さんごのみやこ

時間の流れから遮断された図書館

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今年1月に発行しました本『虹色玉手箱』について、WEBでお買い物できるようになりました。ちらりと覗いてみていただけたら嬉しいです~😊
どなたさまもお気軽にどうぞ🌸
https://sangonomiyako.stores.jp/

疲れたので帰ります

 ユズリハはお茶をよく飲む子だった。  出かける前に一杯、家に帰ったら一杯、眠気ざましに一杯、食事した後に一杯、そうやって一日のなかで何かと理由をつけては飲んで…

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Breakfast In Cafeteria

 木に咲く花が好きで、昔住んでいたアパートから海に続く道にあった、季節になると地面に黄色い花をたくさんこぼす木のことが気になっていた。  薄い花びらが重なるバラ…

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そこに行けば会える人

 その会社に勤めていたとき、昼はいつも一人で食べた。  最初はお弁当を持って外に出て、少し歩いたところにある公園のベンチで。  公園は静かでゆっくりできて気に入っ…

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虎を見に行きたい

 夏の終わりに風邪をこじらせて寝込んでいた。  ようやく回復して朝早くにぱっちり目をさますと、光のかんじが変わっていて季節が秋になっていた。  朝日で明るくなった…

10

誰かのケーキ

 日が暮れると部屋の窓は鏡になって、ランプや机に洋服箪笥、この部屋にあるものをひとつ残らず映しだす。  そうして窓のむこうにもうひとつ、こことそっくりな部屋がで…

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ビブリオテークの妖精

図書館のすみにある購買部でパンを買って、廊下のベンチに座って、 ほんのわずかな時間でしたが、お話ししましたね。 まぶされたお砂糖が落ちてしまうのを気にしていたのは…

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アイスクリームの天使

夕方、外を歩いていたら雨がぽつぽつ降ってきた。 近くにいる人たちが次々に傘を広げていく。 鞄の中に手を入れて、折りたたみの傘を探している人もいる。 あいにく私は傘…

9

Alone In Kyoto

中学の修学旅行の行き先は京都だった。 連日雨が降っていたように思う。 白いブラウスにグレーのプリーツスカートという制服姿でぞろぞろと同級生たちと寺院をまわった。 …

9

夜のシネマ

映画がはじまるのは夜の8時40分からだった。 私とすなごは学校から帰ってきたらそれぞれの家で夕飯をすませて待ち合わせをし、いっしょに映画館まで行くことにした。 映…

F a r a w a y

はじめて降りた駅だった。 そこで会った人と、ほんのひととき一緒に過ごして、すぐに別れた。 あとで思い返すと、それは奇妙な夢のようで、忘れがたい時間になった。 そし…

水星

夢を見た。 奥の部屋でひとり、布団に横になっていた。 カーテンの隙間から、時々おもてを走っている車のライトが入ってくる。 近付いては遠のいてゆく、エンジンの音が聴…

ちびまゆさんが桜の季節に間に合うようにと、先日書いた「ユキウサギのつとめ」を朗読してくださいました。こちら是非聴いてみてください🐇🌸
ユキウサギのつとめ |ちびまゆ https://note.com/chibimayu/n/n101717b9c3af

ユキウサギのつとめ

夜、布団に入って目をつむっていたら、外から音がきこえてきた。 きい、きい、きい、きい、きい、きい。 風が吹いて、どこか遠くでドアが開いたり閉まったりしているような…

暗い菜の花畑にて

帰りに自転車を漕いでいたら、夜なのに日向くさい匂いがした。 見下ろすと川べりにいっぱい菜の花が咲いていて、そのにおいがここまで漂ってきているのだった。 目をつむっ…

水色のノオト

ある晴れた昼下がりに渡り廊下のところで あなたが水色のノートを持って歩いていた わたしは二階の窓越しにそれを目撃した たぶんあなたもこちらに気付いたけれど なにかを…

