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ショートショート集

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私が書いたショートショート小説をまとめました。
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【ショートショート】本屋の奥に

【ショートショート】本屋の奥に

2024年5月15日。

読書好きな石川光太郎は、先週できたばかりの大きな書店にいた。
光太郎は毎週水曜日と日曜日がオフで、妻が仕事に出ている水曜日は1人で行動することが多い。本を愛する光太郎は、自宅から車で10分ほどの場所にこれほど大きな本屋ができたことに大喜びである。

大型連休明けの最初の1週間を終え、いつもより少し疲れを感じている光太郎。ゆっくり本でも読んで疲れを癒そうと考えていた。

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お花屋さんにて

お花屋さんにて

「淳、お久しぶり!大学時代お世話になった研究室の倉橋先生が2023年度末で退職されるから、お祝いがてら飲み会をしないか?」

2024年2月。
松笠淳(まつかさ・じゅん)は大学時代の友人である近藤空介(こんどう・くうすけ)からメールを受け取った。

「久しぶり!是非行きたい!お誘いありがとう」

淳と空介は大学を卒業した2020年3月以来、連絡を取ることすらしなかった。
大学では同じバスケサークル

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【ショートショート】タクシー代は授業料

【ショートショート】タクシー代は授業料

2024年4月13日、22時32分。

遅番の仕事を終えた石川光太郎は、会社の向かいにある有料駐車場に停めた愛車へ乗り込んだ。

「あ、やべぇ」

光太郎はカバンの中身をひっくり返したが、大事なものが入っていないことに気付いた。

「財布がない…」

スマホケースには常に運転免許証を入れているため道路交通法違反は免れたが、クレジットカードや現金は全て財布の中にあるため、駐車場から出ることができなく

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【ショートショート】久しぶりの「良いボール」

【ショートショート】久しぶりの「良いボール」

「え!今から行く!」

爽やかな9月の空の下で大きな声を出したのは、20歳の村井京(むらい・きょう)。

「お前、しばらく連絡がなかったと思ったらそんなことになってたのかよ…」

小さな声で呟きながら、車を走らせる。向かう先は高校の同級生の石川光太郎(いしかわ・こうたろう)の家だ。

(ピンポーン)

「はーい、あら京ちゃん。ありがとうね。あの子、3日間ベッドから出なくて。あ、今降りてきたかしら」

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【ショートショート】水族館とパティシエ

【ショートショート】水族館とパティシエ

2022年7月。

「はぁ…」

通葉市(つばし)の西井戸町で有名なケーキ屋「洋菓子たかはし」の店長を務める高橋銀次郎は、通葉市立水族館の休憩スペースでため息をついた。

「2号店なんて出すんじゃなかった…」

銀次郎は2020年に製菓の専門学校を卒業した後、通葉市北東部に位置する西井戸町で小さなケーキ屋を始めた。
その味はすぐに町中に広がりケーキ作りが追いつかないほどの人気を博し、2年経った20

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【ショートショート】伝統料理

【ショートショート】伝統料理

「お前なぁ、いい加減にしろよ!まともに資料が作れたこと1回もないじゃないか!」

ある会社の部長、松田憲彦(まつだ・のりひこ)が大声で叫んだ。

「す、すみません!本当にごめんなさい…」

糾弾されているのは入社3年目を迎える松笠淳(まつかさじゅん)である。

淳は人柄を買われてこの会社の面接をクリアしたが、蓋を開けてみればパソコンは苦手で注意は散漫、典型的な「仕事のできない人間」であった。

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【ショートショート】謎のお爺さん

【ショートショート】謎のお爺さん

2023年9月13日、9時23分。

石川光太郎は、近所の公園に足を運んだ。
妻の麗子は大学時代の友人と街へ出かけており、久々に1人の休日を過ごす光太郎。

光太郎は1人の時間ができると、決まってこの公園に来る。ベンチに座って本を読むのが1人で過ごす日のルーティンなのだ。

「さて、今日はコレを読むか」

光太郎が10年以上使っている鞄から取り出したのは、
『オレは歌手を辞める』という自伝だ。光太

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【ショートショート】昔の自分は身を助く

【ショートショート】昔の自分は身を助く

「お前、男と一緒に歩いてるの見たぞ」

「違うの、あの人は会社の先輩で、たまたま駅で会ったからお話してただけで…」

「うるさい!許さねえからな。もう別れてやる」

2017年7月。
奈落の底に落ちてしまったような暗い顔をしながら、夜道を歩く女性がいた。
彼女の名は小野寺澪(おのでら みお)。ラジオ局に勤めるとても明るい女性。
であったが、その明朗快活な姿は今はどこにもない。つい5分ほど前に彼氏に

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【ショートショート】ミニマリスト

【ショートショート】ミニマリスト

2023年1月のある朝。

「ふぁーあ、あ、今日も休みだ…っと」

一人暮らしのOL松本莉子(まつもと りこ)は、日曜日の清々しい朝日を浴びながらゆっくりとベッドから降りた。

「最小限まで物を減らすと、本当に身軽になりました!」

何気なく点けたテレビに映ったのは、「ミニマリスト」と呼ばれる女性であった。

「え、本当に何もないじゃん…」

テレビに映る女性の部屋は6畳1間。
部屋にはベッドとタ

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【ショートショート】光陰矢の如し

【ショートショート】光陰矢の如し

2020年12月20日。

クリスマス前、最後の日曜日。
商社で事務を担当している松本莉子(まつもと りこ)は大学時代の友人である相良杏樹(さがら あんじゅ)とランチの約束をし、駅前の広場にある大きなツバメの銅像の右に立っていた。

「あ、莉子ー!」

杏樹は相変わらず抜群のプロポーションで、すれ違う冴えない男たちの視線を釘付けにした。
大学時代は男子からの人気が凄まじく、莉子と共に所属していたバ

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【ショートショート】島の掟

【ショートショート】島の掟

高津島。通葉市の南の海に浮かぶ小さな島である。島民は500人ほどで、小学校が一つ、中学校が一つ。そして高校も一つある。小さな島の小さな高校だが環境がよく、本土からフェリーに乗って通ってくる生徒も多い。



2017年4月8日。
6年生になって初めて登校した山本友紀(やまもと ゆき)はゆらゆら波打つ海面を窓越しに見ながら、ゆっくりと学校の階段を登る。
新学期とは言っても、1学年20人しかいないこ

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【ショートショート】お前の前世は

【ショートショート】お前の前世は

2017年8月。小学6年生の少年石原規広(通称:ノリ)のもとに、一匹の子犬がやってきた。茶色の女の子のトイプードル。生後55日のその犬はとても小さく、片腕に収まってしまうほどだ。

「可愛いなあ、名前を決めないとね」

ノリの母が言った。

「なんか食べ物の名前がいいなあ。いいでしょ、なんか可愛くてさ」

「前もそうだったじゃない」

石川家には3年前までコーギーがいた。名前はカルビ。勢いで決めて

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【ショートショート】川原で拾った辞書

【ショートショート】川原で拾った辞書

2018年9月26日。

中学1年生の石原規広(通称:ノリ)は、1歳の愛犬わさびと共に散歩をしていた。昨日まで秋が来る気配など全くなかったが、今日はいつもより涼しい。季節の移ろいを示す爽やかな風が、わさびの耳を靡かせた。

「ワンワン!」

「おお、どうしたんだよわさび」

わさびは突然ノリを引っ張り、いつもの散歩道とは違う方向へ走り出した。ノリには従順で滅多にわがままを言わない「優等生」のわさび

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