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透明人間

あなたは信じてくれるだろうか。

目に見えない者の存在を。

決してオカルトな話ではない。今まさに、この手記を書いている、私についての話だ。

つまり、透明人間である私についての話だ。


透明人間と聞くと、いろいろと便利そうに思うだろう。

かくれんぼで誰にも見つからなかったり、怪しまれることなくアダルトコーナーに入れたり、気兼ねなく女湯を・・・おっと、これ以上は黙っておこう。

他にも、人知れず良いことをして、良い気分に浸ることだってできる。まあ、良いことをしたところで、誰に褒められるでもないのだが。

透明という特性上、できることは無数にある。その特性を人さまのために使うのも、私利私欲を満たすために使うのも、私の勝手だ。


これだけ書けば、よっぽどいい思いをしていると思うだろう。しかし、いいこというのは、そんなにはない。

むしろ私は、透明人間として育ったことに、運命の理不尽さを感じずにいられない。

誰からも見つけてもらえず、誰にも見えないものだから、この世に存在するのか、しないのかも証明されることが無い。

否定も肯定もされない。ただのさびしい人間さ。


子どもの中には、私の存在を信じる者もある。そういった子どもを街中で目にしたとき、私は自分の存在を認められたような気持になり、明るい気分になる。

だが、大人となるとそうはいかない。彼らは現実的だ。「透明人間なんて、居るわけない」と、決めてかかっている。「わざわざ信じていない者の存在を否定までしなくてもいいではないか」としょっちゅう思う。

私は子どもの夢の中にしか存在できないのだろうか。社会に居場所がない。自分のことを、孤独な人間だと思い込んでやまなかった。

あの日、あの女性に出会うまでは。


いつものように、孤独感を紛らわせようと、街をふらふら。最近はレンタル屋さんでDVDを探すのが楽しい。

ジャンルはもちろん、透明人間ものだ。虚構の物語だと分かっていても、自分の存在を肯定してくれるような物語に触れることで、多少なりとも気がまぎれる。

この間見た作品の予告で、透明人間が恋をする映画があった。あの映画は、どの列に置いてあるだろうか。しらみつぶしに探していると、それらしきものが見つかった。

その作品の前に、ひとりの女性が立っていた。年齢は、20代前半くらいに見える。

その手には、4枚ものレンタルDVD。どうやらすべて、透明人間もののようだ。もしや彼女は、透明人間が好きなのだろうか。

彼女に興味が湧いた私は、後を付けることにした。ストーカー、だって?ストーカーというのは、被害者がストーカーに気づくから成り立つわけであって、気づかれなければそれは、ただ単にそこに居合わせたに過ぎない。つまり私はストーカーにはならない。透明だからな。

ついつい彼女の家まで尾行してしまった。彼女の家には、透明人間に関する本や、透明人間を題材としたDVDなどが所狭しと置いてあった。

「はあ、私も透明人間になりたいなあ」

彼女が突然ひとりごとを言い出したものだから、びっくりした。まるで私に向かって話しているようだった。

彼女は心底、透明人間の存在を信じている様子。

嬉しくなった私は、その日以降も彼女を尾行し、その言動や友人関係を観察することにした。

彼女は、友人と透明人間の話になれば、いくら友人が「居るわけないって」と透明人間の存在を否定しようとも、「いいや、絶対にいる」と力強く力説していた。

こんな大人が居るなんて。

なんだかひとりじゃなくなった気分だった。


その後も彼女を尾行する毎日だった。

私の存在を、ここまで強く信じてくれる人の近くにいれば、私も生きている実感を味わえる気がしたからだ。

そんなある日だった。

彼女がチンピラたちに絡まれている。どうやら一方的にぶつかってこられたようだ。

「おい姉ちゃん、ちゃんと前向いて歩けや」

チンピラが彼女につっかかる。

「やめてください。そんな言いがかりをすると、透明人間が天罰をくだしますよ」

どうやら彼女にとって、透明人間は天罰を下せるほどの力を持っているらしい。

「ほほお、姉ちゃん、おもしれーこと言うじゃねえか。お前ら、この女、ちょっと連れて行っちまおうぜ」

リーダー風のチンピラがそう言うと、連れのふたりが彼女の腕を掴んだ。

「やだ、離して!」

私はいてもたってもいられなくなり、彼女の手を掴んだチンピラの顔面に、拳を食らわせてやった。

「がっ」「はっ」

私の顔面は、チンピラふたりの顔面にもろに直撃した。予期できるはずのない、あまりに突然の衝撃に、チンピラふたりは気を失ってしまった。

「おい、お前ら、いったいどうしたってんだ」

リーダー風のチンピラが戸惑っている。

「ほら、見なさい。透明人間が天罰を下すと言ったでしょう」

彼女は威勢よく言葉を発する。まあ、見なさいと言っても、見えないのだけれど。

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ。ちくしょー、これでも食らいやがれ」

リーダー風のチンピラが、彼女に殴りかかってくる。私はチンピラの足を引っかけて、うまく転ばせてやった。

「げはっ」

チンピラは、勢いよく顔面から地面にぶつかっていった。

他のふたりと同じく、衝撃で気を失ってしまった。

「やった、悪を懲らしめたわ。やっぱり透明人間は実在するんだわ。透明人間さん、ありがとう」

やはり本気で透明人間の存在を信じている様子だ。そこまで信じられると心から嬉しい。私が居る方向と真逆を向いてお礼言っているから、見えているということはないのだろうけど。

なんだかこの子、危なっかしいなあ。仕方ない、もうしばらく後をつけてやるか。

私がそのように思った時、自分でも気づかないうちに、口角が上がっていた記憶がある。

ふと気づけば、私が感じていた孤独感は、すっかりと消え失せていた。

自分の存在を力強く肯定してくれる人のお陰で、私はもう、孤独ではなくなっていたのだろう。

たくさんの人に「いない」と思われていても、誰か一人にでも「居る」と信じてもらえることで、救われる魂があるのだ。

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