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麻酔が覚めたら。

38.2度。
学校の支度をはじめた娘の手にする体温計、
そこに表れた数字に目が釘付けになった。

まさかとは思い、もう一度計る。
38.4度。
もう一度、、、38.2度。

昨晩まではいつも通りだったのに
今朝になっての急な発熱。

もしや、コロナ?!
それとも、インフルエンザ?!

焦る気持ちを
娘の真っ赤なぽっぺが
癒してくれる。
薄情なのかもしれないが可愛い。
リンゴほっぺの8歳。

とりあえず、
学校に連絡をすると

「おはようございます。
 ご連絡ありがとうございます。
 お熱が高いですね。
 どうぞ暖かくしてゆっくり休んでください。
 お大事にしてください。」

そんな優しい返事をもらい、
ホッと一息つく。

小児科がはじまるのは9時。
だんだんと熱が上がり、
あっという間に39.2度。

高熱でつらいはずなのに
病院に行くのが嫌だと泣く娘。

「鼻のグリグリやだよー」

と、検査をすることを
凄まじく嫌がっていた。
以前の記憶が残っており、
相当痛かったようだ。

大人でも痛く、
やりたくない検査。
8歳の子供には
もっと嫌な検査なんだろう。

でも、
だからといって
病院に行かないわけにはいかない。

9時になって小児科に電話をすると、
16時半の予約が取れた。

解熱剤を飲ませ、
娘はしばらく寝ていた。
食欲は少なく、リンゴだけ。
やっぱり心配になる。

大丈夫かな。
早く熱が下がってほしいな。



そして、
とうとう病院に行く時間になった。
「やだよ、やだよー」
と言う娘を連れて、診察室へ。

体温は39度。
親子で問診をすると先生が
「この時期なので
 検査はしておいた方がいいですね」
と、鼻グリグリが決定した。

私が丸椅子に座り、
外を向くカタチで娘を抱っこ。
両腕を私が抑えている間に
看護師さんがササっとを
検査棒を鼻へ挿入。

んっ!と力を入れる娘。
と、その瞬間検査は終了。
あっという間だったので
娘の涙は一滴も流れなかった。

「頑張ったねー」
「泣かなかったねー」
「えらいよー」
と、褒めまくる私。

必死に嫌がっていたけど、
娘は本当によく我慢した。
そして、看護師さんの腕がよかった。
ありがとうー!!!

