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マークの大冒険 | オリエンタル・ウィンド 〜古書店に隠された白き部屋〜



旅の終着点と始発点。
真実の間(ま)に辿り着いた時、そこにあったのは——。


前44年3月15日、ローマ市にて。


ローマ市近郊の上空には、巨大な竜が浮かんでいた。古来よりローマを守護する神竜ドラコーン。ローマが危機に面した時にだけ、その姿を表すという神獣である。ドラコーンが浮遊する中、突如上空の空間が歪み、電撃が放たれる。そして、歪んだ空間は虹色に光り初めた。歪んだ空間の奥には、まるでその壁を突き破るかように黒い尖った何かがうごめいている。しばらくすると、歪んだ空間の見えない壁のようなものが突き破られ、勢いよくマークのタイムドライブが飛び出してきた。タイムドライブの後ろには、タイムドライブと同じような形状の無人戦闘機が何機も続く。一度現代に帰ったマークは、複数の無人機を引き連れてローマに再び戻ってきた。マークは、すぐさまドラコーンとの戦闘態勢に入る。ドラコーンと青空の下で対峙する鉄の黒き鷲。古代ローマの人々は、マークが乗る航空機型の時空間移動装置タイムドライブを鉄の黒き鷲と呼んだ。人間が空を飛ぶことができなかった当時、人々にとって飛行機の存在は未知だった。

「支援無人機ガンマ及びエータ、ロスト」

ドラコーンが放つ火炎によって、タイムドライブと共に飛ぶ無人戦闘機の幾つかが落とされていく。眠りしドラコーンの目覚め。その力は計り知れないものだった。マークは上空で交戦を続けるものの、その制圧にかなり苦戦していた。

「ゼータ、ベータ、ユプシロン、ロスト」

ドラコーンの火炎や鉤爪の威力が凄まじく、次々に無人機が落とされていく。ドラコーンの鱗は鋼のように硬く、無人機によって放たれる激しい爆撃をものともしない。

「クシー、イオタ、オメガ、ロスト。まずいな、全ての無人機をロスト。神殿の破壊に弾は取っておきたかったが、そんな余裕は全然なかったか」

ドラコーンによって粉々にされた無人機が火達磨になりながら、平原に墜落していく。残るはマークが搭乗するタイムドライブのみとなった。

「鱗が硬すぎて、爆撃をものともしない。正面に回って口の中に撃ち込むしかないか。残り一発。ここで外したら、お終いかもしれない」

マークは機体を動かし、ドラコーンの正面に回った。ドラコーンの口から火炎が放たれようとする。勢いよく放たれたその火柱をマークは急旋回してギリギリ交わすと、機体をドラコーンの口元に寄せ、最後のミサイルをお見舞いした。直後、ドラコーンは身体の内側から破裂し、燃えながら落ちていった。

「ドラコーンを制圧。そろそろ、カッシウスたちと合流するか」

マークはタイムドライブのハッチを開けると、飛び降りてパラシュートを開いた。自動操縦に切り替わったタイムドライブは、空の彼方に消えていく。

「確か合流地点は......」

マークはそう言いながら、手にした片眼のアミュレット「ウジャト」を握りしめて何かの呪文を呟いた。すると、マークに足元に赤い巨大な降神陣が出現し、激しい閃光が放たれる。上空からの爆風がローマを包み、市街の建物の窓が勢いよく揺れた。数秒間にわたる眩い光と衝撃波が収まると、そこには黄金の肉体とハヤブサの頭を持つエジプトの天空神ホルスが現れた。

「ホルス、街の神殿を全て破壊するんだ!ローマの神々の力を抑え込む!!」

マークは叫ぶようにホルスに命じた。

真上から落下してくるホルスを見て、恐れをなした人々が逃げていく。ホルスが上空からローマの街に着地すると、その衝撃は凄まじく、大地震が起こった。着地点はクレーターのように深く陥没しており、ホルスの足元には粉々になった神殿の石材が散らばっていた。巨大な天空神ホルスの後から、マークもパラーシュートに揺られて地上に着地する。

「まずはユピテル神殿を制圧。次はウェスタ神殿を制圧する」

マークは、あらかじめホルスがユピテル神殿の真上に落ちるように計算していた。

「遅かったな、マーク」

カッシウスが空から舞い降りてきたマークに言った。

「ドラコーンの制圧に手こずっていた。だが、これで一番の脅威は排除した。上空は市内ではないから、兵装してもローマの法では違法にはならないはず。それに、降神も武装ではないから違法ではない」

ホルスが次なる神殿を目掛けて走り出そうとすると、地上から矢の雨が放り注いだ。

「弓矢?ローマ市内で武装は禁止のはずなのに。カエサルの下っ端たちが待ち構えていたのか?でも、残念ながら矢なんかじゃ、ホルスに傷ひとつ付けられないぜ」

マークは得意げにそう言った。だが、次の瞬間、ホルスの片腕が思い切り吹き飛んだ。飛ばされたホルスの腕が地面に落ちると、巨大な地響きが起きる。そして、吹き飛んだホルスの肩から黄金が勢い良く流れ落ちた。ホルスから滴る黄金は地面を焼くほど熱く、煙が辺りを覆った。

