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村山亮
2023年4月14日 11:33
一 始めにあったのは空白だった。そのようにして僕の意識は生まれた。二 そのあとで光と影が生じて、僕から闇の部分が分離した。三 僕は光の下で生きてきた。というかまあ、少なくとも自分ではそう思い込んでいる。四 影は影の世界を生きてきた。というかまあ、少なくとも本人はそう思い込んでいる。五 そのようにして世界は始まった。僕は一人で生まれてきたのだし(少なくとも意識は、
2023年4月14日 15:46
蛇人間、生まれる(1)の続き一三八 僕は死んだ。一四五 僕は空白の平原を泳ぎ続けている。八三 若い頃のことを思い出している。当時考えていた種々雑多な、くだらないものごと・・・。もちろん今だからこそ、それらが単なる徒労に過ぎなかったことを知っているのだが・・・。あるいは、と僕は思う。結局のところ、人間というものは経験を通してしか学ぶことのできない生き物なのではないか? 最近ひ
2023年4月14日 16:15
蛇人間、生まれる(2)の続き六 クジラはその後も度々浮き上がってきたが――油断してぼおっとしているときが多かったが――あのときほど多くの言葉を語りかけてきたことはなかった。それよりもむしろ、ふっとやって来て、僕の心の深い部分を揺らせる。それもかなり繊細なやり方で、揺らせる。そういうことの方がずっと多かった。あるいは何も言わずに、過去の記憶を持ってくることもあった。僕はその記憶を渡されて――
2023年4月14日 16:48
蛇人間、生まれる(3)の続き 僕は本当にゆっくりとゆっくりと、自分自身を変えつつあったのだと思う。いや、より正確に言えば「変える」というよりは、「本来の自分に近づける」といった方が近かったのかもしれない。そう、僕はようやくのことで、自分の中にも透明な流れが――あるいは流れのような何かが――確実に存在することを認識し始めていたのだ。そしてその源泉の近くからやって来たのが例のクジラであり、またその
2023年4月14日 17:04
蛇人間、生まれる(4)の続き九十八 僕は記憶の中に生きている。かつては何もなかった海の底に、今ではたくさんの記憶たちが――あるいはその残骸たちが――堆積しているのだ。僕は眠れぬ夜なんかに、その周囲をゆっくりと泳ぎ回る。ここはあまりにも暗いため、ほとんど光は降りてこない。それでも手探りで進んでいく。記憶というものは不思議なもので、完全に静止しているものは存在しない。どのような小さな動きであっ
2023年4月14日 17:37
蛇人間、生まれる(5)の続き七 さて、僕はそのようにして孤独になった。別にそんなことはごく客観的に見れば、大したことはないのかもしれない。一人の男が、ガールフレンドと別れて、一人になる。そんなのは世界中でどこでも起こっているありふれた出来事の一つじゃないか? どうして今さら大きく取り上げる必要があるんだ? それは分かっている。それは分かっているのだけれど、僕にとってはそれは必要な孤独だ
2023年4月14日 18:06
蛇人間、生まれる(6)の続き九十九 彼は「あれ」については説明してくれなかった(というか原理的に無理だ、というのが彼の理論だった)。「説明したって無駄なんだよ。実際のところ」と彼は言った。「説明しようとすると、すぐに形が変わってしまう。捉えた、と思っても、スルスルと先に進んでいってしまう。いつもそんな感じなんだ。だから走って追いかけている方がまだいい」「まるで蛇みたいだね」と僕は言う。
2023年4月15日 22:36
蛇人間、生まれる(7)の続き八 僕は恐る恐る「過去の探究」を再開した。というのもまたあのような――おそらくは自分の記憶でさえない――何かにぶち当たるのではないかと気が気でなかったからだ。しかし結局はこのような姿勢に戻ってこざるを得なかった。それはつまり・・・本質的なところでは僕が日々の不毛さに喘いでいたからなのだと思う。僕は結局のところ周囲の人間たちのように肉体の維持だけに人生を捧げるわけ
2023年4月16日 23:47
蛇人間、生まれる(8)の続き百 僕は視点となって(おそらく、だが)、肉体を抜け出して(それは白骨になってしまっているのだが)、白い壁に囲まれた部屋の中で、今蛇を見つめている。黒い、腹の膨らんだ蛇だ。ホルンの音は続いている。鼓動は聞こえない。鼓動は聞こえない。何かが間違っている、と僕は思うのだが、僕には今動かすべき肉体がない。流れが滞っている、という感覚がある。しかし、何をどうしたらいいのか
2023年4月17日 15:11
蛇人間、生まれる(9)の続き九 僕ははっと目を覚ます。あたりをキョロキョロと見回してみるが・・・誰もいない。女もいないし、蛇も、心臓もいない。僕一人だけだ。そこで心配になって自分の顔を手で触ってみたが、どうやらパーツはきちんとくっ付いているみたいだった。現実に帰ってきたわけか、と僕は思う。もっともその「現実」という言葉の意味するところは、僕にとってかなり大きく変わってしまっていたわけだが・