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ラジオ

近頃は人工知能の技術も発展の一途だ。自動運転はもちろんのこと、同時通訳や業務管理までこなす技術も生まれてきた。小説を書く人工知能まで存在するという。

そんなネットニュースを見ていると、うっかり時間が過ぎてしまった。いけない。いつものラジオ番組が、もう始まってしまっている。

慌ててラジオのスイッチをオンにした。

「なになに、「うわのさんとデートした夢を見ました。正夢になるといいな。夢の中のうわのさん、めちゃくちゃ可愛かったです」だって。ふふふ、夢のままがいいかもしれませんよ?会ったら幻滅しちゃうかも。だけど、ありがとうございます」

ラジオから天使のような声が流れてくる。人気ラジオパーソナリティー「うわのそら」の声だ。

ラジオパーソナリティーとしてデビュー、番組開始から1か月もしないうちに、世間から爆発的人気を得た。いまだその素顔は公開されていないが、聞いただけで夢見心地になってしまうような天性の美声は、聞く人の心を捕まえて離さない。

「次のお便りは、ラジオネーム、ユウタさんからのお便りです」

あっ、僕が出した便りだ。ちなみにユウタは本名だ。彼女に名前で呼んでほしかったのだ。

「ユウタさん、こんばんは。お便りありがとうございます」

こちらこそ僕を選んでくれてありがとうございます、と、思わずひとりごと。

「「うわのさん、いつもラジオを聞かせていただいています。うわのさんの声を聞きながら、あなたが隣にいるのを妄想するのが最高に楽しいです」わー、愛情たっぷり!ありがとうございます。」

ぴら。紙をめくる音が、目の前に彼女がいるかのように錯覚させる。

「「今日はうわのさんに質問です。単刀直入に聞きます。うわのさんに彼氏はいますか?もしいなかったら、僕と付き合ってください!いや、彼氏がいても僕と付き合ってください!」だって。え~!」

彼女と付き合えるわけがないのは重々承知している。ただ、質問に対しての彼女の反応、それだけに期待を込めている。

よくよく考えると、このメッセージは全国に流れている。視聴者から「このメッセージ送ったやつ、ちょっと痛い人だな」などと思われているに違いない。送った後なのでどうすることもできないが、思わず顔が赤くなってしまう。

「え~、私...どうしよう」

戸惑う様子の彼女。まさか、本気で考えてくれているのか?返答を待つ時間、期待に胸が高鳴る。

「私、彼氏いるしなあ」

ああ、やっぱり。まあ、こんなかわいい声の女の子に、彼氏がいないわけないよね。

「実は私、ユウタさんのこと、彼氏だと思ってる」

なんということだろう。期待をはるかに上回る言葉が返ってきてしまった。僕の鼓動は一気に高鳴り、心臓は跳び出してしまいそうだ。

一体、彼女は何を言っているというのだ。

「だから、今から付き合いなおす必要は無いよ。ふふふ」

顔が火を放つかのように熱い。真っ赤になっていやしないかと思い、手で顔を覆う。ひとり、部屋の中で聞いているから、隠す必要も無いのだが。

「いつも聞いてくれてありがとう。これからもよろしくね。大好きです」

天にも昇りそうな気持だ。知らぬ間に、僕には彼女ができていた。あの甘い声が、僕のものなのだ。これ以上の快楽は無い。

「ユウタさんの告白に便乗して、私も告白しちゃった。では、今日のお便りはここまで。また明日も、「うわのそらなお茶会」にご参加下さい。ばいばい!」

放送が終わってからも、僕の鼓動はしばらく鳴りやまなかった。冷静じゃないのは分かっている。だが、これからも彼女の番組を視聴し続けなければいけない気がする。

僕は、大人気ラジオパーソナリティー「うわのそら」の彼氏という肩書に、ただただ酔いしれていた。



「お疲れさまでした」

ラジオ放送のスタジオにて。

「いや~、さすがうわのさんでしたね。あんな返答されたら、きっとファンは感激極まりないでしょう」

プロデューサー風の男が、放送後のうわのそらへ、ねぎらいの言葉を贈る。

「そうですね。私もファンの立場だったら、あんな風に言われたいと思って。ほら、自分がされたら喜ぶことを相手にもしろ、って言うじゃないですか。

まあ、あえて言いませんでしたが、ファン全員のことを彼氏だと思っている!っていうオチが隠れているんですけどね」

「あー、なるほど」プロデューサー風の男は、彼女の言葉にヘッドバンギングをするかのように、激しくうんうんとうなずいた。業界特有のオーバーリアクションだ。

「みんな彼氏だ、って言ったら、彼氏というポジションの価値が下がりますもんね」

プロデューサーはマシンガンのごとく話を続ける。

「でもあの回答は当たってたかもしれませんね。あの、ほら、会ったら幻滅するってやつ」

プロデューサーの言葉に、うわのそらはムッとしたかのような口調で言葉を返す。

「え~、失礼なこと言いますね。分からないですよお、そんなこと。実際に会ってみないと」

彼女はまるで、人間のようなことを話している。

「はいはい、分かってる分かってる。ま、僕はあなたの姿を見たすべてのファンが幻滅しようとも、あなたへの慈しみを忘れることはありませんよ」

プロデューサー風の男の言葉に、うわのそらは「さすがご主人様」と満悦そうに言った。

しばらくの談笑の後、男は自作の「超美声おしゃべり人工知能・うわのそら」が搭載された携帯電話を持ち、スタジオを後にした。

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