今年1月に発行しました本『虹色玉手箱』について、WEBでお買い物できるようになりました。ちらりと覗いてみていただけたら嬉しいです~😊
どなたさまもお気軽にどうぞ🌸
https://sangonomiyako.stores.jp/

疲れたので帰ります

疲れたので帰ります

 ユズリハはお茶をよく飲む子だった。
 出かける前に一杯、家に帰ったら一杯、眠気ざましに一杯、食事した後に一杯、そうやって一日のなかで何かと理由をつけては飲んでいた。
 その都度お湯を沸かして急須についで飲むものだから、それはそれなりに時間を要する行為で、ともすれば朝ぎりぎりまで教室に姿を現さず遅刻してしまうこともしばしばだった。
 委員長のササは遅刻が増えている彼女にこう助言した。
「水筒にいれ

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Breakfast In Cafeteria

 木に咲く花が好きで、昔住んでいたアパートから海に続く道にあった、季節になると地面に黄色い花をたくさんこぼす木のことが気になっていた。
 薄い花びらが重なるバラに似た形状の黄色い花が、枝の先の高いところにいくつもいくつも咲いていた。
 そしてなぜだかいつも木に咲いた状態の花よりも、地面にたくさんこぼれている花の方が鮮やかで目を奪われてしまう、そういう木だった。
 ときおり花はきれいに形を保ったまま

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そこに行けば会える人

 その会社に勤めていたとき、昼はいつも一人で食べた。
 最初はお弁当を持って外に出て、少し歩いたところにある公園のベンチで。
 公園は静かでゆっくりできて気に入っていたけれど、冬になると寒さが厳しく外で食べるのが難しくなった。
 それでも会社の休憩室を使うのがどうしても嫌だった私は、昼休みに過ごす場所を求めてふらふらさまようことになる。
 近くに飲食店はあったが出費をおさえたかったし、お昼時はどこ

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虎を見に行きたい

 夏の終わりに風邪をこじらせて寝込んでいた。
 ようやく回復して朝早くにぱっちり目をさますと、光のかんじが変わっていて季節が秋になっていた。
 朝日で明るくなった部屋をじいっと見ていたら、幽霊にでもなったみたいに胸のあたりがすうすうする。
 仕事は連日休んでいて誰にも会わずに一人でいたし、これからまた元の暮らしに戻るだなんて、少し考えただけで不安で仕方なかった。
 久しぶりに沙羅からメッセージが届

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誰かのケーキ

 日が暮れると部屋の窓は鏡になって、ランプや机に洋服箪笥、この部屋にあるものをひとつ残らず映しだす。
 そうして窓のむこうにもうひとつ、こことそっくりな部屋ができあがる。
 けれどもそこに私はいない。
 私はあくまでも外側から眺めているだけ、住んでいるのは別の子なのだ。
 そのことに目を凝らしているうちに気が付く。
 だんだん向こうの様子がくっきりしてきて、この部屋と違うところが見えてくるから。

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ビブリオテークの妖精

図書館のすみにある購買部でパンを買って、廊下のベンチに座って、
ほんのわずかな時間でしたが、お話ししましたね。
まぶされたお砂糖が落ちてしまうのを気にしていたのは私だったか、あなただったのか。
ずーずーと、紙パック入りの飲み物を啜る音が聞こえました。

私には長らく部屋にこもりっきりだった日々があって、その日はいよいよたまらなくなって、午後、行くあてのないまま外に出かけて、
歩いているうちにだんだ

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アイスクリームの天使

夕方、外を歩いていたら雨がぽつぽつ降ってきた。
近くにいる人たちが次々に傘を広げていく。
鞄の中に手を入れて、折りたたみの傘を探している人もいる。
あいにく私は傘を持っていなかった。
でもそんなに強い雨じゃなかったし、あとは家に帰るだけ。
傘は無くても大丈夫、そう思っていた。
でも途中で私以外の全員が傘を差していることに気がついた。
すると妙なもので、とたんに恥ずかしくなってきた。
なんだか自分だ

