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つむぎ

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詩人・佐藤咲生。
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記事一覧

Poem|ちいさな魂

米を研ぐ音
波の音

料理に塩をつかい
血液は血潮
とじた皮膚のすきまから
汗がこぼれてく
海があり陸があり
空へも行けるとおもった

海外旅行のトランク。
観葉植物に水やり。

世界はひらかれてゆく
ちいさな魂ひとつで

ちいさな魂/佐藤 咲生

Poem|蕾

親指と人差し指を寄せながら
Googleマップを縮小し
わたしのいるばしょを見失う

世界はいつも 蕾のままおわる
わたしには
その全容を捉えきれないし
すべてを把握しようとする
つもりもない
ゆえに想像できる
ひらかない花は
わたしのからだの奥で
何十回も 冬を越す

わたしの生活の舞台には
もうすぐ春が訪れる
ふとした光の角度が
いつもと違うことに気づき
わたしはすこしかなしくなる
紅茶を淹れ

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Essay|可愛いわたしとあなた

Essay|可愛いわたしとあなた

今、レンジでチンしたブロッコリーと、小麦粉をつけた焼いた鶏むね肉に、粒マスタードとマヨネーズとブラックペッパーをからめたものと、大根と小松菜のおみそ汁、という夕食を食べ終えたところ。

連休の最終日。午後7時前。

世のなかには憂鬱な気持ちになっている人も多いのだろうな〜と思う。
「明日からまた仕事か、行きたくないな」とか。

わたしもすこしだけそういう気持ちになっているけれど、でも、今食べた夕食

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Poem|ボヤージュ

思い通りにならない体も
夜明けの方にしか進めない
凍てつくような空気に
心まで冷やして
からっぽの呼吸がこぼれる
地球最後の日にも
夜は変わらず明けると
予感させる
祈り

住み慣れない街もかならず
夜明けの方へ流れていく
瓦礫だらけの海も川も
なくしたものばかりの心さえも
全部 夜明けの方へ進んでいく

役に立たない祈りが
朝焼けの光にぼやけます
ボヤージュ
目に見えない流れにのって
いつまでも

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Poem|まぎれもなく

厚切りの光が差し込む部屋
はちみつ色にとろける
ひらいた小説の見返しは
ざらざらした手触りの紅掛空色
いまある体だけで過ごす
いまある体だけで生きる
なんて貧相で
なんて贅沢な、
みずみずしい時間。
生きるのは上手じゃない
けれど
ひらいた掌の上でぬくもっている、
これは
まぎれもなくいのち。

まぎれもなく/佐藤 咲生

Poem|痛み

グレーのスウェットと
空色のスカート
お団子頭のまま
ベッドのうえに丸くなり
おなかの痛みを和らげる
ワイヤー入りのブラがずれて
寝心地わるいけど
丸めたからだの熱を抱いて
どうかうまく眠れますように
自分のからだにやさしくあって。
わたしだけは
わたしの痛みに弱くてもいい。
世界を映しこむ瞳を閉じて
わたしの呼吸に耳を澄ませた

痛み/佐藤 咲生

詩 「私ではない」

詩 「私ではない」

慣れ親しいんだものは捨てなくていい
だけどときどき忘れたい
私ではない人の言葉がつまった本を
一冊鞄にいれて喫茶店を訪ねる

手書きのメニュー
コーヒー400円、ココア450円
サンドイッチ400円、フレンチトースト450円

頼んだフレンチトーストには
予想外にもネーブルと苺がついていて
なんだか得した気分
カップのソーサーにパラソルの絵が描かれていて
それがなんだか可愛かった

私はべつに

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詩 愛よりも透明な

詩 愛よりも透明な

恋をする、色彩が足りないことに気づき、
世界が全くもって足りなくなる、
世界が雪で濡れる、熱くなる、
次のたましいに生まれ変わるまで、
愛してる、まぶたに触れる雪、
沈黙する、わたしの体温、雪が溶ける、
溶けることも溶かすことも、痛くはない、
痛みさえ足りない、
どうしてこんなに足りないのだろう、
足りないから、せめて。

わすれたくないのだ、でもそれは孤独で、
わすれたくないのは、わすれないでほ

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詩 今日しかない私を

詩 今日しかない私を

旅先の街で聞く
朝が降りてくるときの
しずかな気配。
閉じたカーテンの向こう
広がる光と
ホテルの真っ白なふとんから抜け出した
私のたましい。
ほんとうは毎日
目が覚めると生まれ変わる。
しゃらしゃらと音を立て
冷たさとあたたかさに分類され
昨日が形になる。
その半ばで毎朝の私は
ぬるい生身のからだを起こす。
いつか死んでゆく人である不思議よ。
今日も私であることの軽妙さよ。
ホテルの朝食はなんだ

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詩「眠れない夜」

詩「眠れない夜」

暗闇の中で影がきれい。
眠れない夜ほど感覚が冴える。
壁の奥や床のすきまに
流れる気配がゆるやかに泡立つ。
深海のような孤独にも、
耐えうるべくして生れた体。
寄り添うように闇が這う。
ここがここでなくなる過程で、
やっとわたしはわたしに見つかる。
どんなに絶望していても、
鮮やかに自分を嗅ぎ分ける力。
暗さの中にも濃淡が、
孤独の中にも静けさと賑やかさとがある。
だれにも分かってもらえないことは

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詩「風にゆれる空色」

詩「風にゆれる空色」

買ったばかりの新しい
空色のブラジャーを
だれの視線も気にかけず
風に干す
わたしが流されて
わたしに辿り着く
どうでもいいことに
心悩ませるしあわせが
ここにあってもいい
心も体も思っているよりは
ひとまわりほどちいさい
風にゆれる空色。
わたしがほどけてゆく。

詩「祝祭の日を待ちわびて。」

詩「祝祭の日を待ちわびて。」

生きると死ぬのあいだに
いつだって暮らしがあり
生きてさえいればなんて、とても嘘だった。
「じゃあ元気でね」
それからの日々を数えるために
わたしは指を水に浸し、鼻をすんと伸ばし、
かかとを真っすぐ地面に降ろす。

華やいだテレビを消し
冷え切った布団にからだを潜り込ませる。
眠りたいのに浮ついた気分が
目の裏から剥がれずに眠れず、
さっきまで見ていた世界の色が
暗闇でくりかえす。
「寂しい」と口

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詩「秋の朝」

丁寧に泣く生活
光が差して笑ってるひとみ
いちじくが実る頃

朝、顔を洗ったあとの
肌にふれる空気の感じで
季節が変わってゆくのに気づく
水を浴びる肌の
緊張ぐあいも傾きかげんも
いつもとは少し違って
清潔なタオルで水気を拭きとる
閉じる視界に
ただよってわたしは
いつどこのわたしをわたしだと思っていたのか
ふいにわからなくなる

新しさとは
いつもと同じ景色をいつもと同じように見せる光のことで

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詩「うるおい」

詩「うるおい」

ちぎったパンもいらないと、
透け始めた手を払いのける。
過去の記憶に抱きかかえられて、
背の向こう側をたしかめることが
一生できない。
吐きそうだった。
横たわる体の重さをだれにも量らせない。
そのために育んだ生傷の数々。

悲しくないことが正常なことだから、
生きる正常さとは異常であることです。
感情が非常食。
感情の機能性。
そして痛みと鈍さを
ただ証明していきます。
あの手が透け始めるまえ

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