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歴史を変えるのび太『ぼくを止めるのび太』/タイムマシンで大騒ぎ⑧

藤子先生のお得意ジャンル、それは「時間」である。

SF作家は往々にして時間をテーマにした作品を残しているが、SF(少し不思議)作家であるF先生もまた、膨大な時間にまつわるお話を執筆している。

それにしても、なぜ私たちは「時間」をテーマにした作品を好むのだろう。少し掘り下げて考えてみたい。


時間は基本的に、誰にでも均等に流れているが、時の流れの感じ方は人それぞれである。同じ人間でも、楽しい時間はあっと言う間だったり、年を取ると1年の経ち方が早まっているように感じる。

また、時間の使い方も人それぞれだ。同じ1時間でも、アクセクと色々と動く人がいれば、のんびりと過ごす人もいる。1時間の体感は人それぞれなのだ。


また、進んだ時間は元に戻らない「不可逆性」の性質を持つが、これが時に残酷だし、時に滑稽である。時間を戻せるはずもないのの、あの頃に戻りたいとか、もう一度やり直したいとか、そんな気持ちになることもある。

時間はどんな大富豪でも思うように操れないもので、全ての人間が、いかんともしがたい絶対的なものとして、人生に立ち塞がってくる。


つまり、どんな人でも「時間」については頭を悩ますものだし、それゆえ時間の使い方には、皆、気を使う。時間ほど身近で、絶対的な存在なものはなく、それゆえ「時間」についてのフィクションに、興味を引いてしまうのかもしれない。


藤子作品においては、「時間」をテーマとした作品は無数あるが、その中でも「タイムマシン」という時間を移動できる乗り物が登場するお話が、これまた膨大に存在する。

タイムマシンを使えば、いかんともしがたい「時間」を遡ったり、一足先に未来へ行くことだって可能だ。それゆえ、人間の欲望が露わになるし、そこにはドラマが生み出される。


「タイムマシンで大騒ぎ」と題して、これまで7作品を詳細に検討してきた。以下にリンクを貼っておくので、興味あるところが読んでもらえると幸いである。


このシリーズ以外にも、タイムマシンを使った「大騒ぎ」話の記事を書いている。思いつくままに、そちらもリンクを貼っておこう。


改めて、既にかなりの数の作品を記事化している・・。しかしながら、「ドラえもん」においては、数限りなくタイムマシンが登場してくるので、まだまだ上記の記事は全体のほんの一部と考えてもらって良いだろう。

本稿以降でも、「タイムマシンで大騒ぎ」シリーズの作品は、さらに続いていく予定となっている。タイムマシン関連の作品は傑作ばかりなので、コツコツと漏れなく取り上げていくようにしたいと思う。



『ぼくを止めるのび太』(初出:あとの後悔さきにたたず)
「小学六年生」1977年12月号/大全集5巻

タイムマシンに乗って、未来の国からやってきたロボットのお話「ドラえもん」においては、タイムマシン関連の作品は無数にあって、全て取り上げてのは不可能レベル。ただし、いくつかの作品傾向があるので、まずはその点から。

タイムマシンもので良く見かけるパターンは、過去に遡って、何かを変えようとする展開である。その場合、過去で何かを変えようとしても、絶対的な時の流れに贖(あがな)えず、結局何も変わらなかった、というオチになることがほとんどである。

「ドラえもん」において、最初から決まっていた運命通りになるというパターンが非常に多いのだ。(SF短編ではその限りではない)

ただし、大きなマクロの視点で見ると、のび太の結婚相手はジャイ子からしずちゃんに変更されているので、タイムマシンを使って過去(現実)を変えることは可能となっている点には留意しておきたい。


本作でも、いつものように過去を変えようとしても変わらない・・という展開に進むかと思いきや、これが珍しく過去が「変わってしまう」タイプの作品となっている。詳細を見ていこう。


冒頭、スネ夫とジャイアンがプラモデル(ポルシェ935ターボ)で遊んでいる。ちなみにポルシェ935は、1970年に世界中のレーシングを席巻していたスポーツカーである。

一方ののび太は、カップ麺10個を並べて、片っ端から食べている。そして5個目に挑戦したところで、ゲープとなって箸が止まる。のび太は、バカバカと自分の頭を殴り出す。

ドラえもんが止めに入ると、のび太は頭を抱えながら、なぜカップ麺を大量に食べることになったのか事情を語る。

・思いがけずおじさんから1000円貰った
・貯金が1300円に達し、兼ねてからの夢を果たそうと考えた
・その夢とは、プラモとカップ麺10個ををいっぺんに食べることだった

