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タイムマシンは完成を絶対に許されない??『T・Mは絶対に』/タイムマシンで大騒ぎ②

藤子F作品を語る上で、絶対に外せないテーマが「タイムマシン」及び「時間」である。

これまでも色々な切り口で、タイムパラドックスだったり、タイムマシンに関する記事も書いてきたのだが、「タイムマシンで大騒ぎ」と題して、真っ向からタイムマシンを扱った藤子作品を取り上げていくことにする。

前項ではそのプロローグとして、初期ドラえもんの代表的なタイムマシンもの『タイムマシンで犯人を』を取り上げて検証した。記事は以下。

この記事の中で、もしタイムマシンがもし完成すれば、犯罪が無くなるのではないかと書いた。犯罪を犯す前にタイムマシンで行って、犯行現場を目撃できるからである。


本稿ではそんなタイムマシンと犯罪の関係について、もうちょっと深掘りできる作品を取り上げてみる。本作を読むと、タイムマシンがあればいいなあと能天気に憧れる気持ちは、かなり薄らぐことになるだろう・・・。


『T・Mは絶対に』「S・Fマガジン」1976年3月号/大全集4巻

本作を楽しむために、若干の予備知識を共有しておきたい。まず、そもそもタイムマシンのアイディアは誰が最初に思い浮かべたのだろうか。「タイムマシン」の歴史から見ていこう。

まず、時間の不可逆性については、大昔から賢い人間たちが考察していたに違いない、と考えられる。

誰にでも等しく流れていく時間を受け入れ、時に抵抗してきたのが人間の歴史ではなかっただろうか。

例えば「不死」という概念がある。これは時間の流れの行き着く先である「死」から逃れようとする考えだが、それは時間の流れに逆らっていくことを意味するかも知れない。


19世紀末になると、エンタテインメント小説が身近になって、その中でSFというジャンルが登場する。そしてSFの一大テーマと言えば、「時間」である。

例えば、流れる時間が止まったらどうなるのか。自分だけ早く動けるようになったらどうなるのか。過去へ遡ることができたなら・・・。そんな風に世界中の作家たちが、時間について夢想し、様々なSF作品が作られていった。


初めて時間の流れを進んだり遡ったりできる「タイムマシン」という機械を「発明」したのは、SFの巨人と言われたH・Gウェルズの『タイム・マシン』(1895年)だとされる。

この作品では、未来や過去への時間旅行を操縦できる乗り物としてタイムマシンを設定している。主人公である科学者は遠い未来へと向かい、そして戻ってくる。いきなり壮大なスケール感がある。

日本では1913年に『八十万年後の社会』という邦訳で紹介された。藤子F先生は、子供の頃から読み込んでいたものと思われる。本作でもウェルズの名前がさりげなく登場している。


もう一つ本作には「相関性原理」という言葉が出てくる。これは「相対性理論」から想起された藤子先生の創作であろう。「相対性理論」については、僕クラスでは噛み砕いて説明するのは難しいので、是非詳しい本を読んでもらいたい。

ただ分かることは、ウェルズが「発明」した「タイムマシン」と、時間の概念を物理学の中心に持ってきたアインシュタインの「相対性理論」が、20世紀のSF作品に多大なる影響を与えているということである。


ではそろそろ前置きを終えて、作品の中身を検討していこう。

物語の登場人物は3人(+アルファ)。タイムマシンの開発に没頭している科学者と、その妻、さらには科学者が勤めていた研究所の元同僚である。

嵐の晩。3人が科学者の家に集い、「タイムマシン」についての論争を繰り広げている。意味深なキーワードも散りばめられているので、少し丁寧に追ってみよう。


科学者の元同僚の男は、「T・M(タイムマシン)は絶対にできっこない」と強く主張する。会話の中から、科学者に対してタイムマシンの開発など止めて、元の研究所に戻ってくるように勧めているようだ。

「ユメから覚めてくれ、何より奥さんが可哀そうだ」と、人の家族を引き合いに説得を試みる。熱心だが、少し踏み込みすぎの印象も受ける。

話題に出てきた科学者の奥さんは、見た目がかわいい女性だが笑顔は見られない。そしてほとんど男性二人の会話に入ってこない。無口なタイプなのだろうか。


タイムマシンができないと言われた科学者は、強く反論する。まず、タイムトラベル不可逆論は、ウェルズ時代から繰り返されていると語る。この発言は、ウエルズが『タイム・マシン』を発表したことを契機に本当にタイムマシンなど作れるのか、と議論されたことを踏まえている。

さらに科学者は「相関性理論」が唱えられて、時間の不可逆性を克服したと語る。この部分は何かもっともな話に聞こえるが、実際にはそういった事実はない。流れよく、実在のウェルズから一足飛びに創作部分に突入させる藤子先生のテクニックである。


