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夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第3章】

 ある日曜日の夕暮れ、サラは銭湯へ行った帰りに下宿までの道をぶらぶら歩きながら、不思議なお店が出ていることに気が付く。それは大路沿いの金物屋と100円ショップの間にひっそりと軒を構え、今まで何度も前を通っているのに、目にしたのは初めてのように思われた。店の中から、遠い異国の音楽が静かに流れている。なにか骨董品でも扱っているかのようにうかがえた。サラはまるで、その音楽に釣り込まれるように、店の中に足を踏み入れた。

 店内は薄暗く、四方の壁はすべて本棚だった。本棚に収まりきらない本が床にもあふれ、足の踏み場を見つけるのが難しそうだ。古い紙の匂いがする。本と一緒に、小さな工芸品があちらこちらに飾られていた。店の主はいないのだろうか。サラは静かに本棚の本に目を走らせる。

 この本もあの本も読んでみたい。手に取る本すべてがサラには魅力的に思えた。そこは、どんな図書館でも本屋でも今まで目にしたことのない、でもいつかきっと読んでみたいと思っていた本の殿堂のようなところだった。サラは時間が経つのも忘れて夢中に本棚に手を伸ばし、パラパラとページをめくった。

 どれくらい時間が経っただろう、ふと人の気配のようなものを感じて振り向くと、店の奥に老人が一人腰を掛けていた。老人だとサラが思ったのは、その姿がとても小さくしわがれた声が聞こえたからだ。薄暗がりでよく見えない。

「どれも美しい本たちです。」

とその人は言った。

「ええ、本当に。」

とサラは答えた。

「そしてどれも魅力的です。どれか一冊を選ぶのは難しいわ。」

とサラは続けた。

老人はおかしそうに笑った。

「お嬢さん、あなたはまだ若い。一冊と言わずいくらでも好きなだけ読めるだろうに。」

しばらく心地よい沈黙が流れる。どこかでにゃぁと猫が鳴く声が聞こえたような気がした。

 サラはまた本棚に目を移し、そこである一冊の本を手に取る。それは深い海の色をしたような布張りの表紙に、金色の文字でタイトルが記されている本だった。どうやら歴史書のようだ。サラは急に、ひどく寂しいような心細い気持ちになって、今すぐこのお店を出たいと思った。急いで、

「この本はいくらですか?」

と尋ね、値段もあまり確かめずにお金を払って、飛び出すように通りに出た。ずいぶん長い時間そのお店にいたように思ったが、街はまだ夕暮れている。サラは走るように大路を下り、下宿へと駆け込んだ。湯上りの髪が、すっかり乾いていることにも気づかなかった。