ドラえもんは、「やったことは仕方がない」と諭すのだが、うずくまっていたのび太は意外にもカラっとしている。のび太は、実は失敗した場合のことも考えていたという。

それは、「タイムマシン」を使って、過去の過ちをやり直そうというのである。1時間前の自分にプラモを買わせれば、今食べたラーメン4個は食べ得になるという。


タイムマシンに乗ろうとするのび太を、ドラえもんは制止する。過去を勝手に変えることはNG。みんなが自分に都合よく過去を変えようとしたら、歴史が滅茶苦茶にこんがらがってしまう。

ところが、そうした時間事情を理解しないのび太は、

「大げさだなあ。歴史とラーメンと、なんの関係がある?」

とどこ吹く風。渋々ドラえもんも一緒にタイムマシンに乗り込むが、

「歴史には勢いがあって、ちょっとやそっとでは変えられない」

と釘を刺す。結果的には、ドラえもんの指摘通り、歴史の勢いを感じさせるオチになるのだが・・・。


一時間前の野比家。おじさんから1000円貰い、その使い道をカップ麺かプラモかで迷い、プラモは子供っぽいのでカップ麺にしようと決めいている。カップ麺でも十分に子供っぽいアイディアだとは思うが・・・。

そこへ一時間後ののび太が「カップ麺10個なんてバカげたこと止めろ、バカ」とやや傲慢な態度で割って入る。一時間後ののび太は「いくら僕でも僕に向かってバカとは何だ!」と憤る。この喧嘩腰の態度は、後々の伏線になっているので、気にかけて置きたい。

のび太は実際に食べた結果、四個で見るのも嫌になったと実体験を語る。すると一時間前ののび太はなるほどと納得した模様。あっさりと目的は達成されたようである。


元の時間に戻るのび太たち。過去が変われば現在も変わるハズ・・・ということで、カップ麺がプラモに変わるのを待つのだが、待てど暮らせど変化なし。

そこでのび太は単身、もう一度一時間前へと向かう。ところが部屋には姿がない。ママに「僕がどこへ行った?」と聞くと買い物に行ったという。道でしずちゃんに「僕を見かけなかったかい」と尋ねると、模型店へ向かったという。

ところが模型店にはのび太の姿はない。すると近くにいたスネ夫が、少し複雑な話を伝えてくる。それは、もう一人ののび太が店に入ろうとしたら、さらにもう一人ののび太が来て、言い合いになったあと、二人とも乾物屋の方へ向かったという。


何がどうなってんだ、と怒りながら乾物屋と走っていく。すると、二人ののび太が大量のカップ麺をまさしく買おうとしている。「こらあっ、やめろ!」と食い止めるのび太。

もう一人ののび太は、一時間後からやって来たのび太の、さらに一時間後ののび太だという。つまり、ここに揃った三人は、
・主人公ののび太
・一時間前ののび太
・一時間後ののび太

ということになる。


一時間後ののび太は言う。プラモを作った結果、滅茶苦茶になったという。ぶきっちょなのび太にとって、ポルシェのプラモは難易度が高かったのだ。ここで口論が始まる。

現在のび太・・いい加減に作ったからだ
一時間後のび太・・ラーメンならしまっておけばいい
現在のび太・・まとまった金を使う意味がない

話は平行線のままで、遂にのび太同士、空き地で決闘の雰囲気となる。一時間前ののび太は、「こんなことで自分同士が血を流すなんてくだらない」と、別の二人を説得するのだが、殴り合いが始まってしまう。

するとそこへ大怪我をした3人ののび太が、ヨロヨロと空き地に現れる。3人は自分同士の喧嘩した未来からやってきたのび太たちで、喧嘩を止めに来たのである。


ということで、喧嘩は止めたものの、三人がこんがらがってしまい、誰が何時間前に帰るのかわからなくなる。そこで三人は、ドラえもんに「何もなかったことにして、振りだしに戻してくれ」と頼みこむ。(この時点で、ボロボロとなった3人はいなくなっている)

しかしドラえもんの答えは冷たい。

「そりゃ無理だ。これだけもつれると、完全には元通りには戻せないね」

3人ののび太はぐちゃぐちゃに動くタイムマシンに乗って、それぞれの世界へと帰っていく・・。


プラモかカップ麺か。過去を変えようとしたのび太がたどり着いた世界とは・・・。二つがこんがらがった結果、カップ麺のプラモを作る羽目となる。カップ麺を食べて、かつポルシェのプラモをゲットするのは、やはり虫がいい話であったようだ。

ちなみに、自分同士が言い争って、結果的にロクな目に遭わなくなるというお話としては、異色SF短編の『自分会議』という作品がある。本作は『自分会議』のドラえもん版(子供版)という位置づけと考えてもよい。

上の方でリンクを貼ってあるので、こちらと比較してもらうのも一興かと。


「ドラえもん」考察をたくさんやっています。


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