見出し画像

『片道タイムマシン』で深く考える/タイムパラドックスとは何か?中級編

前回の記事で、有名なタイムパラドックスは二種類あることを紹介した。①親殺しのパラドックスと②存在の輪である。また、親殺しのパラドックスを作品として描く場合、その論理矛盾を処理するために、代表的な3つの方法が取り得ることを書いた。(A)因果律・歴史は変えられない(B)自己修復機能・もしくは宇宙消滅(C)パラレルワールドである。

藤子F先生はタイムパラドックスや、タイムマシーンを使った時間移動というテーマをあらゆるパターンで描いた作家だが、とりわけ「存在の輪」のネタがお気に入りで、これを踏まえた作品を多数発表している。前回はその初級編という位置付けで、「ドラえもん」初期の傑作『あやうし!ライオン仮面』を紹介した。


本稿では、続けて「存在の輪」をテーマとした作品を紹介、考察していきたい。

「キテレツ大百科」『片道タイムマシン』
「こどもの光」1974年9月号

「キテレツ大百科」がどのような作品なのかは、以前の記事を参照いただきたい。長くテレビ放送もされていて知名度も高いので、ご存じの方も多いと思うが、簡単に言えば江戸版「ドラえもん」といったお話である。

「ドラえもん」が未来のひみつ道具を使った作品で構成されているのと対になる形で、「キテレツ大百科」では過去の(江戸時代の)発明品を使った作品群となる。もちろん、未来と過去という違いがあれど、その効果や効用はほぼ一緒のことが多いわけだが、「キテレツ」では基本手作りの道具であることがポイントとなっている。

つまり、手作りである「キテレツ」の発明品は、壊れやすいのである。この脆さが、たびたびドラマを生み出すのが「キテレツ大百科」黄金のパターンとなっている。

キテレツの弟子となるロボット・コロ助。彼が『潜地球』という話で「キテレツの作る乗り物はそれに乗ってどこかへ行くときっと帰れなくなるナリ」と熱弁しているが、これは正しい見解。月へ向かったりアフリカへ行ったり地面に潜ったり冥界に行ったりと、あちこちに行くたびに、帰れなくなる事態に巻き込まれている。

それはたいていの場合、発明品の故障によるものだ。

一方、ドラえもんの道具は、未来の工業製品という設定なので故障はあまりしない。ただ効果が効きすぎたり、融通の利かないことによる騒動はたびたび繰り広げられることが多いのだが・・・。


さて本作を見て行こう。

きっかけは「郷土の歴史」を調べるという夏休みの宿題である。友達たちが何とかして歴史を調べている間、キレテツは寝て過ごしている。パパは心配になって声を掛けると、その宿題のために「航時機」を作っていて、これで町の歴史を目で見てくるつもりである、今はコロ助が部品を探してくるのを待っているのだと言う。

そこでうっかりキテレツ斎様の秘密をバラしかけたことに気が付いて、パパを誤魔化して部屋から出て行ってもらう。ここでキテレツ斎の名前を出しているところはポイントの一つ。

そしてコロ助が残る部品の、壊れたラジオとストップ・ウォッチを見つけてくる。「航時機」では、ラジオに入っているトランジスタが必要な部品となっており、キテレツは不思議に思う。トランジスタの発明は1948年、「航時機」の製造法が書かれたのが1855年、ちゃんと、戸乱辞須太(トランジスタ)を使うべしと載っているのである。まるでオーパーツである。

この1855年という年号は記憶しておきたい

画像1

江戸時代にタイムマシンを作った天才・キテレツ斎を偲びながら、「航時機」は完成。その夜出発することにする。コロ助は遠足気分でお弁当を大量に「航時機」に詰め込むが、重いとタイムトラベルに支障が出るということで、キテレツは荷物を外へと放り出すのだが、この時何かのボタンが引っかかって取れてしまう。それに気が付かないキテレツ・・・。

宙に浮かび上がり、いよいよ時間旅行に出発だ。10年、20年、30年、40年前と遡り、町の様子をメモしていく。10年前では赤ちゃんのキテレツも見ることができた。50年前は駅ができる前の小さな村、120年前の1854年(安政元年)には、ついに一軒の家も見当たらなくなった。

