『あやうし!ライオン仮面』で考える/タイムパラドックスとは何か?初級編
藤子F先生がもっとも得意なテーマのひとつに「タイムパラドックス(時間の逆説)」がある。今回の記事では、代表的な「タイムパラドックス」を二種類上げて、その事象について検討した後、実際の藤子作品におけるタイムパラドックスがどのようなものか見ていくことにしたい。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をはじめ、古今東西で様々なタイムトラベルがテーマの作品が作られているが、そのほとんどで、過去での行動が現代や未来へと影響を及ぼすタイムパラドックスが主題として使われている。
あらゆるSF作品を読んだり観たりしていわるわけではないので、その筋の方には怒られてしまうことを覚悟しつつ、タイムパラドックスには大きく二種類が存在していると考えている。
一つが有名な「親殺しのパラドックス」(①)である。過去に戻り自分の父親を死なせてしまうと、未来で自分を生むことができなくなるので、自分が存在しえない状況に陥る、というものだ。
もし仮に自分の存在が消えてしまった場合、今度は親を死なせる人も消えてしまうことになるので、一周回って今度は親がそのまま存在し、自分の存在は復活する。こうした矛盾を論理的に解決させる方法として、大きく3つの手段がある。
A)因果律・歴史は変えられない
B)自己修復機能
C)パラレルワールド
A)の考え方では、親殺しをしようと過去に戻っても、すでに時間の流れは確立している(因果律がある)ので、どうやっても親を殺すことができない、というものだ。主人公が過去に戻って親を殺そうとしたことは既に実際の歴史に組み込まれており、新たな事象(この場合親殺し)は起こせない、ということになる。
最近だと「TENET」がこういった歴史は決定づけられているという考え方に基づいた話となっていた。
B)の考え方では、多少の歴史を改変しても、それは大きな湖に石を投げ入れたレベルに過ぎず、波紋が起きたとしても大勢に影響はない、とする。親殺しではないが、「ドラえもん」第一話でセワシくんが説明した「結婚相手が誰だとしても自分は生まれてくる」という考え方がこれに近い。
ただこのBでは、大きな歴史の変更は許されないので、タイムパトロール隊や厳格な法律などによって歴史改変を取り締まるというストッパーも設定に組み込むパターンが多い。このBパターンでの変化球としては、大きな歴史上の変更が加えられた場合、宇宙が消滅する、というような破滅的な結果ととなることもある。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はBのパターンに属する作品だが、自分の存在に関わる歴史変更が加えられると、自分の姿が消えていく、というような映像的にわかりやすい表現を取り入れていた。
C)は、過去に戻って改変が加えられた瞬間から、新しい時間軸が発生するという考え方になる。これによれば、親を殺してしまっても、新しい時間軸が発生してその流れの中で自分は生まれなくなるが、もともとのタイムラインで生まれている自分の存在はなくならない。
論理矛盾が起こりづらいので、このパターンは良く見かける。有名なところだと、「ドラゴンボール」のセル編でこれを採用していた。
親殺しのパラドックスの次に有名なのが、「存在の輪」(②)と呼ばれるタイムパラドックスである。
簡単に説明してしまうと、「ご先祖様の宝の地図を発見して財を成し、それを元手にタイムマシーンを作って過去に戻り、その宝の地図をご先祖様に渡す」といったケースを想定した場合、一体だれが最初に宝の地図を書いたのか? というような論理矛盾が起こる。自分が知った情報を自分に知らせているわけで、あくまで自分のタイムリープの輪だけで物事が完結してしまっている。
この「存在の輪」は、1944年にP・スカイラー・ミラーが発表した同名タイトルのSF短編に由来するパラドックス。藤子F先生はこの主題がとても好きだとみえて、いくつもの作品で登場させている。
かなり前置きが長くなったが、今回はタイムパラドックスの一つ「存在の輪」をテーマとした、非常にシンプルで有名な作品を検証していく。それが「ドラえもん」の『あやうし!ライオン仮面』である。
「ドラえもん」『あやうし!ライオン仮面』
「小学四年生」1971年6月号/大全集1巻
初掲載は「小学四年生」で、10歳前後の子供でもすんなりとタイムパラドックスが楽しめる、良作となっている。
F作品ではお馴染みのフニャコフニャ夫先生の漫画「ライオン仮面」が事の始まり。6月号のラストで、主人公のライオン仮面が大勢の敵に囲まれて、やられてしまうのだが、これを読んだのび太とドラえもんは、続きが気になって仕方がない。どうやって助かるのか全く見当もつかないのだ。
