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西暦20XX年。

人類は、原因不明の病に悩まされている。

世界中でその病が大流行。WHO(世界保健機関)は、ついに世界的な緊急事態宣言の判断に至った。

その病の病名は「幸福病」。


病の発見は、遠い昔にさかのぼる。

十数年前、世界から完全に戦争が無くなった。生産技術も発展し、衣食住に困る者は誰一人としていなくなった。

「この先、世界は豊かになる一途をたどるのみだろう」誰もがそれを疑わなかった。

ところが、そうはならなかった。物質的に豊かになり続けているはずなのに、どうも人類の幸福度は上がらない。

それどころか、つらい、苦しいと口にする人が増えた。約30億人の人々を対象にした幸福度を測るアンケートでは、回答者の3割が「どちらかというと不幸」、4割が「不幸」に該当する結果に。

原因究明のため、識者たちによるチームが作られた。

彼らが調査した結果、人類が根本的な病に侵されていることが明らかとなる。

幸せにならなければならない、という、強い強迫観念に侵される病。それが「幸福病」というわけだ。

この病は慢性的な病で、個人がかかるというよりも、人類規模でかかっているという表現がふさわしい。

この病に侵されし者は、「幸せになりたい」と強く望むあまり、現状に満足できなくなる。幸せそうなことが起きても、ありがたみを感じなくなる。

際限なく、今以上の幸せを求めてしまう。

それはまるで、じわりじわりと人を蝕む呪いのようであった。


しかし、ある時、画期的な特効薬が発見される。

それは、薬品ではなかった。だが、確かに科学が生み出した特効薬だった。

特効薬が生まれるまでに、あらゆる角度から幸福についての研究がなされた。宗教をはじめ、哲学や心理学、精神医学など、全人類の英知を集め尽くした先に、その特効薬の発見があった。

その特効薬とは、「感謝」であった。

与えられている恩恵に、ありがたみを覚えること。それをすることで、人々の幸福度は、みるみる回復していった。

感謝を啓蒙する政策が練られ、講演家やインフルエンサーと言った影響力のある人物たちが、感謝の重要さを説いた。

便利さの追求が、これまでより緩やかになり、代わりに不便さを味わえるサービスが人気を博した。

無人島で1か月間暮らすサービスや、素手で食事をするレストラン、牢屋に入れる体験など、それまでは誰も価値を感じることのなかったものに、価値を感じる人が増えた。

人々の努力の結果、感謝できる人が増えた。

そのうち、ありがたみを感じるということは、常識となった。


そうやって、誰もが与えられているモノへの感謝の気持ちを手に入れたことで、人々は、精神的に豊かになった。

発展スピードは遅くなったのに、幸せになる人は増えたのだ。

そして、その頃にはもう、人々は幸せになるのをやめた。

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