キテレツの住む町は、この頃から少しずつ発展していったのである。町の歴史を見物したキテレツは、元の時間に帰ろうとするのだが、なんと帰るときに必要な「逆転ボタン」が見当たらない。出発の時に弁当と一緒に取れてしまったボタンだったのである。キテレツは何とか修理できないかと配線をいじってみるが、逆に完全に壊してしまうのであった。

さて、勘のいい読者ならすぐに分かるが、キテレツが帰れなくなった年は、1854年。これはキテレツ斎が航時機製造法を書いた前年に当たる。もちろん、これは偶然ではないのだ。

画像2

ボタンが取れたことで言い合いになるキテレツとコロ助だが、ニホンオオカミらしき鳴き声が聞こえ、怖くなって走って下山する。すると一軒の家が見つかり、そこに助けを求める。

家の住民は人のいい夫婦だが、キテレツの言うことはさっぱり理解できず、頭がおかしい子だと認識されてしまう。ま、それは当然のことだろう。

翌朝、起きて水くみを手伝うが、重くてうまく運べない。ご飯も粟のおかゆで質素なもの。コロ助は卵に焼きのりがないか、などと言うが怒られてしまう。昔の日本は貧しかったのだ。


さて、それから2カ月。髪も伸び、服もだいぶ汚れてしまっている。そして最初苦労した水運びはバランスよく出来るようになっている。時間の経過をうまく視覚化している。

パパやママに会いたい。もう帰れないと思うとキテレツは涙が止まらず、コロ助も慰めの言葉が出てこない。そこに、旅の者が話しかけてきて、家に泊めて欲しいという。

家の住民は旅の男に、キテレツたちが「航時機」がどうのと妙な事ばかり言って気の毒だ、と紹介している。男は、ほう、と感心し、その「航時機」を見たいと言い出す。渋々壊れた「航時機」のところへ連れていくキテレツ。旅の男は珍しいものを見るのが何よりも好きなのだという。

画像3

置き去りになっている「航時機」に食いつく男。見たこともない材料を使っていると興味を示して、乾電池やモーター、トランジスタなどについてキテレツに尋ねる。次第に男は構造を理解してしまい、トントンと「航時機」の修理を始める。そしてなんと本当に直してしまうのだった。

信じられないキテレツだが、コロ助は試してみようと説得する。そして元来た時間にセットすると、何と「航時機」の動力が作動を始める。

帰れるナリ! 消えゆく「航時機」に乗って男に名前を尋ねると、

「わたしはキテレツ斎・・・」

キテレツはキテレツ斎様に助けられ、現代に戻ってこれたのである。

画像4

しかしここでキテレツは思う。キテレツ斎様は「航時機」を見て、大百科に作り方を書いた。それを見てキテレツが「航時機」を作った・・・。

「すると・・・、はじめに航時機を考え出したのは一体誰?」

またしても、タイムパラドックス「存在の輪」の完成である。

画像5

お話の構造はまるで『あやうし!ライオン仮面』と一緒。【キテレツ斎→キテレツ→キテレツ斎】とタイムマシン製造法が伝播していく、見事な円環が作られている。本作では「タイムマシン」そのものを円環のキーパーツとしている点が特徴的であろう。

「キテレツ大百科」が連載されていた「こどもの光」は、小学生・中学年あたりを想定して描かれている。この読者たちが、過去から帰れなくなるドキドキを体験しているうちに、時間移動の不思議に思いを馳せることのできる作品となっている。

『あやうし!ライオン仮面』同様、本作もとても分かりやすい話の筋で、読んでいるうちにすんなりとタイムパラドックスを理解できる作品であった。藤子作品は、小難しいことをとにかく簡潔に表現してしまう


さて次回の記事では、(今度こそ)複雑なタイムパラドックスをテーマにした異色SF短編を取り上げてみたい。大人向け作品で、どのようにタイムパラドックスを描いたのだろうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?