「カタパルト!?ホルスの黄金の肌も貫くか!やはり神域外の間接降神は、かなりの弱体化が見られる。でも、なぜ市内に兵器が?」

*古代エジプトの神々の体内には、赤い血ではなく、黄金が流れていたと伝承される。

*カタパルト......ローマ時代の投石器。巨大な石を「てこの原理」で飛ばす強力な兵器。火薬の登場以前は、戦場で大いに活躍した。帝政期のウェスパシアヌス帝の息子ティトゥス将軍はユダエア戦争の際、エルサレム神殿の屈強な城壁をカタパルトを利用して破壊した。

「どうして市内に武装集団が入り込んでいるんだ?城内武装は違法だ。カエサルの奴、やはりいろいろ仕組んでいやがったか......」

カッシウスはひどく驚くと共に、苛立ちを露わにした。そんな驚きも束の間、カタパルトによって巨大な網が射出された。ホルスは網にかかり、拘束される。網は剣闘士が戦いの際に利用する武器のひとつで、相手の動きを封じるのにうってつけだった。身動きが取れなくなったホルスは、複数のカタパルトから発射される巨大な石の連撃を受けて倒れていく。

「翼がない劣化形態での降神とはいえ、それでもホルスは神。人間が神を殺すというのか?勘違いしていた。一番の脅威は神でも神獣でもない、人間だったのか......」

マークの表情に焦りが見えた。

「何かがおかしい......。さっきからボクらの手を全て先回りしているようにしか見えない......。なぜホルスが着地する位置が把握されているんだ?あれだけ上空でドラコーンと激しくやっていれば、すぐに異変に気づくのは当前とはいえ、事前に市内全域に兵を配備していたのか?だったとしても、対応が早すぎる。ホルスが出現する座標をあらかじめ把握していたとしか思えない。カタパルトは数もそう備えていないはずだし、移動も容易なものじゃない。そして、あの巨大な網はホルスを討伐するために事前に用意して造ったとしか思えない。......まさか、シビュラの書が読まれているのか?ヌマ王が有していた予言の書......。この状況、そうだとしか思えない。だが、あの書は神殿火災で燃えたはずじゃ......。断片的に写本を集め直したとは記されているが、それでも不完全なはず。一体、何が起きてる?」

*シビュラの書......予言の神アポロンの巫女シビュラの神託を連ねた予言書。第二代ローマ王ヌマ・ポンピリウスがギリシアから購入し、以後、カピトリヌス丘のユピテル神殿で厳重に管理されていた。戦争や疫病などの緊急事態の際に封印が解かれて利用され、打開策が予言された。だが、前83年にユピテル神殿の大火災によって跡形もなく焼失した。

「マーク、時間がない。このままだと、きっと武装集団がこちらまで攻めてくるぞ!」

ブルートゥスが叫んだ。

「まずい!シビュラの書が彼らのもとに落ちた可能性が高い。ボクらの行動から思考まで全てを読まれている。カッシウス、ブルートゥス、作戦の継続は不可能だ!シビュラの書が彼らに渡った今、ボクらに勝算はない。悔しいが、今は撤退するしかない。市外まで逃げよう!!」

「いや、俺とブルートゥスの二人で降神すれば、逆転できるかもしれない!」

そういうと、カッシウスは間接降神の媒体となるコインを握りしめた。

「待て!ボクがホルスを降神した際の上空でのあの衝撃派をキミらも見ただろう。今、キミらがここで降神したら、降神時の爆風でローマごと吹っ飛ぶ。保険として神殿を破壊して、ローマの神を無力化できればよかった。冷静になれ、カエサルだけを葬れればよかったんじゃないのか?民間人を巻き添えにしたら、キミらの信条と大きくかけ離れる。それじゃ、法を破ったカエサルと同じ悪でしかない。とにかく、計画は失敗だ。一度撤退して、シビュラの書を打破する解決法を考えよう!」

「その必要はない。お前らはここで死ぬ」

マークらの背後に大きな人影が現れた。

「アントニウス!?どうしてここが?」

マークは驚きの表情を見せた。そして、アントニウスの背後からカエサルの姿が現れた。

「マーク、お前は勘は良いようだが、いろいろとツメが甘いな」

カエサルは勝ち誇った表情で言い放つと、シビュラの書の一部であるパピルスを胸元からちかつかせた。

「やはりシビュラの書か。でも、一体どこで......」

「殺れ」

カエサルが従えていた兵士らに三人の処刑を命じる。大勢の兵士らに囲まれたマークたちは、完全に逃げ場を失った。

「ここで死ぬくらいなら、もういいだろう、マーク」

カッシウスはそう言うと、手にしていたマルスのデナリウス銀貨を強く握り締めた。すると、銀貨は強い光を放ち出した。彼の身体から電撃が飛び交い、足元には真っ赤に染まったグラディウスの降神陣が現れた。