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Alone In Kyoto

中学の修学旅行の行き先は京都だった。
連日雨が降っていたように思う。
白いブラウスにグレーのプリーツスカートという制服姿でぞろぞろと同級生たちと寺院をまわった。
それは楽しい思い出というよりも、団体行動に疲れて暗くなっていた気持ちの方をよくおぼえている。
起きてから寝るまでどこにも一人の時間がなくて、ずっと周りと足並み揃えて行動していて気が張っていたから。
早くひとりになって、どこか静かなところで

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夜のシネマ

映画がはじまるのは夜の8時40分からだった。
私とすなごは学校から帰ってきたらそれぞれの家で夕飯をすませて待ち合わせをし、いっしょに映画館まで行くことにした。
映画のチケットはすなごの母親が職場で貰ってきたものだった。
すなごは母親から「せっかく貰ったけれど観に行く時間がない。もったいないから友達と行ってきて」と頼まれたのだという。
上映スケジュールを調べてみたら、私たちがすぐ観に行けそうなのは平

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F a r a w a y

はじめて降りた駅だった。
そこで会った人と、ほんのひととき一緒に過ごして、すぐに別れた。
あとで思い返すと、それは奇妙な夢のようで、忘れがたい時間になった。
そして家に着いたとたん、私はその駅の名前を忘れていた。
なんど路線図の上を探しても見つからないから、あれは現実の場所ではなかったのかもしれない、なんて思う。
たしか2文字くらいの、とてもみじかい名前だった。
それはふだんから口にするたぐいの言

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水星

夢を見た。
奥の部屋でひとり、布団に横になっていた。
カーテンの隙間から、時々おもてを走っている車のライトが入ってくる。
近付いては遠のいてゆく、エンジンの音が聴こえる。
今が何時なのかよくわからない。
外が暗いから夜だろうけれど、まだそんなには遅くない時間帯で、夕方に近い夜だという感じがする。
青く透き通った空気が、部屋の中を漂っている。
眠りの途中で目が覚めたのか、それとも単に目を閉じていただ

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ちびまゆさんが桜の季節に間に合うようにと、先日書いた「ユキウサギのつとめ」を朗読してくださいました。こちら是非聴いてみてください🐇🌸
ユキウサギのつとめ |ちびまゆ https://note.com/chibimayu/n/n101717b9c3af

ユキウサギのつとめ

ユキウサギのつとめ

夜、布団に入って目をつむっていたら、外から音がきこえてきた。
きい、きい、きい、きい、きい、きい。
風が吹いて、どこか遠くでドアが開いたり閉まったりしているような、そんな音。
家の近くにある小学校のフェンスの扉かもしれない。
最後通った人がちゃんと閉めておかなかったんだな、なんて思う。
ゆりかごみたいな一定のリズムで、このまま眠るまでずっと続きそうだと思っていたら、扉からなにか出てきたみたいに、た

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暗い菜の花畑にて

暗い菜の花畑にて

帰りに自転車を漕いでいたら、夜なのに日向くさい匂いがした。
見下ろすと川べりにいっぱい菜の花が咲いていて、そのにおいがここまで漂ってきているのだった。
目をつむっても道がわかりそうなくらい、濃密な匂いだった。
風がふくと、ざあああっと黄色いかたまりが揺れる。
毎年こんなにたくさん咲いていただろうかと疑問に思うほど、菜の花はずっと向こうの川岸まで続いていた。
ペダルを漕ぐのがなんだか億劫になってしま

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水色のノオト

ある晴れた昼下がりに渡り廊下のところで
あなたが水色のノートを持って歩いていた
わたしは二階の窓越しにそれを目撃した
たぶんあなたもこちらに気付いたけれど
なにかを話すことはなく
そのままどこかに消えていった

わたしは水色のノートをいつでも持っている
教室にいるときは制服のポケットに忍ばせて
バスで移動するときは膝の上にのせて
夜眠るときは枕の横が定位置で
お風呂に入るときは着替えの服やタオルと

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