記事一覧
山猫に届いた手紙 その3
Dear Mr Handsome
Hello, Mr ! お元気かしら?あたしね、Mr には本当に感謝してるの。そのことをお伝えしたくて。ほら、あたしラクーンでしょう?POLICEに見つかったら、一巻の終わりよ。だからさ、夜な夜なあちこちのお宅のゴミ箱漁って飢えをしのいでたってわけ。そうしたらね、たまたまゴミ箱に突っ込んであったボイシーdailyに、P氏の投書を見つけたのよ。なんでも、ポンデロ
山猫に届いた手紙 その2
Dear Mr Gray House
どうも、旦那さん。いやぁ、お元気かね。おかげさまで、こちとらもようやっと、まぁ新居ができたもんで、そのご挨拶も兼ねて、慣れない筆を取ったと、まぁそういう訳なんですわ。こりゃこりゃ。
新居というのが、わたしが言うのもこそばゆいが、またとんでもない豪邸でしてな。まぁ、場所柄そんな家がたくさん建っとるもんですから、こればっかりは、いたしかたない。こりゃこりゃ。
惑う星 リチャード・パワーズ著 Bewilderment Richard Powers
リチャード・パワーズの新刊を読み終えました。涙が止まらなかった。"永遠"には2種類あって、もうひとつの永遠は、私たちが知っている永遠よりもすばらしいものだとしても、この結末をどう捉えたらよいか、惑います。
宇宙生物学者の父親と、あるスペクトラムを持った少年の物語は、生きづらさ(障がい)を抱えた息子を、惑星を見つめるまなざしで受け止める、若き父親の奮闘の記録です。
事故で亡くなった母親は、
夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【終章】
サラは落ち着きのいいソファーに腰を下ろして、おしゃべりを楽しんでいる。35歳になっていた。テーブルの上には、シンプルな白い磁器のカップや銀食器が並び、食器の触れ合う音やさざめき声が少し高い天井に響いている。窓の外を2階建てバスが通り過ぎた。向かいに座っているのは、10年来の友人のyumi。ロンドンの街角にあるクラシックなカフェで、二人は久しぶりに再会した。yumiは数年前に、夫の仕事の都合でロン
もっとみる夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第7章】
大きな黒い船が、二人の方へゆっくりと近づいてきた。不思議な船だ。木でできているのに、どうして浮かんでいるんだろう。それは、四角い箱のような形をしていて、昔絵本の中で見たノアの箱舟のようだとサラは思った。モーターが回るかすかな唸り声のような音がする。船は静かに崖の手前上空で止まった。空には雲が垂れ込め、鉛のようにどんよりとして、昼間なのか夜なのかわからなくなっていた。風がいつのまにか止んでいる。そ
もっとみる夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第6章】
夢の中で、サラは広々とした場所に立っていた。きつね色の草が風にそよぎ、ちぎれ雲が流れていく。鳥たちがはるか上空を飛んでいくのが見えた。
「ヒースだ。」
とサラはつぶやいた。
少し離れたところに、枝を広げた大きな木が一本立っていて、その下に布を敷いて女性が一人座っている。彼女はサラの方に大きく手を振っていた。サラはそちらの方へと坂を下った。
「サラ、あなたを待っていたのよ。」
その女性は立ち上が
夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第5章】
久しぶりに実家に帰ったサラを、母親が怒ったような顔をして見つめている。
「サラ、ちゃんと食べているの?」
と母親は尋ねる。サラは弱々しく微笑んだ。自分では大丈夫だと思っていた歯車は、いつのまにか取り返しの付かない方向へ進みだし、サラにはもうどうすることもできなくなっていた。苦しい、とサラは思う。でも何が苦しいのかわからない。ただ水の中で溺れていくような、まわりの空気が次第に薄くなっていくような心
夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第4章】
月曜日、サラはいつも通り2限のゼミに出かけた。教室に入ると、まだ人は集まっておらず、前の方の席にタカ子さんが腰かけている。タカ子さんは1年上の学年で、とてもおしゃべり好きだ。サラは、今日はあまり人と話したい気分ではなかったが、案の定つかまってしまう。
タカ子さんの話が始まると、サラはいつも聞き役に徹した。その話は多岐にわたったが、たいていは誰々がどうしたこうしたという話だ。サラは噂話が好きで
夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第3章】
ある日曜日の夕暮れ、サラは銭湯へ行った帰りに下宿までの道をぶらぶら歩きながら、不思議なお店が出ていることに気が付く。それは大路沿いの金物屋と100円ショップの間にひっそりと軒を構え、今まで何度も前を通っているのに、目にしたのは初めてのように思われた。店の中から、遠い異国の音楽が静かに流れている。なにか骨董品でも扱っているかのようにうかがえた。サラはまるで、その音楽に釣り込まれるように、店の中に足
もっとみる夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第2章】
「サラ!」と呼ぶ声に、彼女は振り向いた。背の高い、ごつごつした体格に似合わずやわらかい声、まぶしそうな笑顔、右手にクシャっと丸めた帽子を握っている。私はこの男を知っている、とサラは思う。遠い記憶の中で、最初に出会った男性・父と、最初に恋した男性・従兄が重なって見える。私の後をどこまでもついてくる優しい人間。
「neko!」
とサラは呼び返す。
「今日は何の授業に出たの?」
サラが尋ねると
夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第1章】
幼いころの記憶。
サラは母親に連れられて、近所の動物たちを訪ね歩いた。牛を飼っているおばあさんの家、市場の犬、牧場で飼われているポニーたち、動物園のキリン…。動物を前にすると、サラの心は満ち足りた気持ちになった。手を伸ばして触れ、話ができると信じていた。家に帰ると、真っ白な画用紙にクレヨンで縦横無尽に線を描く。それがサラの見た者たちの姿だった。母親は理解者で、それを刺繍に仕立ててくれた。大人
夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【序章】
時々、彼女をとらえて離さない夢がある。目覚めた後も、しばらく放心し鳥肌が立つような夢。彼女は急いでそれを紙に書き留める。
「大きな船 変身する生き物 人とけもの 理解する人 行って帰ってくる女たち 旅に出る男」
言葉は意味をなさない。とても魅力的に思えた光景が、言葉にするとその色を失ってしまう。それでも、と彼女は思う。それでもいつか、この世界を再構築しようと。
「研究所での陰謀 正座のでき