「こんなはずじゃ......」

ブルートゥスは悲嘆に暮れた表情でアポロのデナリウス銀貨を握りしめる。カッシウスと同様にブルートゥスの身体からも電撃が放たれ、足元には赤い竪琴の降神陣が現れた。

「やめろ!カッシウス、ブルートゥス!!」

マークは二人の降神を止めようと叫んだ。そんな時、彼の目の前に青い蝶がひらひらと現れた。

「青い蝶?!まただ」

すると、マークの視界が次第に白くなっていった。


____もう、気づいているんでしょ?


どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。




あれから___。





「Staff Only」の文字が記された立て看板が、螺旋階段の入り口に置かれている。そこに書かれているように、書店のスタッフ以外が上がってはいけない部屋があるのだろう。だが、マークは看板を避けて、その先に進んでいった。見上げてみると、二階建ての古書店の建物を裕に越えるほど螺旋階段が長く伸びた、あり得ない構造になっている。この空間が普通ではない、次元が捻れたような場所であることは確かだ。マークが螺旋階段をようやく登り終えると、そこには大きな扉があった。マークは迷うことなく、その扉を押し開けた。すると、扉の向こうには天井が高く、とても広い、白き部屋が広がっていた。純白とも言える真っ白な何もない部屋。照明がどこにもないのに、なぜだか眩しいほどに明るい不思議な白い部屋だった。そして、部屋の奥にはポツンと人影があった。

「ジェシカさん、もういいんだ。無理しなくても」

「マーク......。ようやくここを見つけたんだね」

「うん、全部気づいているよ。ジェシカさんには影がないからね。ほら、今もだ。ずっと前からそのことには気付いていたんだけど、何だか言い出せなかったんだ。言ってしまったら、もう会えなくなってしまう気がして」

「そうだったんだ......。さすがはマーク、だね」

「ボクは繰り返される螺旋の中にいる。そうなんでしょ?ある時点まで進むとリセットされて、再び新たな冒険が始まる。デジャブのようなものが最近多くてね、それでジェシカさんが特別な人間ってこと以外に、自分がループしていることにも勘付いたんだ。おそらく、ループする際に抹消されるはずの記憶が完全に消え切れていないから、繰り返しの中で僅かながらに記憶が蓄積されて、デジャブ現象が起こっている。そうなんでしょ?」

「......」

見上げると、青い蝶が一匹ひらひらと飛んでいた。白い部屋の中では、その存在は一層目立つ。

「そして、この青い蝶が分岐とリセットのサイン」

「うん、そうだよ。全部、正解」

「できれば、この螺旋からボクを解放してほしい」

「良いの?この螺旋を抜けた先に待つのは、耐え難い現実だけだよ。あなたは......。あなたは、夢を叶えられない。いつまでも日の目を見ず、誰からも評価されず、結局、何者にもなれず静かに終わりを迎える。そんな現実が待っているんだよ。あなたのことが分かるとは言わない。だけど、あなたが苦しんでいたことは分かるわ。悲しむ顔を見るくらいなら、あなたをここに閉じ込めていた方が良いと思ったの。それでも、もとの記憶を取り戻して前に進みたいと思う?」

「それで良い、それで良いんだ。それでも良いから、ボクはこの先に進みたい。たとえ叶わないと分かっていても、自分の可能性を信じたいんだ。夢は現実逃避のために見るものじゃなく、現実を生き抜く糧として見るものだから」

「そっか、マークらしいね。私たちは余計なお世話だったのかな?」

「そんなことはないよ。ずっと見守ってくれてて、ありがとう」

「ううん、それが私たちに与えられた運命だから」

「ボクは東の風が吹こうとも、屈したりはしない」

「そう、ならこの先にある扉の向こうへ進むといいわ。オリエンタル・ウィンドの世界に。結局、考え方次第なのかもね。私たちにとってあなたの苦難と感じていることは、あなたにとっては新しい冒険の始まりなのかもしれない」

「そうさ、ボクはそんなことを恐れはしない。たとえ東の風が吹こうとも、前に進み続けたいんだ。だから、行かせてよ」

「誰もあなたを止めたりはしないわ。それがあなたが選んだ選択、意思だというなら」

「今までありがとう」

マークはそういうと、部屋の奥にある扉へと進んでいった。

「マーク、忘れないで。夢を叶えることだけが全てじゃない」

すれ違い際に彼女が寂しそうに言った。

「たとえ叶わないと分かっていても、夢を追いかけ、失敗という輪廻の中で足掻き続けることがボクにとっては生きるということなんだ」

「マーク......」

マークは後ろを振り返らず、歩幅を緩めることもなかった。彼はそのまま何も答えず、一度だけ小さく頷きながら、光が溢れる扉の向こうへと包まれていった。


To Be Continued...


Shelk 詩瑠久 🦋


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