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栄光と苦悩を重ねた後の「めぐりあう時間たち」。甲子園のスター→立教大学→プロ選手。ロッテの沢田投手と西武の田村投手。同い年の2人が同日に勝利投手

同い年のピッチャー2人が別々のマウンドで輝いた。かつて兵庫と大阪の強豪校で甲子園のスターとなり、同じ大学に進学。その後、別々のチームのプロ選手となる。1994年生まれのロッテ・沢田圭佑投手と西武・田村伊知郎投手。同じ日にそれぞれの試合の勝利投手となった。栄光と苦悩を重ねた末に、2人の時間がめぐりあった。

6月1日のセパ交流戦。ロッテ・沢田投手と西武・田村投手が共に別々の試合でリリーフピッチャーとして登板し、直後に味方チームがサヨナラ勝ちを収めたため、2投手が勝利投手となった。

10連勝中のロッテは阪神と対戦。2-2のまま決着がつかず延長戦に。十一回表に沢田投手が5番手でマウンドに上がった。

先頭打者に四球を与えたが、直後に併殺に打ち取る。5番打者にも四球で出塁を許したが、次打者を三塁ファールフライに打ち取り無失点でベンチに戻った。その裏の攻撃でロッテは愛斗選手がサヨナラ打を放ち、沢田投手に白星がついた。

一方の西武は巨人と対戦。2-3と1点ビハインドの九回表に、田村投手が4番手で登板した。先頭打者に四球を与えたが、後続をサードゴロ、空振り三振、ショートフライに抑えて、無失点で味方の反撃を待つことに。

土壇場の九回裏に西武は同点に追いつき、なお2死一、二塁の好機。元山飛優選手がライトへサヨナラタイムリーを放ち、逆転勝ち。田村投手も勝利投手となった。

高校時代、沢田投手は2012年の大阪桐蔭の甲子園春夏連覇に貢献した。現在メジャーリーガーの藤浪晋太郎投手の控えという位置づけだったが、先発もこなすなど沢田投手がいてこその春夏連覇だったと思える。

一方の田村投手は兵庫の報徳学園高出身。2010年の夏の甲子園では4強に進む原動力で、その活躍ぶりから「スーパー1年生」と評された。翌年の春の甲子園にも出場したが、3年の夏は右肩痛で最後の試合には登板できなかった。

2人はともに立教大学へ進学。沢田投手は1年春から活躍、3年生の時にはユニバーシアード競技大会の日本代表に選ばれ、金メダルを手にしている。

一方の田村投手は故障に苦しみ、初勝利は3年春と遅かった。ただリリーフとして、4年の時にはハーレムベースボールウィークの日本代表に選出されている。

その後、沢田投手はオリックス、田村投手は西武へとプロ入りを果たした。ともにリリーフ投手としてマウンドに上がるが、沢田投手は度重なるケガでオリックスから戦力外通告を受け、2023年にロッテに移籍した。

昨年9月18日に西武とロッテが対戦。九回裏に沢田投手が登板し、直後の十回表に田村投手がマウンドに上がっている。

田村投手にとって、沢田投手はライバルでもあった。立教大時代には沢田投手が活躍する姿をベンチで見ていて、初めて挫折を感じたという。ただ、けがを乗り越えた沢田投手への敬意もあり、戦友という意識が芽生えたという。

沢田投手は球団のSNSで「あってはならない」という言葉を多用するが、これは田村投手がよく口にする言葉を真似したそうだ。田村投手のしゃべりが面白いと日頃から思っていたそうで、2人の間には互いにリスペクトの感情があるのだ。

2人が共に勝利投手となった日。2人の歩みが交錯し「めぐりあう時間」が生まれた。

ハリウッド映画「めぐりあう時間たち」。2003年に日本で公開された作品だ。ニコール・キッドマンさん、ジュリアン・ムーアさん、メリル・ストリープさんの豪華俳優3人が共演し、キッドマンさんは初のアカデミー主演女優賞に輝いた。

そして2人の投手にとっての「めぐりあう時間たち」。栄光と苦悩を重ねた後に、2人が勝利投手となった。2人にとって、すばらしい時間となっただろう。

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