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絵師

常日頃から持ち歩いているメモ帳を、机の上に広げる。彼女がいつ話しだしてもいいように、準備しておかなければ。

先に席についていた僕に、平凡な顔立ちの、いや、どちらかというと小顔で整った顔立ちの女子高生が、笑顔で近づいてくる。揺れるスカートから、わずかながら、みずみずしい太ももを拝むことができる。

彼女の手に持ったキャラメルフラペチーノが、机の上に置かれると同時に、まどろむほどの甘い匂いを放った。

彼女は椅子に座ると、まるで、親に今日のできごとを聞いてもらうかのごとく、一方的に話し始めた。


「亡くなったおじいちゃんの知り合いに、絵描きが居たらしいの。

なんでもその絵描きは、昔から「お前には絵の才能がある」と親に言われ続けてたのだとか。

そんで、本人はそれを真に受けて、親が亡くなってからも、ずっと絵を書き続けていたんだって。

365日、時には食事・睡眠を忘れるほど絵を描くのに没頭した彼は、いろんなとこに絵を持ち込んで「飾ってくれないか」って交渉したんだけど、どこもダメだった。

つまり、絵描きの仕事では、稼いでいけなかったんだよ。

でもね、彼は親の言葉を信じ続けて、ずーっと絵を描き続けたの。生きていくのにやっとのお金だけを、なんとか他の仕事で稼いで、それ以外の時間と労力はすべて創作活動に費やした。

そこまで努力したのならさ、どっかで成功しそうじゃん?でもダメだった。世間は彼の絵を、微塵も評価してくれなかったんだよ。人の世って、冷たいよね。

でさ、さすがに絵を描くのも辞めたくなりそうじゃん?だって、誰にも評価されないんだよ?そりゃあ、いくら何でもやめた方がよさそうじゃん?

それでも彼は、死ぬまで絵を描き続けた。大好きだった親の言葉を信じ続けて、誰に評価されることが無くても、自分が描きたい絵を描き続けたんだ。死ぬ間際に、「完成させるまで絶対に死なん!」って言って、描きかけの作品を、最後の力を振り絞って描き切ったらしいよ。えらいよね。

で、画家ってさ、死んだ後に有名になるパターンって多いじゃん?もう、そこまでやったんだから、神様もお情けで「仕方ない、有名にしてやろう」って言いそうじゃん?

だけど、彼はその例に当てはまらなかった。彼の絵も、彼という存在そのものも、ごく身近な、少数の人にしか知られることは無かった。神様も無慈悲だわ、ほんと。

果たして彼は、幸せだったのだろうか。誰からも認められず、評価されず、ただただ自分がやりたいことをやり続けただけの人生。あなたはどう思う?

わたしの意見?まあ、わたし的には、死ぬまでやりたいことやって生きていたんだから、きっと彼は幸せだったと思うよ。自由に活動を続けられたのだって、誰からの評価も受けなかったからこそのことだと思うし。

たださ、彼が創作活動において、社会に何も貢献していないかっていうと、そうでもなくて。むしろ、とても大きな貢献をしているの。

とある作家さんがね、その絵師の話を聞いて、web小説を書いたんだって。そしたらそれが、たいへんな話題になって。ネットでバズるわ、書籍化して大ヒットするわ、映画化・ドラマ化するわで、もうとんでもないことになっちゃってるわけなのよ。

まあ、あなたがご存じの通り、その作家ってのは私なんだけどね。

小説どころか読書感想文すらまともに書いたこともないような17歳の女子高生が、人から聞いた話を「これ、小説にしたらワンチャンバズるんじゃね?」とか思って投稿したら、一躍ベストセラー作家になっちゃった。

死ぬまで努力し続けた人がまったく成功できなかったのに、何の努力もせず、のうのうとスタバを飲んでる女子高生が、その人の話をネタにして大成功しちゃうなんて、ほんと、理不尽な世の中だよねえ」


そう言って彼女は、キャラメルフラペチーノの残りを吸いこんだ。残された氷が、ガラガラと愉快な音を立てたかと思えば、すぐさま空しげに静まり返っていった。


ウワサのベストセラー作家は、何の変哲もない17歳の女子高生だった。さっそく出版社に帰って、明日の朝刊に間に合うよう、編集するとしよう。今日の話を記事にすれば、僕もきっと、大人気記者として引っ張りだこになれるのだろうな。

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