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柿の木の思い出とタイムパラドックス/野比のび助の青春・番外編【年表付】

これまで3回にわたって、のび太のパパ・野比のび助の過去を見てきた。初恋から家庭環境から進路、そしてママとの出会い。それらを分かっている範囲で時系列で並べてみた。

基本的に日常をループしている「ドラえもん」において、過去エピソードの年代を特定するのは困難だが、初期ドラについては具体的な日付を出すなど、それなりに整合性をつけている。多少の類推は含まれるが、大体以下ののび助年表のようになるだろう。

【のび助年表】
1945(S20)年6月10日 学童疎開
『白ゆりのような女の子』(70年6月発表)
1946(S21)年 11~12才
『夢まくらのおじいさん』(76年12月発表)
1949(S24)年 中学生
『この絵600万円』(72年12月発表)
1956(S31)年?2月15日 ママと出会う
『のび太が消えちゃう?』(81年2月発表)
1959(S34)年11月3日 婚約24~25才
『プロポーズ作戦』(71年11月発表)
1962(S37)年8月7日 のび太生誕
『ぼくの生まれた日』(72年8月発表)

最も新しく描かれた『のび太が消えちゃう?』は、年代の特定はできないが、話の内容から1956年頃と推定した。ママは、大学生のパパと高校生時代に出会っているので、パパより4歳程度若いと思われる。おそらく短大を卒業後すぐにプロポーズを受けたのではないだろうか。

これまでの3回の記事では紹介しきれなかったのび助の過去エピソードがあと2本ある。2作とも庭に生えていた柿の木を巡る切ない話となっている。「のび助の青春」番外編として、こちらを紹介していきたい。

『一晩でカキの実がなった』
「小学六年生」1984年4月号/大全集11巻

本作ではのび助の弟が登場する。のび助の弟と言えば短髪ののび郎おじさんが有名で、『ぞうとおじさん』『宝さがしペーパー』などに登場している。ただ、本作や『「スパルタ式にが手こくふく錠」と「にが手タッチバトン」』に出てくるおじさんの外見は長髪で、両作とも名前が出てこないことから、のび郎とは別の弟という可能性がある。

他にも父方のおじさんが何人か登場しているが、これらは初期設定の揺らぎということで、個人的にはその存在を無視して考えている。また髪型の問題があるが、過去のエピソードでは兄弟は一人しか出てこないので、のび助の弟はのび郎一人ということで良いのではないだろうか。

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本作は前後半で二つのエピソードがあり、前半はいつもの困ったのび太のお話が展開される。

お使いの帰りに珍しいトンボに気を取られて財布ごと買い物かごをなくしてしまったのび太。ドラえもんは「時空間とりかえ機」という、土地の一部分を過去と入れ替えることのできる道具を出す。これによって、20分前の地面と入れ替えて、失くした買い物かごを見つけることに成功する。

この後のび太はこの道具を使って、太古の海だった頃と時空を入れかえ、首長竜を登場させている。さすがは、隙あらば恐竜を登場させるF先生。

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ところで、「時空間とりかえ機」は、過去の時空間を現代にもってくるので、タイムマシンとほぼ同じ働きをしていることになる。買い物かごを過去から取り寄せたわけだが、これによって20分前ののび太は、買い物かごを見失ってしまったのであろう。過去で買い物かごを失くす→現代に時空間とりかえ機でかごを取ってくる→過去の買い物かごが無くなる、というタイムパラドックスが発生している点に注目しておきたい。

無事買い物かごを見つけて帰ると、パパとおじさんが、庭の柿の木の思い出について語っている。この柿の木は数年前に枯れて切られてしまっており、その話題が作中で何度か言及されている。

のび郎がまだ幼稚園のころ。貧しかった野比家は庭に生る甘い柿が毎年の楽しみだった。あと少しで柿が熟れるというところで、のび助はのび郎にもっと甘くなったらどっさり取ってやると約束する。

しかし柿の木を羨ましく思った友だち二人に、いい顔して遠慮なく食べていけと言ってしまったばかりに、噂を聞きつけた大勢の友人が集まってしまい、柿食べ放題パーティーとなってしまう。調子に乗ってお土産にしてしまうヤツもいて、弟が泣き叫ぶ中、柿は一つも残らず無くなってしまう。

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のび郎は胸が潰れるほどの悲しい思いをし、のび助もまた弟が可哀そうで、今でも夢に見るほどの辛い思い出となっていた。のび太たちはこの話を聞いて、あることを思いつき、「タイムマシン」で悲劇の日へと向かう。


そこではのび郎が柿の木に水をやっており、お母さんが水を上げても来年まで実は生らないと言い聞かせるのだが、

「なるもん!一生懸命やれば何でもできるって幼稚園の先生が言ったもん」

と健気な弟ちゃんなのである。

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のび郎が家に入った後、のび太は「時空間入れかえ機」を使って、一日前の柿の木を呼び出す。そこへ、昼間のことで眠れないのび助が歩いてくる。見上げると、柿の実がたくさん生っている。慌ててのび郎を起こしてきて、二人で柿の木を見て大喜び。