ドラえもんは、それならば本人に聞けばいいと大胆な思いつきのもと、フニャコ先生の自宅に乗り込み、直に続きを聞こうとする。ところがフニャコ先生はかなりの売れっ子で、原稿を待つ編集者がイライラしながら何人も並んでいる状態。フニャコ先生の仕事部屋に入ろうとするドラえもんを、「ライオン仮面」の編集者が止める。
筋を聞きたくてやってきたというドラえもんに対して、編集者も「どうなることやら」と呆れた風。二人でフニャコの部屋に入っていくと先生は、
「あれから、どうして助けたらいいか、見当もつかん」
と衝撃的なお言葉を発する。作者本人も続きがわかっていなかったのである。
ますます続きが気になるドラえもんは、禁じ手を発動。タイムマシンで来月へ行って、続きを読もうという訳である。一か月後の本屋に入り、7月号をチェックするドラえもん。しかし立ち読みのため、半分読んだところで、本屋さんにはたきで叩(はた)かれて追い出されてしまう。
現在に戻ってきたドラえもん。同じく続きが気になるのび太やジャイアンたちも空き地に集合して、ドラえもんからその内容を聞き出そうとする。半分しか知らないくせに、ドラえもんは得意になって語りだす。
ドラえもんの説明では、あれから場面が変わり、ライオン仮面の弟のオシシ仮面が登場するという。苦心の結果くらやみ団の本部を突き止めて乗り込んでいく。・・・と、ここで、後は秘密、となって皆ズッコケる。
すると、その話を土管の中で聞いていたフニャコフニャ夫が飛び出してきて、「その先を教えろ」と掴みかかってくる。
「あんたの描いた漫画だよ」
「まだ描いてないんだ」
タイムパラドックスが起きそうなやりとりである。
ドラえもんは、締め切りに追われているフニャコに強く迫られ、続きを読むためには240円が必要だと説明してお金をもらい、もう一度一か月後へと向かう。
タイムマシンで再度向かった来月では、先に未来へと行ったドラえもんが少し前を歩いている。時間移動ものの面白さを端的に伝えるナイスな描写である。前のドラえもんが追い出されたばかりの本屋に入って、再度叩かれる、といったギャグシーンも絶品である。
ドラえもんが7月号を買ってフニャコ先生のもとへと届ける。未来の雑誌を目の前にして驚くフニャコ。しかしすぐに「ま、この際どうでもいいか」と、締め切りを前にして細かいことは構っていられない(全然細かい話ではないが)。
果たして7月号、死んだはずのライオン仮面をどうやって助けるのか。それが、救助に向かったオシシ仮面もラストで捕まってしまう。そして6月号のライオン仮面と同様に、くらやみ団に(ほぼ)殺されてしまうのであった。
「こんな終わらせ方じゃあ、後が困るじゃないか!」
「描いたのあんたでしょ」
ほぼタイムパラドックスな会話がここでも繰り広げられる。
続きが気になって仕方がない、フニャコ先生。ドラえもんは、「何なら再来月に行って8月号を買ってくる」と申し出る。さあ、気になる次号では・・・、場面が変わってオシシ仮面のいとこのオカメ仮面が現れる。もはやエンドレスな雰囲気となってきた。
複数の雑誌の締め切りが迫るフニャコ先生。順番に並べると、少年キャベジン(マガジン)、少年ザンネン(サンデー)、少年チャランポラン(チャンピオン)、少年ジャプン(ジャンプ)。著名な雑誌全てに連載しているフニャコフニャ夫とはどれだけ大物なのか??
大混乱に陥ったフニャコは、ドラえもんに今度出る雑誌を全て買ってくるように懇願する。大量に次月号を買ってくるドラえもんだったが、フニャコは泡を吹いて机の下に横たわっている。疲労で倒れてしまったのだ。フニャコは言う。
「君、その雑誌を見て書き写してくれ」
いよいよタイムパラドックスが発動する。
ベレー帽を被って、必死に書き写すドラえもんは、思う。
「僕の写した漫画が載って、この雑誌が出るとすると・・・。漫画の本当の作者は、誰だろう?」
見事に「存在の輪」が完成である。
これほどSF的なストーリーを、正味12ページでまとめてしまうF先生の手腕には本当に恐れ入る。締め切りに追われ続ける自分自身を投映させたフニャコフニャ夫も「ドラえもん」で初めて登場させたり、ライオン仮面・オシシ仮面という名キャラクターも生み出した。名前だけの登場だったオカメ仮面や、その親戚たちも見てみたいと思わせる広がりも感じさせる。そして何より、大爆笑の見事なドタバタギャグ漫画としての完成度もめっぽう高い。
本作を含めて、初期のドラえもんにはタイムマシーンを使った傑作が多数描かれており、こうした作品群も折を見て紹介していきたいと考えている。
本稿ではタイムパラドックスの一つ「存在の輪」をテーマとした『あやうし!ライオン仮面』を見てきた。次稿では、「タイムパラドックスとは何か?」中級編として別の作品を検討したい。
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