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偏食

私には、祖母があった。

私は幼いころから、祖母に可愛がられて育った。

「孫や、体にいいものをお食べ。長生きすることが大事なのじゃぞ」

祖母は健康志向を絵にかいたかのような人間だった。私は、幼いながらも祖母の健康志向に関心を持った。

「おばあちゃん、豚肉って体にいいの?」

私は聞いた。

「豚肉を食べてはならん。豚の油は体によくない」

祖母の教えは、時折、極端だった。

私が好き好んでいた食べ物でさえも、「食べてはならん」と取り上げることすらあった。

初めは興味津々だった。だが、祖母の強引さに、徐々に嫌気がさし始めた。


私が中学生になったころ。それはもう、限界に達していた。

「孫や、いったい何を食べておるのじゃ」

祖母の目には、板チョコを手に持ち、唇をチョコで染めた私が映っていたのだろう。

「何って、チョコレートだけど」

悪びれもせず言う。

「今すぐ吐き出さんか」

祖母は鬼のような形相で私を怒鳴りつける。

「なんで?チョコレート、美味しいよ」

私は、祖母の怒鳴り声など気にも留めない。

「チョコを食べると早死にするぞ、いいから吐き出せ」

祖母はしつこく私を怒鳴りつけた。そのとき、私の中で何かがはじけた。

「もう、おばあちゃん!健康健康って、なにが楽しくてそんなことばっかり言ってるわけ!?」

「私もう、うんざりだよ!」

私はトマトが破裂したみたいに、膨張した感情を爆発させた。初めて見た我が孫の怒りが、祖母には少しだけこたえたようだった。

「そうか。そこまで怒るのなら、好きにせえ」

祖母はそう言うと、自身の部屋へと去っていった。

それからというもの、私が祖母の家に遊びに行くことは、めっきりと減ってしまった。

それからは何度か立ち寄って、祖母の様子を見たくらいだった。口をきくことは、もうなかった。


数年後、祖母は他界した。

死因は偏食が原因の栄養失調だった。

「健康的なものばかり食べ過ぎたのよ、きっと。それで死んじゃうなんて、ばかばかしい話よね」

私は祖母の逝去の一報を聞き、祖母の健康志向は無駄だったのだと皮肉に思った。

祖母の葬儀の後、母が、手紙らしきものを私の手に握らせた。どうやら祖母から預かっていた、私への手紙らしい。病院のベッドの上で書いたのだという。

家に帰って手紙を広げる。

「孫へ

元気にしておるか?わしはそれまで、健康に良いものばかり食べてきた。でもな、お前に怒られてから、わしは「もっと食べたいものを食べて生きよう」と思ったんじゃ。

ただただ健康であることに、さして意味は無いのだと思い始めたのじゃよ。好きなものを食べ、美味しいものを食べて生きる快感は、それまでに我慢して健康に良いものを食べ続けて得た健康の、その何倍もの幸福感を与えてくれるものじゃった。

それを教えてくれたお前には、感謝しとる。本当にありがとうな。

まあ、その結果、偏食になり、栄養失調となって倒れてしまった。それでもいいと思っとるよ。美味しいものをたくさん味わうことができ、本当に良かった。

最後にこの話をお前に直接話したいなあ。わしがあの世へ行く前に、顔を見せに立ち寄るくらいは、するつもり無いかのお?

おばあちゃんより」

手紙を読み終えた私は、ひざから崩れ落ちた。

冬の太陽の光がわずかに小窓から指す部屋で、床の冷たさも、何も感じなかった。

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