そして、
「インフルエンザA型ですね」
そう先生に告げられた。

そっか、インフルだったんだ。
病名が分かったホッとした。

しかし驚いたのは
「薬は出しますか?」
と聞かれたことだった。

インフルエンザ=薬
そう信じ込んでいた私は
薬を飲まない選択肢があることに
びっくりしたのだ。

もちろん副作用があるのかもしれないし、
子供には薬の負担が大きいのかもしれない。

でも、
娘の同級生が以前インフルエンザで
入院したことがあったので、
一つ返事で「薬をください」と
答えていた。

処方されたのは
小児用のイナビルと解熱剤。

イナビルは1の薬と2の薬を
交互に吸引するタイプだった。
一回の服用でよかったのだが、
娘にとっては美味しいものではなく
結構吸い込みにくかったようだ。

家に帰っても熱は下がらず、
39.7度まで上がった。

解熱剤を飲んで就寝。

それから2日間は
熱が下がらなかった。

娘はマンガやYouTubeをみたり、
リンゴやグレープフルーツを食べながら、
インフルエンザと戦っていた。

有難かったのは
「濃厚接触者が外出できた」こと。

私は出勤をし、
買い物に行くことができた。

そして、解熱。
発熱してから3日後に
熱が下がった。

しかし、
それと同時に始まったのが
乾いた咳と鼻水。

それから3日間、
毎日ゴミ箱がティッシュで
いっぱいになった。

そして、
家族感染が起こった。

父親の発熱。
私は平熱。
なので、出勤。

とうとう移ってしまったかと
私は覚悟を決めた。

というのも
翌日には私の日帰り手術が
あったからだ。

昨年の12月に
子宮筋腫が突起しているのが分かり、
そのせいで生理痛がひどくなっていた。
そのため、計画的に2月に手術を
することが決まっていた。

術前検査をし、
1か月前から手術に備えて
服薬していた。

日帰りでできる
軽い手術とはいえ、
徒歩での通院だったり、
麻酔をしたり、
主人の助けを借りたかったのだ。

娘がインフルエンザになり、
父親がインフルエンザになり、
私が手術を受ける。

「いろいろ一機にきちゃったなぁ」
「ついてないのかなぁ」
なんてモヤモヤ考えたけど、
結局どうにもならないなら、
自分でどうにかするしかないと
受け入れたのだ。



手術の前日は仕事から帰り
早めの夕食をとった。
22時から水しか飲めないので、
フォーを入れた酸辣湯麵を
たらふく食べた。ビールはお預け。

咳と鼻水だらだらの娘と
発熱中の父親を寝室に押し込み、
私はソファで就寝。

手術当日は
病人ふたりのために
たくさんのおにぎりを作って
家を出た。

病院までは徒歩20分。
風は冷たいのに
歩いているとほんのり汗ばむ。

身体が生きているって
感じる瞬間だった。

病院につき、
服を着替え、
処置がはじまった。

子宮筋腫を取り出すため、
まずは子宮口を開く必要がある。
そのために白い棒のようなものを挿入。

ちょっと違和感。
ちょっと痛い感じ。

ベッドで横になり、
点滴を装着。

すーっと
冷たい液体が血管に
流れ込んでくるのが分かる。

懐かしい感じ。

妊娠中につわりがひどく
入院したことがあり、
そのときは3週間ほど
点滴つけっぱなしの生活を
していたから。

そのまま約1時間半ほど、
Netflixのドラマを見ながら過ごした。
ちなみに今更の「ミセン -未生-」w

正午を過ぎ、
「それでは手術の準備をはじめます」
と声をかけられた。

点滴に麻酔がかかりやすいという
液を注入され、手術台に移動。

準備が整うと、
いざ全身麻酔。

「入れていきますねー」
という先生の声が聞こえたと思ったら、
次に意識が戻ったときには
手術が終わっていた。

「あれ?!終わったんですか?」
と、うつろな気分で聞くと
「これが取れたよー」
と小さなケースに入った
私の中にあった筋腫をみせてくれた。

まるで道で拾った小石のように
ふりふり見せてくれた。

「そうなんですね~」
と答えるや否や
またふっと意識がなくなり
眠ってしまった。

うとうと目を覚ますと
すごく気分がいい。

自然と「幸せだなぁ」と
感じていた。

なんの理由もなく
身体は横たわり身動きのできない状態。
それでなんで幸せに感じたんだろう。

誰かに救われたこと

そのことに身体が喜んでいたのかもしれない。

ふっと眠り
うとうと起き
またふっと眠り
うとうと起きる

そんなことを繰り返し2時間。
麻酔が少しずつ切れてきた。

点滴がなくなり、
手術台からベットに移る。
そして、またひと眠り。

麻酔が完全に抜けた頃、
最後の検診をして手術は終了。

思っていたよりずっと
簡単な日帰り手術だった。

帰りもひとり
とぼとぼ歩いて帰った。
病人の待つわが家へ。



翌日から出勤。
いつもの生活がはじまる。

娘の鼻水は減り、
咳は残っていたが
軽快していはいた。

父親の熱はまだ下がらず、
もう少し耐えてもらおう。

病人たちは家で体を休め、
術後の私はお仕事。

帰宅して、
ソファでの就寝。

そんな生活も昨日まで。
今日から娘はひさしぶりの登校。
父親も解熱した。

なんかすごくバタバタして
長かった1週間だったけど、
娘が書いた日記に涙した。
誤字脱字が多く読みにくいけど、
本当にいい日記だと思う。

どんなことがあっても
時間は進んでいく

いいことだって
大変なことだって
まるっと全部を
受け入れることができれば
幸せに感じられるんだ

幸せのカタチに答えはない

嫌なこともひっくるめて
これでいいのかもって
そう思えたらラッキーなんだね








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