記事一覧
140字小説 「角」
「ぶつけろ」「何だね、君。突然」「豆腐だよ。続く言葉は分かるね」「意味不明だ。私たちは初対面じゃあないか」「あそこに男女がいるだろう」「ギクッ」「貴方は二人を尾行している。ストーカー以外の何ものでもない」「そ、それは……いや待て、なぜ貴女はそれを知ってる?」「彼は私の旦那だから」
140字小説 「明晰夢」
私の人形が、クレーンに掴まれてベルトコンベアーに乗せらる。他にも弟の車の玩具や、隣のおじさんの梯子。近所のおばさんの派手な指輪も、学校の先生の白い車も、いっしょくたになって、溶鉱炉へと運ばれる。ああ、そうか。失くしたんだ。盗まれたんだ。壊れたんだ。そして溶けて、忘れていくんだね。
140字小説 「孤独」
男は悪党に騙され、警察に追われていた。人を信じられなくなり、個人情報を完全秘匿するようになった。氏名、素顔を晒すことを恐れ、指紋が残るので物にも触れられない。声紋を気にして喋ることもせず、髪の毛からDNAが抜かれる危険性から、家に籠るようになった。その結果、男は警察に発見された。
140字小説 「名もなき滝」
人生に疲れ切った男がいた。最後の地を目指し、選んだのは名もなき滝。男は崖から飛び降りようとする。と、そこに一人の坊主が現れ言った。「祈りを捧げれば、この滝にそなたの名をつけよう」男は出家し、僧侶となって祈りを捧げ続けた。生き甲斐を見つけた男は名を捨て、滝に名がつくことはなかった。
140字小説 「ストレス」
部屋に埃が溜まっていた。掃除をしたはずなのに、なぜだろうと考えつつ埃を捨てる。しばらくすると、また埃が溜まっていた。天井から落ちた様子はない。気味が悪かったが、仕方なく埃を捨てる。けれどやはり、目を離すと埃が溜まっていた。捨てても捨てても埃がある。一向に『眼』から離れてくれない。
140字小説 「脅威の成功率」
そのジムトレーナーは真面目な男だった。これまで受け持った生徒の、ダイエット成功率は100%。決して妥協は許さないが、厳しい言葉はかけない。そして誰一人として、肥満のままジムを退会することがなかった。男についた生徒の内、ダイエットに失敗した者は、必ず不審死を遂げて骨となったからだ。
140字小説 「不釣り合いな家」
都内に、古ぼけた家があった。周囲には高層マンションが立ち並ぶのに、そこだけ取り壊されずに残されている。昔、一人の少年が絵を描いたそうだ。近未来の絵である。背の高いビルや、空を飛ぶ車の絵。そこに、その家が描かれていたのだ。少年はのちに、画家として人間国宝になった。彼の生家だという。
140字小説 「ある昼下がり」
筆をサッと引いたような青空だった。私は紙を丸め、くり抜かれた筒を前のめりに覗き込む。昔、父に教えられたのだ。自分がそこにいる感じがする、鳥みたいに自由に飛ぶ想像をし、風を受けて大自然の一部として溶け込める、と――そのとき鳥が入り込み、目が合う。心なしか、父の視線を感じた気がした。
140字小説 「印象名」
私の名前は寿限無より短い。何を当たり前のことと思われるかもしれないが、割と人間は長い名前の方が覚えられるものだ。無論、暗記するわけではない。あの人の名前長いな、といった感じで印象に残る。反面、特徴のない名前は、誰にも覚えてもらえないかもしれないと、ふと思う。私の名前は、田中太郎。
140字小説 「丸く収める方法」
あるところに三角島と四角島があった。二つの島に住む部族は言語の違いでいがみ合っていた。そこで両者の友好を結ぶため、丸島から派遣された使者が仲介に入る。しかし話し合いの場では角が立つばかりだった。仕方なく使者は本国に帰って報告すると、丸島の王は二つの島を丸で囲み、自国の領土にした。
140字小説 「横文字」
祖父が孫と外出した。プラレールが欲しいとおねだりされたのだ。両親は無駄遣いする必要ないと言うが、祖父はまあまあと甘やかす。しかし夕方に帰ってきた祖父は、眠っている孫を背負っていた。手ぶらだった。結局買わなかったのかと聞くと、ちゃんとモノレールに乗ってきたと言われ、両親は苦笑した。