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短編小説

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2020年1月の記事一覧

日記帳

日記帳

 見てはいけない。読んではいけない。入ってはいけない。決して。絶対に。そう言われるほどに、対象への興味は高まる。

 ここは弟の部屋。本人からは決して入るなと言われている、弟の部屋。思春期真っ盛りの、男子高校生の部屋だ。その思春期真っ盛りの弟の、おそらくは思春期真っ盛りの日常が描かれた「秘伝の書」が、今まさに目の前に置いてある。

 そう、その秘伝の書とは、日記帳のことだ。常日頃から、弟が日記を書

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あの日見た花

あの日見た花

名前は知らなかった。

それでも忘れることができなかったのは、なぜだろう。

幼い頃のこと。公園で、見知らぬ女の子と遊んだ。

砂場でお山を作り、丁寧に整え、砂の城を作った。

周りには花を添え、ふたりだけの住処ができあがった。

童話のハッピーエンドの場面に出てくるような、美しいお城。

昨日のことのように、鮮明に思い出してしまう。

あの女の子と会ったのは、その日、一日限りのことだったのに。

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ラジオ

ラジオ

近頃は人工知能の技術も発展の一途だ。自動運転はもちろんのこと、同時通訳や業務管理までこなす技術も生まれてきた。小説を書く人工知能まで存在するという。

そんなネットニュースを見ていると、うっかり時間が過ぎてしまった。いけない。いつものラジオ番組が、もう始まってしまっている。

慌ててラジオのスイッチをオンにした。

「なになに、「うわのさんとデートした夢を見ました。正夢になるといいな。夢の中のうわ

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透明人間

透明人間

あなたは信じてくれるだろうか。

目に見えない者の存在を。

決してオカルトな話ではない。今まさに、この手記を書いている、私についての話だ。

つまり、透明人間である私についての話だ。

透明人間と聞くと、いろいろと便利そうに思うだろう。

かくれんぼで誰にも見つからなかったり、怪しまれることなくアダルトコーナーに入れたり、気兼ねなく女湯を・・・おっと、これ以上は黙っておこう。

他にも、人知れず

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偏食

偏食

私には、祖母があった。

私は幼いころから、祖母に可愛がられて育った。

「孫や、体にいいものをお食べ。長生きすることが大事なのじゃぞ」

祖母は健康志向を絵にかいたかのような人間だった。私は、幼いながらも祖母の健康志向に関心を持った。

「おばあちゃん、豚肉って体にいいの?」

私は聞いた。

「豚肉を食べてはならん。豚の油は体によくない」

祖母の教えは、時折、極端だった。

私が好き好んでい

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邂逅

邂逅

邂逅(かいこう)とは、「思いがけない出会い」のことである。

これは、とある20代女性の体験談だ。

とある冬の日の夜。仲の良い同僚たちと、ファミレスに来ていた。

気心知れた仲間たちなものだから、どんな話でもざっくばらんに跳び出してくる。

「昨日の夜の夢なんだけどさ」

普通なら煙たがられる「昨日の夢の話」でも、亜希(あき)の話なら例外だ。仲が良くて、可愛い同僚の話なら。

「沈没する船で、子

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忘却

忘却

私には、特殊能力がありまして。

どんな能力かと言いますと、「記憶をなくす」ことができる能力です。

ちなみに、自分以外の人間の記憶は、なくせません。あくまで私自身の記憶だけを、「忘れる」ことができます。

「そんなの誰だってできるじゃないか!」という声が聞こえてきそうです。まあまあ、慌てないで。ふつうの「忘れる」とは違うんです。私の「忘れる」は、「意図的に忘れることができる」という点で、普通の「

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病

西暦20XX年。

人類は、原因不明の病に悩まされている。

世界中でその病が大流行。WHO(世界保健機関)は、ついに世界的な緊急事態宣言の判断に至った。

その病の病名は「幸福病」。

病の発見は、遠い昔にさかのぼる。

十数年前、世界から完全に戦争が無くなった。生産技術も発展し、衣食住に困る者は誰一人としていなくなった。

「この先、世界は豊かになる一途をたどるのみだろう」誰もがそれを疑わなか

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声1

声1

俺には3つ年上の兄者がいる。

でもって俺は、小学校3年生。

つまり兄者は小学校6年生ということになる。

兄者はよく、父ちゃんや母ちゃんの手伝いをする。

食後の皿洗いは、兄者の得意技だ。

「いつもありがとうねえ」

兄者が皿を洗うと、母ちゃんが褒める。

「さすが、俺の子だ」

そして父ちゃんが褒める。

そんな日常の繰り返しだ。

でも、俺は知っている。

兄者は「相当のワル」だってこと

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幽霊

幽霊

悲しいことが起きたわけでもないのに、突然、悲しくなる時がある。

実はそれは、幽霊のしわざだ。

ぐっとこらえた悲しみたちが、心の底にしんしんと降り積もって、分厚い悲しみの層を作る。

それらはなかなか溶けることはない。

その代わり、ときおり層の一部が幽霊になって、心の中でいたずらをする。

「訳もなく悲しみに襲われる」という現象は、幽霊のいたずらによって、誘発されるものなのだ。

なぜ彼らは、

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絵師

絵師

常日頃から持ち歩いているメモ帳を、机の上に広げる。彼女がいつ話しだしてもいいように、準備しておかなければ。

先に席についていた僕に、平凡な顔立ちの、いや、どちらかというと小顔で整った顔立ちの女子高生が、笑顔で近づいてくる。揺れるスカートから、わずかながら、みずみずしい太ももを拝むことができる。

彼女の手に持ったキャラメルフラペチーノが、机の上に置かれると同時に、まどろむほどの甘い匂いを放った。

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詐欺

詐欺

3000000。「,」を付けないと、ぱっと見では0の数が分からない。

「何の数字か?」だって?

これは、僕が詐欺でだまし取られたお金の数字だ。

「どんな詐欺にあったのか?」だって?

それはそれは、いろいろな方法で騙されたさ。

買ったら金運が上がる壺を買わされたときは、「金運が上がれば、壺の購入代金なんて、余裕でペイできますよ」と言われて30万払った。

貧しい子供たちへの募金を装った、カ

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夕飯

夕飯

 「ペンネーム、「最後の晩」さんからのご質問です」

 夕方。キッチンに響くラジオパーソナリティーの声が、軽妙に鼓膜を揺らしてくる。

 「人生最後の食事に、なにを食べたらいいと思いますか?」

 そうだな。私だったら、今まで食べずに残してきたブロッコリーに反省の意を表すために、生で10個くらいは食べてやろうと思う。そうしたら天国にでも連れて行ってくれるだろう、と、期待している。

 ため息をつき

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自販機にて

自販機にて

自販機のコーヒー。

キャッチコピーは、「挽きたてのカオリ、閉じ込めました」。

それを読んだ息子が、ポッケから100円を取り出す。

「カオリさん、可哀想だから出してあげよう」

健気な優しさは、彼の閉所恐怖症から来るものだろう。

100円を入れて、コーヒーのボタンを押す。

ガタガタと音を立て、落ちてきたコーヒー。

さっそく手にとって、息子はプルタブを引いた。

自由になったカオリが、幸せ

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