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十津川村の秘湯に、おじさま降臨。

「秘湯の宿特集なんですが、十津川村へ取材に行ってもらえませんか」
某旅雑誌の編集者、Yさんからメールをいただきました。前回、請求書の計算を間違えてご迷惑をかけたのに、懲りずに発注をくださってありがたい限りです。でも、もしかして今回の仕事、私が温泉に入るやつ? 
(人物なしだと池みたいに見える温泉はライターが入ることがあります。後ろ姿でちらっと写り込むだけとは言え、諸般の事情で極力避けたい)

早速Yさんにメールをし、私が温泉に入る必要があるのか聞きました。
すると、「撮り方によりますが、理想的には河原の露天風呂におじさんが何人か入っている感じ」というお返事。

おじさんが何人か…感じ?

ともあれ数日後、カメラマンの清水さんと現地へ。道中は山の景色を楽しみながらのドライブです。取材させてもらうのは、秘境と言われる十津川温泉郷の中でも最奥部にある小さな一軒宿。撮影の段取りを車内であれこれ相談しながら向かいます。
「清水さん、山の日没は早いから先に露天風呂の撮影をしたほうがいいですよね。平日だし山奥だし、おじさん数人は入ってないと思うけど」

「おじさん、入ってないですよね。でもいたらどうするんですか。腰にタオル巻いてもらうんですか。タオル持ってなかったら渡したほうがいいですよね。これ使ってくださいって湯船にタオル放り投げるんですか」
清水さんは独り言のようにいろいろ言ってました。

途中、村役場のそばでお蕎麦を食べ、さらに山奥へ。この先に温泉宿があるとは信じがたい奥地です。細い山道をくねくねと進んでゆくと、崩れかけたような路肩に源泉地であることを示す看板がありました。歩いて下ると何ともワイルドな露天風呂が山肌迫る河原に!(男風呂です)

が、どなたも入っておられません。ひとまず人物なしで撮影を進めていると若い男性がやってきましたが、私たちは焦って声をかけられず。
ため息をついて振り返ったら、向こうから5、6人の……。
おじさんです。
横一列に並んだおじさんが、こちらに向かって歩いて来るのです。

年の頃は60代後半くらいでしょうか。観光客らしい服装で歴史研究会の慰安旅行のような、知的な雰囲気の方々。
「わたし、言います」
清水さんがキリッと男前な表情になり、おじさんたちに歩み寄りました。撮影協力をお願いすると「なんの雑誌? へえ、ほぉ」とうなずきながら話を聞いてくださり、そして「いいですよ」と快く。

「お湯に浸かったら声かけるから、ちょっと待って」
そう言って目隠しに吊ってあるムシロの後ろに次々と消えてゆくおじさんたち。「すみません、中にお若い男性が一人で入っておられるので、撮影の件を伝えていただいていいでしょうか」と追加で依頼しました。
待つこと数分。
「どーぞ」とお声がかかりました。

清水さんが「失礼します」とムシロをくぐって男湯へ。撮影の始まりです。
「意外と近いやん!」とおじさんの一人がうわずった声で言いました。カメラを構えた清水さんは湯船のそばに立っていて、確かに意外と至近距離。おじさんたちは緊張した表情で、湯船の長辺にずらっと並んで座っています。おじさんの干し柿みたい。
「すみません。ちょっと、散らばってもらっていいですか」
清水さんが声をかけると、ランダムにおじさんが散らばった理想的かつ自然な光景になりました。その一番奥に、先に入っていた若者の姿も。「なに?この展開」と混乱しているうちに湯船から出るに出られず巻き込まれた感じだと思います。(申し訳ありません)

その夜、宿で料理の撮影を終えて、たいへん素晴らしい食事の時間。「河原の露天風呂におじさんが何人か入っている感じ」というYさんからのお題も果たせたので二人ともご機嫌です。
食事中の話題はもちろん、降って湧いたように現れたおじさんたちのこと。特筆すべきは、ああいう場面で女性のカメラマンとライターにセクハラまがいの発言をする「下品なおっさん」が一人もいなかったことです。

「ふつうはあの人数だと、一人ぐらいそういうおっさんがいますよね」
「いますね」
「あんなに上品なおじさま御一行が現れるとは」
「神懸かってましたね。山の怪?」

翌日の帰路になっても、おじさま降臨の話は尽きません。
「やっぱり話が出来すぎてますよね。誰かが仕組んだみたい」
「編集部のYさんが、おっさんレンタルを使って派遣したんじゃないですかね?」
「いや、おっさんレンタルであれだけの人数を頼んだら高いですよ。そんな経費かけないでしょう。2ページだし」

清水さんが最後にそう言って、この話はぷっつり終わりました。


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最後になりましたが、十津川村の露天風呂で撮影に協力してくださった男性方に心よりお礼申し上げます。


                (写真・清水いつ子 文・北浦雅子)

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