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時間移動でひと儲け『オヤジ・ロック』/タイムパラドックスとは何か?番外編

これまで3回に渡ってタイムパラドックス、とりわけ「存在の輪」と呼ばれる現象を用いた話を見てきた。今回も、同じテーマを描いた作品だが、「オヤジ・ロック」というまた別のアイディアが注ぎ込まれた、他に類を見ないお話となっている。

また、タイムパラドックスを使ったお金儲けの話でもあるが、これも未来で得た競馬の結果を使って過去で馬券を買う、というようなありがちな展開にもしていない。スタンピード現象という群集心理を使ったマーケティング手法とパラドックスを掛け合わせた、ややこしい儲け話となっている。


『オヤジ・ロック』
「S・Fマガジン」1977年7月号/大全集「SF異色短編」3巻

それではこのユニークなお話を見て行こう。

オヤジ・ロックなる巨大な石を売り歩くセールスマン、マージン50%という条件に飛びついて、セールスを始めたが、案の定さっぱり売れない。これ以上の販促を諦めて団地のベンチに座っていると、その巨石に興味を持って近づいてくる男がいる。

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その男も同業のセールスマンで、ちょっとした旅行道具を扱っているようだが、こちらもさっぱり売れないらしい。そして、オヤジロックについて詳しく聞いてくる。

オヤジ・ロックとは、小石をまるでペットのように扱うジョークグッズの「ペット・ロック」からヒントを得て、大型化させたものらしい。ペットではなく、日本の家庭から権威が急速に失われた「頑固オヤジ」を投影している巨石なのだそう。

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最初は、んなバカな、と思って読んでいたが、調べてみると「ペット・ロック」は実際に日本でも発売されて話題となったグッズであった。Wikiによれば、1970年代にアメリカでブームとなり、1977年にトミーから発売されたとのこと。本作が発表されたのも1977年だから、まさに時を得ての発想であった。ちなみに半年でブームは去ったようだが、世界で500万個が売れて売り上げは6億7400万だとか・・。すごい商売があったものである。

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「ペット・ロック」に便乗して作られた「オヤジ・ロック」は定価20万で、宣伝期間中のみ10万円での販売という、かなり強気な値段設定である。

様々な業種のセールスを手掛けたきたが、やはりニーズの無い所にセールスは成り立たない。そう熱弁する男。

するともう一人のセールスマンが口を挟む。

「いや・・・ニーズがあっても成立しない場合もありますな」

そして自分の商売道具の説明を始める。時間旅行を夢見たことはありませんか、と。過去や未来へ行ったり来たり。この「タイムトラベルト」で、前後一カ月の時間移動が可能になる。値段は特価10万円。

いきなりの漫画のような話に、キョトンとしてしまう、オヤジ・ロックのセールスマン。そんな様子に、「ホラその目!」とすかさず反応するタイムトラベルトのセールスマン。「今の日本でタイムマシンを売るのがこんなにも困難だとは思わなかった」と。

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タイムトラベルトは、広告やパブリシティを出そうにも規制がかかり、実演しても幻覚と思われたり精神病院に入ってしまったりと、お決まりの反応をされてしまうのだという。しかも町の発明家が偶然に作ってしまったものだということで、商品に説得力もないのだった。

オヤジ・ロックのセールスマンは、その話を聞いて、自分ならタイムマシンがあれば、どんな品物でも売り尽くせると豪語する。そして、ベルトを借りてオヤジ・ロックのセールス活動に出るという。マージンは売上の70%。もちろんジョークとして。

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しばらくして、男が興奮を隠さずに走って戻ってくる。

「これは本物のタイムマシンじゃないか!」

男はあれだけ難航していたオヤジ・ロックを売り上げており、電話でさらに在庫を全てよこせと会社に伝える。彼は一体どんなテクニックを使って、大量販売を可能にしたのだろうか?

男が言うには、タイムパラドックスの応用で、どんな商品にも対応できる新しいセールス・ポイントを作ったのだという。そのからくりはこうである。

団地の一室に飛び込みでオヤジ・ロックを売り込み、知らないという反応を待ってから、まだ知らないの? と切り返す。ここでタイムマシンを密かに作動させ、一か月後の世界に飛んで、ご近所の部屋へと移動する。

そこでは、オヤジ・ロックが納品されてきたり、オヤジ・ロックで癒されている姿がある。そして、団地の住民のほとんどが買っている、と告げると、「早くうちにも頂戴!」となるのだった。

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セールスマンは、こう説明する。

スタンピード現象(なだれ現象)を使ったのだと。日本では、家庭の普及率が50%を超えると、爆発的に売り上げが伸びるのだという。カラーテレビ、高校進学率・・。売れているところを見せることで、さらなる売り上げが望める、というものである。

「あなただけが持っていない」

これに勝るセールスポイントはない、という訳だ。

このセールス活動には、タイムパラドックスを利用しているわけだが、作中ではその詳しい説明が無いので、ここで補足しておこう。流れは下記である。

「持ってないんですか?」と挑発する。
  ↓
一か月後に移動すると、売れている状態が作られている。
  ↓
それを見て、本当に売れる。

ポイントは、あくまで現時点において、「持ってないんですか?」と聞くことが出発点ということだ。その上で、絶対売れているハズという確信のもと、タイムマシンで一か月後に行くと本当に売れている、という流れである。

つまり、一個目の売れたという実績がないままに、未来では売れた風景が作られて、それを見ることで実際に売れていくというわけだ。

典型的な「存在の輪」のパラドックスだが、少々ややこしいだろうか?


オチとしては、マージンの取り分でセールスマン同士が揉めて、タイムマシンを発動して一時間前に戻ってしまう。オヤジ・ロックは売れ残ったままで、暑さのせいでおかしなユメを見たとセールスマンが佇むのであった。

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オヤジ・ロックのアイディアの印象が強すぎるが、本作は立派なタイムパラドックスものである。F先生お馴染みの「存在の輪」を使いながら、流されやすい日本人の特徴なども皮肉った、大人向け作品に仕上がっている。

また、タイムマシンは前後一カ月しか移動できない、という設定もちょっと新しいアイディアである。この部分を使って、また別の作品も作れそうである。


さて4回に渡ってタイムパラドックス、特に「存在の輪」をテーマとした作品を取り上げてきた。他の記事を読まれていない方は、是非こちらのリンク集から飛んで貰えると嬉しいです。


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