そのまま柿の木の時空間を入れかえたまま現代に戻ると、のび助とのび郎の辛かった思い出が、奇跡の嬉しい回想に変わっているのだった。

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兄弟愛溢れる良いお話なのであるが、タイムパラドックスの観点で少し物語を整理しておきたい。

悲劇の日に戻って、一日前の柿の木と入れ替えたのだが、これによって一日前の柿の木は枝だけの状態となっているはず。よって友だちに柿を食べ尽くされるような事態は起こりようがない。が、悲劇は実際に起こり、それにより奇跡を喜ぶという光景も現れた。つまり、ここでは原因と結果の逆転<タイムパラドックス>が起きている。

この矛盾を解消するためには、柿の木周辺の時空間を入れかえたことで、新たに二つのパラレルワールドが発生したと考えなくてはならない。もともとの時系列と合わせると、3つの並行世界が存在することになる。まとめると、

①友だちに柿を食いつくされた兄弟の苦い思い出
②時空間入れかえ機によって、一日前の柿の実が現れる奇跡の思い出
③時空間入れかえ機によって、一日後の枝だけの柿の木が出現して、友だちも野比兄弟も柿を食べることができなかった歴史(描かれていない)

少々ややこしいだろうか? タイムマシンの先で「時空間入れかえ機」を使って現実を変えているので、二重のタイムパラドックスを引き起こしてしまい、3パターンの歴史ができあがってしまう事態となってしまったのである。

本作は「ドラえもん」において珍しい、過去の改変によって現代が変わってしまうパターンの作品だという点を押さえておきたい。


『タイム・ルーム 昔のカキの物語』
「小学四年生」1988年12月号/大全集16巻

のび助にとって庭の柿の木は非常に大事なものであることが、再びわかるエピソードとなっている。

のび太がマンガ「タンキくん」8巻を買ってくるのだが、それを見たパパは、子供のころ大好きだったマンガだと懐かしがる。新刊なのでそんなはずがないとのび太は言うが、パパは間違いないと興奮する。

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そこへ、しずちゃんが庭で採れたびわのおすそ分けにやってくる。これに大喜びののび太は、自分も過去に戻って、庭の柿の木から柿の実をどっさり取ってしずちゃんにあげようと思いつく。ところが、あいにくタイムマシンは故障中

そこでドラえもんの出した道具は、「タイム・ルーム」という部屋ごとタイムスリップできる、大仕掛けの機械。これを使って、部屋ごと30年前の過去に行く

30年前の家族に見つかるとまずいということで、若き日のおばあちゃんの目を盗んで庭に出て、柿を実を取ろうとする。するとそこに、「カキドロボー!」と叫びながらのび助が登場。逃げるのび太たち。

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やはりのび助にとって、この柿の木は大事な存在なのだ。弟にも食べさせたいと思っているはずである。

柿の木を見張るのび助だったが、厳格な父親が現われ、「見張りなどくだらない、勉強しろ」と𠮟られてしまう。そして自室に戻るのだが、そこはのび太たちの現代の部屋。部屋が変わっていることに戸惑いながらも、「タンキくん」の漫画を手に取り、読むのに夢中になってしまう。

のび助が夕ご飯に呼ばれてようやく部屋から出たところを見計らって、部屋をタイムスリップさせて現代へと戻すのび太たち。柿も取れずタンキくんも失ってしまう踏んだり蹴ったりののび太。そこへパパが、物置の奥から見つけたというボロボロになった「タンキくん」を持って現れる。「昔夢中になったマンガがあったぞ」と、大興奮のパパなのであった。

このお話は、『一晩でカキの実がなった』と違って、過去の改変が織り込み済みの現代というパターンのタイムマシンものとなっている。

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今回取り上げた柿の木をテーマにした二作は、タイムパラドックスについては、まったく異なる見解で作られた作品である。タイムパラドックスについてのF作品の考察を詳しく知りたい方は、柿の記事、いや下記の記事を参照してもらいたい。


さて全4回でのび太のパパ・のび助の過去をほぼ全て見てきた。他にも、『あとからアルバム』(84年2月発表)で図画工作コンクール金賞を取った話題が出てくる作品もあるが、過去ののび助の姿が見れる作品は全て紹介した。

のび助は、戦争や厳しい家庭教育を経験した典型的な戦中派の男である。しかし、画家を目指したり、この時代では珍しい恋愛結婚をするなど、戦後の新しい時代の父親でもある。

ザ・サラリーマンの悲哀も感じさせなくもないが、家庭のために一生懸命働く良き父親なのだ。サラリーマン・のび助については、また別の機会で記事化したいと思う。


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