倒する人物だったと考えられている。


コンスタンティヌス朝が断絶すると、ウァレンティニアヌス朝に取って代わられる。しかし、彼らの時代もそう長くは続かず、まもなくテオドシウス朝が創始される。テオドシウス朝時代にキリスト教のアタナシウス派が国教に定められ、ローマ帝国は様変わりした。イスラエルの唯一神ヤハウェ以外は、異教の神として存在を完全に否定された。ローマ建国者ロムルスの父である軍神マルスさえも抹消され、存在しなかったことにされてしまう。帝国の各地に存在した神殿や神像は、そのほとんどが破壊されてしまった。彼らのアイデンティティは、一体どういうことになっていたのだろう。1000年以上語り継がれてきたローマ人の出自を彼らは自ら否定した。自分たちのルーツや信仰を蔑むように教育されていった。皮肉なことにその結果、ローマは崩壊してしまったのかもしれない。


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図柄表:テオドシウス1世
図柄裏:テオドシウス1世と跪く女性
発行地:ローマ帝国パンノニア属州シスキア第2造幣所
発行年:378〜383年
額面:マイオリナ
材質:AE
直径:23mm
重量:4.32g
状態:VF−
銘文表:D N THEODOSIVS P F AVG(我らが主 テオドシウス 敬虔なる者 幸運なる者 皇帝)
銘文裏:REPARATIO REI PVB BSISC(国家の再建 シスキア第2造幣所発行

テオドシウス1世の治世に発行されたマイオリナ銅貨。ローマ帝国パンノニア属州シスキア造幣所で発行された。テオドシウス1世の肖像と勝利の女神ウィクトリアを手に載せるテオドシウスに跪く人物が描かれている。この手に載せられるウィクトリアの構図は、ギリシアコインで見受けられるアテナのコインの構図を模倣したものである。また、跪く女性の構図は、特に皇帝の権力を感じさせる。銘文は下記の通り。表面はD N THEODOSIVS P F AVG(DOMINVS NOSTER THEODOSIVS PIVS FELIX AVGVSTVS 我らが主 テオドシウス 敬虔なる者 幸運なる者 皇帝)、裏面はREPARATIO REI PVB BSISC(REPARATIO REIPUBLICAE B SISCIA 国家の再建 シスキア第2造幣所発行)。テオドシウスはキリスト教のアタナシウス派を国教に定めた皇帝として知られる。これによりローマ帝国のキリスト教以外の神殿は異教物として閉鎖され、破壊された。エジプトのアレクサンドリアにあったセラピス神殿の破壊と略奪が最も有名である。神々の彫像なども異教物として徹底的に破壊された。テオドシウスの崩御以降、ローマ帝国は統治されず東西に分離したため、便宜上、彼が亡くなった395年を古代及びローマ帝国の終焉とする。コンスタンティヌス1世の遷都により首都がローマからコンスタンティノポリスに移された時点をビザンツ帝国の成立と見なす考えもある。また、西ローマ帝国の滅亡をローマの帝国の滅亡とする捉える考えもあり、東ローマすなわちビザンツ帝国の滅亡をローマ帝国の滅亡と捉える解釈もある。いずれによ、テオドシウスの治世にキリスト教が国教に定められ、ローマ古来の伝統宗教が放棄された結果、世界が大きく変わった。古代が終焉し、キリスト教が台頭する中世が幕を上げたのである。


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どうだったかな?ローマ帝国の終焉をコインとともに眺めてみた感想は。実は、帝国の崩壊ともにコインの質が下がってきているんだ。貨幣の質は、国家情勢を如実に反映する。セウェルス朝時代からローマ帝国を次第におかしくなり始め、軍人皇帝時代で繰り返される内戦の勃発で帝国は骨抜きになっていく。テトラルキア時代に効率的な統治で安寧を取り戻したかのように見えたが、ディオクレティアヌスの引退を機に再び内戦が勃発する。内戦を最終的に収束したコンスタンティヌス1世は武力での解決に限界を感じ、キリスト教を利用して帝国の統治を試みる。最終的にテオドシウス1世がキリスト教をローマ帝国の国教として定めたことで、いにしえの神々は排除され、世界は様変わりした。歴史の流れというものは、実に面白いね。もちろん、歴史とは帯状に繋がっているもので、断絶することなく常に続いている。ボクら後世の者が、自分たちが分かりやすいように細かく時代を区分しているに過ぎず、当然、当時の人間に今からなんとか時代に突入した!なんて感覚はなかったよ(笑)。

アンティークコインマニアックスシリーズでは、パート1にあたる書籍版でギリシアの古典期及びヘレニズム期とローマの共和政時代から五賢帝時代までをコインとともに紹介した。note限定配信のパート2ではセウェルス朝時代に焦点を当て、今回のパート3では軍人皇帝時代からローマ帝国の終焉までを紹介した。この全三部作によって古代ギリシア・ローマ世界の歴史の流れが一通り掴めるようになっている。コインの図柄や銘文に言及した内容であることはもちろんだけど、その読解の基礎となる歴史や神話の背景も紹介しているよ。小さなコインから大きな帝国の歴史を辿っていこう。古代ギリシア・ローマが後世の人間に与えた影響は大きい。彼らの歴史を学ぶことで、ボクらは困難を乗り越え、争いごとを避けることができるかもしれない。先人の知恵や失敗から学び、同じ失敗を踏まないようにするのが歴史学習の醍醐味だ。まだの人は、アンティークコインマニアックスの書籍版パート1とnote限定配信版パート2も読んでみてね。


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アンティークコインマニアックス
コインで辿る古代オリエント史https://books.mdn.co.jp/books/3219303004/


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アンティークコインマニアックス パート2
崩れゆくローマ帝国 セウェルス朝時代
https://note.com/shelk/n/na2ee8ba36a2a?magazine_key=mb0925604c055


全ての道は、ローマに通ず。ローマ帝国の影響は、キミの身近なところにも及んでいるよ。言葉や風習など由来を辿ると、どれも古代ローマ起源だったりするんだ。歴史を学ぶことは楽しい。そして、ボクらは歴史を通じて賢くなれる。たとえ東の風が吹こうとも、ボクらの冒険は終わらない。


Shelk 詩瑠久🦋
















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