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あの日見た花

名前は知らなかった。

それでも忘れることができなかったのは、なぜだろう。

幼い頃のこと。公園で、見知らぬ女の子と遊んだ。

砂場でお山を作り、丁寧に整え、砂の城を作った。

周りには花を添え、ふたりだけの住処ができあがった。

童話のハッピーエンドの場面に出てくるような、美しいお城。

昨日のことのように、鮮明に思い出してしまう。

あの女の子と会ったのは、その日、一日限りのことだったのに。

別れ際、夕暮れ。

女の子に手渡された、小さな花。その花がその後どうなったかは、まったく覚えていない。ただ、女の子と、その花の、儚げな姿かたちが、海馬に焼き付いて、消えることを許さない。


あれから20年。

大学を卒業して、僕は社会人になった。

休日、友人に誘われた展示会。会場には、無数の花の写真が展示されていた。

被写体となっていたのは、多種多様な花などではなかった。さまざまな撮影方法で撮影された、とある一種類の花だった。

その花に、激しく、されど、温かく、僕の記憶は揺さぶられてしまう。

この花は、どこかで見覚えがある。

そう、この花は、あの日、燃えるような夕暮れの中で、あの女の子から受け取った花に違いなかった。

「あら」

突然の声に、写真から目を離すと、そこには写真の撮影者とおぼしき女性が立っていた。

おや、これはこれは。

自分でも驚くほどに、僕はひと目で分かってしまったのだ。彼女は、あの時の。

「忘れることなど、できなかったのでしょう?」

なぜ分かるのだ?

「私ね、魔法をかけたの」

そう言うと、彼女は写真に目配せをした。

「この花のことを、あなたは知っている?」

名前は知らなかった。だが、その名と花言葉を聞いて、どおりで彼女のことを忘れられなかったのだと、腑に落ちたのだ。

「この花の名は

勿忘草(わすれなぐさ)

花言葉は、【私を忘れないで】」

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