T・M開発の道は開かれたという科学者の反論を踏まえて、後輩の男は再反論する。

・猫も杓子もT・M開発に乗り出した
・完成したというニュースが流れることもある
・公開実験での成功例はなく、実験以前に科学者が行方をくらますことも珍しくない

あっさりと語られているが、T・M開発者の行方不明の事例が多発しているらしい。読後に読み返すと、何だかゾッとする部分である。

そして後輩は思わせぶりなことを途中まで口にする。

「なぜなら・・・T・M自身の中に完成を許されない宿命が・・・」

一体どんな宿命だと言うのだろう。しかし話を科学者が遮ってしまう。誰が許そうと許すまいとできるのだ、と強く主張する。

互いに主張をぶつけ合い、見事に平行線を辿る。二人の間に気まずい沈黙が訪れる。


するとそこに科学者宛ての電話が掛かってくる。電話の詳細は不明だが、明日の10時に電話の相手が来訪するというのである。奥さんが「どなたがいらっしゃるの」と聞くと、「明日になればわかる」と口をつぐむ科学者。

そのやりとりを聞いて、元同僚男性が「きみはいつもその調子だ」と非難めいた発言をする。そして、

「会社を辞めた時だってそうだ。全くの独断で、奥さんにさえ事前の相談がなかったというじゃないか。挙句の果てが、この惨めな暮らしだ」

と語る。

ここの発言も、かなり他人の家庭事情に踏み込んだ内容となっている。奥さんしか知り得ない情報も入っており、「惨めな暮らし」という主観的な表現も含まれる。

科学者は「みじめ」という言葉に引っ掛かる。奥さんに対して、「今の暮らしがみじめだと男に言ったのか」と問い詰める。「よせっ」と口を挟む元同僚。再び不穏な空気が漂う。


科学者は少し考えてから、「君たちだけに見せてやろう」と言って地下室の階段を降りていく。科学者は語る。実はT・TV(タイムテレビ)が完成している、明日記者会見で発表する段取りだった、と。

科学者が発明したのは「T・M」ではなく、「T・TV」だという点は、一応確認しておきたい。


地下室の研究室に入ろうとすると、部屋の鍵が空いている。すると、中からダダッツと何者かが飛び出してくる。科学者が拳銃を発砲しながら後を追うが、逃げ足早くあっと言う間に消え去ってしまう。

研究が盗まれたのか、目的は何だったのか。ひとまず研究室をつぶさに見て回るが、異常は無さそうだ。

この何者かが潜んでいたというシーンは、お話上あまり意味を成さないように思える。この後の伏線にもなっていない。

僕自身、どんな意味があったのだろうと思い巡らすのだが、今の所の結論としては、「拳銃を撃たせたかったから」だと考えている。

拳銃をここで登場させておくことで、ラストシーンで再び使われる拳銃に対して、唐突感を出さないようにするためだと考えられる。


科学者が完成させていたT・TVとは、映像だけを時間移動させることのできる機械ことであった。科学者は、実験にときに収めた写真を紹介する。全て過去の写真であるが、古代エジプト、5世紀のバイキング、1814年のウィーン会議などの風景が撮られている。

科学者が自信満々だったのは、T・Mまであと一歩のところまで研究が進んでいたからだったのである。写真を見て驚く、元同僚と奥さん。


科学者は実演をお目に掛けようと提案してくる。そこで、よせば良いのに、昨晩のこの家を見ようと言い出す。

科学者は半分ジョークとして、「自分が地下室に籠りっきりの間、ワイフ殿が何をしているか見てみよう」と、機械を操作していく。

そして、映像が映り始める。それを見て「やっ」と驚きの声を上げる科学者。

・・・するとその瞬間、背後から元同僚が拳銃を打ち込んで、科学者はその場に倒れ込む。


大きなモニターには、元同僚と奥さんが抱き合ってディープ・キスをしている画像が写し出されている。

元同僚と奥さんで地下室の床をさらに掘り下げ、その中に科学者を埋める。そして、男はT・Mの秘密を語り出す。

「知られたくない秘密は誰にでもあるもんだ。個人の情報から、それこそ国家機密に至るまで。それがあるうちはT・Mは実用化されないんだよ、永久に」


元同僚の男性は、最初からずっとT・Mは絶対にできないと強く主張していた。将来、科学的に作れるかもしれないのに、あまりに絶対的に否定をしていた。

それは、T・Mが物理的に完成できたとしても、絶対に実用化できないと確信を持っていたからだ。自分自身も不倫という「罪」を犯していた。これを夫である科学者に知られるわけにはいかない。

だからこそ、強く、人の家庭事情に踏み込む程に科学者の発明を食いとめたかったのだ。ひとたび完成させてしまえば真実が知られてしまう。

思えば、TMを完成したと言きながら、公開実験の前に姿を消してしまった科学者たちも、そうやって不都合な真実が明らかになる前に消されていたのだ。


前の記事では能天気に、タイムマシンが完成すれば犯罪が減る、というようなことを書いた。

が、実際には犯罪者や何か隠し事をしていたい人たちにとっては、タイムマシンは邪魔でしかない。あってはならないものだ。

「タイムマシンが完成すれば犯罪が減る」のではなく、「犯罪者がいなくなれば、タイムマシンが完成する」ということが真理であった。

それはつまり、「T・Mは絶対に完成しない」ということなのである。


本稿では、「異色SF短編」に相応しい、ブラックな夢も希望もない「タイムマシン」作品を検証してきた。次稿では打って変わり、ドタバタが魅力の「タイムマシン」作品を見ていく。


SF短編、目指せ全作解説。


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