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【ショートショート】本屋の奥に
2024年5月15日。
読書好きな石川光太郎は、先週できたばかりの大きな書店にいた。
光太郎は毎週水曜日と日曜日がオフで、妻が仕事に出ている水曜日は1人で行動することが多い。本を愛する光太郎は、自宅から車で10分ほどの場所にこれほど大きな本屋ができたことに大喜びである。
大型連休明けの最初の1週間を終え、いつもより少し疲れを感じている光太郎。ゆっくり本でも読んで疲れを癒そうと考えていた。
「
【ショートショート】昔の自分は身を助く
「お前、男と一緒に歩いてるの見たぞ」
「違うの、あの人は会社の先輩で、たまたま駅で会ったからお話してただけで…」
「うるさい!許さねえからな。もう別れてやる」
2017年7月。
奈落の底に落ちてしまったような暗い顔をしながら、夜道を歩く女性がいた。
彼女の名は小野寺澪(おのでら みお)。ラジオ局に勤めるとても明るい女性。
であったが、その明朗快活な姿は今はどこにもない。つい5分ほど前に彼氏に
【ショートショート】ミニマリスト
2023年1月のある朝。
「ふぁーあ、あ、今日も休みだ…っと」
一人暮らしのOL松本莉子(まつもと りこ)は、日曜日の清々しい朝日を浴びながらゆっくりとベッドから降りた。
「最小限まで物を減らすと、本当に身軽になりました!」
何気なく点けたテレビに映ったのは、「ミニマリスト」と呼ばれる女性であった。
「え、本当に何もないじゃん…」
テレビに映る女性の部屋は6畳1間。
部屋にはベッドとタ
【ショートショート】光陰矢の如し
2020年12月20日。
クリスマス前、最後の日曜日。
商社で事務を担当している松本莉子(まつもと りこ)は大学時代の友人である相良杏樹(さがら あんじゅ)とランチの約束をし、駅前の広場にある大きなツバメの銅像の右に立っていた。
「あ、莉子ー!」
杏樹は相変わらず抜群のプロポーションで、すれ違う冴えない男たちの視線を釘付けにした。
大学時代は男子からの人気が凄まじく、莉子と共に所属していたバ
【ショートショート】島の掟
高津島。通葉市の南の海に浮かぶ小さな島である。島民は500人ほどで、小学校が一つ、中学校が一つ。そして高校も一つある。小さな島の小さな高校だが環境がよく、本土からフェリーに乗って通ってくる生徒も多い。
◇
2017年4月8日。
6年生になって初めて登校した山本友紀(やまもと ゆき)はゆらゆら波打つ海面を窓越しに見ながら、ゆっくりと学校の階段を登る。
新学期とは言っても、1学年20人しかいないこ
【ショートショート】お前の前世は
2017年8月。小学6年生の少年石原規広(通称:ノリ)のもとに、一匹の子犬がやってきた。茶色の女の子のトイプードル。生後55日のその犬はとても小さく、片腕に収まってしまうほどだ。
「可愛いなあ、名前を決めないとね」
ノリの母が言った。
「なんか食べ物の名前がいいなあ。いいでしょ、なんか可愛くてさ」
「前もそうだったじゃない」
石川家には3年前までコーギーがいた。名前はカルビ。勢いで決めて
【ショートショート】川原で拾った辞書
2018年9月26日。
中学1年生の石原規広(通称:ノリ)は、1歳の愛犬わさびと共に散歩をしていた。昨日まで秋が来る気配など全くなかったが、今日はいつもより涼しい。季節の移ろいを示す爽やかな風が、わさびの耳を靡かせた。
「ワンワン!」
「おお、どうしたんだよわさび」
わさびは突然ノリを引っ張り、いつもの散歩道とは違う方向へ走り出した。ノリには従順で滅多にわがままを言わない「優等生」のわさび