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犬と暮しています。本を読むのが好きです。

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最近の記事

Letter

 目が覚めると、静かな雨が降っていました。ワンコがふすまのすき間から首を突っ込んで、「朝だよ」と言ったから。  ふたりは起きて顔を洗って、それぞれトイレを済ませます。静かに朝ご飯を食べながら、私は雨の音を聞いていた。今日はお散歩に行けない日だな、と思うと休日感が高まって、ご飯を食べた後ティーカップを漂白し。そうして、友人に手紙を書きたくなりました。  出さない手紙を何通も、私は引き出しにしまっている。出すこともできるんだ、という可能性を大切に抱えながら。  

    • I walk …

      私は歩く 雨が降り出す前の曇り空の下 山桜が咲き始め 鳥のさえずりが響く ご近所でほら貝を吹く趣味の人の ほら貝の音も響いている でも ここはどこだろう 私は歩いているだろうか 雨が降り出す前のひとときは 異空へと続く時間

      • 山猫に届いた手紙 その3

        Dear Mr Handsome Hello, Mr ! お元気かしら?あたしね、Mr には本当に感謝してるの。そのことをお伝えしたくて。ほら、あたしラクーンでしょう?POLICEに見つかったら、一巻の終わりよ。だからさ、夜な夜なあちこちのお宅のゴミ箱漁って飢えをしのいでたってわけ。そうしたらね、たまたまゴミ箱に突っ込んであったボイシーdailyに、P氏の投書を見つけたのよ。なんでも、ポンデローザ通りには、善きサマリア人が住んでいるっていうじゃない。あたし、これだ!と思っ

        • 猫たちは走る

           私走っているの、とシャム猫が言った。僕、走ってるんだと山猫が笑った。猫たちを走らせるものは何だろう。  ある朝、気がつくとわたしはジョギングシューズを履いて、春の光の中に飛び出していた。 汗が吹き出し、肺が激しく酸素を求め、足はスプリングの緩んだバネのよう。 でも、なんとも言えない!  昔、わたしも走るのが大好きだった。

        Letter

          山猫に届いた手紙 その2

          Dear Mr Gray House どうも、旦那さん。いやぁ、お元気かね。おかげさまで、こちとらもようやっと、まぁ新居ができたもんで、そのご挨拶も兼ねて、慣れない筆を取ったと、まぁそういう訳なんですわ。こりゃこりゃ。 新居というのが、わたしが言うのもこそばゆいが、またとんでもない豪邸でしてな。まぁ、場所柄そんな家がたくさん建っとるもんですから、こればっかりは、いたしかたない。こりゃこりゃ。 かみさんも、まぁ文句はないみたいなんで、わたしも胸をなでおろした次第で、いや

          山猫に届いた手紙 その2

          惑う星 リチャード・パワーズ著 Bewilderment Richard Powers

           リチャード・パワーズの新刊を読み終えました。涙が止まらなかった。"永遠"には2種類あって、もうひとつの永遠は、私たちが知っている永遠よりもすばらしいものだとしても、この結末をどう捉えたらよいか、惑います。  宇宙生物学者の父親と、あるスペクトラムを持った少年の物語は、生きづらさ(障がい)を抱えた息子を、惑星を見つめるまなざしで受け止める、若き父親の奮闘の記録です。  事故で亡くなった母親は、この星に生きるすべての動物たちの権利を守ろうと闘っていた、法律家でした。トランプ

          惑う星 リチャード・パワーズ著 Bewilderment Richard Powers

          山猫に届いた手紙

          Dear Mr やあ、Mr!きっと元気にしてるだろうね。おいらもぬくぬくとしているさ。毎年の事だけど、この街の冬は身を切る寒さだ。雪が溶けるまで、猫にとってはつらいよな。 毎日、うちの奥さんとソファでテレビを見たり、部屋の中を走り回ったり、まあ、不自由はしてないよ。ご飯もちゃんともらえるしね。ただ、何というかワイルドさに欠けるんだ。わかるだろう?うちの奥さんの観る番組と来たら、お料理番組かニュースかメロドラマだ。あんたとSTAR WARSを観てた頃が懐かしいよ。 とこ

          山猫に届いた手紙

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【終章】

           サラは落ち着きのいいソファーに腰を下ろして、おしゃべりを楽しんでいる。35歳になっていた。テーブルの上には、シンプルな白い磁器のカップや銀食器が並び、食器の触れ合う音やさざめき声が少し高い天井に響いている。窓の外を2階建てバスが通り過ぎた。向かいに座っているのは、10年来の友人のyumi。ロンドンの街角にあるクラシックなカフェで、二人は久しぶりに再会した。yumiは数年前に、夫の仕事の都合でロンドンに移住し、サラが休暇を使って会いに来たのだ。 「お砂糖はいくつにする?」

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【終章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第7章】

           大きな黒い船が、二人の方へゆっくりと近づいてきた。不思議な船だ。木でできているのに、どうして浮かんでいるんだろう。それは、四角い箱のような形をしていて、昔絵本の中で見たノアの箱舟のようだとサラは思った。モーターが回るかすかな唸り声のような音がする。船は静かに崖の手前上空で止まった。空には雲が垂れ込め、鉛のようにどんよりとして、昼間なのか夜なのかわからなくなっていた。風がいつのまにか止んでいる。その船には、空から乗るようだった。  甲板の上には、動物たちがひしめき合っている

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第7章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第6章】

           夢の中で、サラは広々とした場所に立っていた。きつね色の草が風にそよぎ、ちぎれ雲が流れていく。鳥たちがはるか上空を飛んでいくのが見えた。 「ヒースだ。」 とサラはつぶやいた。 少し離れたところに、枝を広げた大きな木が一本立っていて、その下に布を敷いて女性が一人座っている。彼女はサラの方に大きく手を振っていた。サラはそちらの方へと坂を下った。 「サラ、あなたを待っていたのよ。」 その女性は立ち上がり、サラの手を両手で握りしめて言った。とても嬉しそうに。近くまで来ると、その木は

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第6章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第5章】

           久しぶりに実家に帰ったサラを、母親が怒ったような顔をして見つめている。 「サラ、ちゃんと食べているの?」 と母親は尋ねる。サラは弱々しく微笑んだ。自分では大丈夫だと思っていた歯車は、いつのまにか取り返しの付かない方向へ進みだし、サラにはもうどうすることもできなくなっていた。苦しい、とサラは思う。でも何が苦しいのかわからない。ただ水の中で溺れていくような、まわりの空気が次第に薄くなっていくような心地がした。  その夜、真っ暗闇の中でサラはあの眼の気配を感じる。部屋の隅の、一

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第5章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第4章】

           月曜日、サラはいつも通り2限のゼミに出かけた。教室に入ると、まだ人は集まっておらず、前の方の席にタカ子さんが腰かけている。タカ子さんは1年上の学年で、とてもおしゃべり好きだ。サラは、今日はあまり人と話したい気分ではなかったが、案の定つかまってしまう。  タカ子さんの話が始まると、サラはいつも聞き役に徹した。その話は多岐にわたったが、たいていは誰々がどうしたこうしたという話だ。サラは噂話が好きではない。あまり興味がないし、自分もどこかでこんな風に話されているかと思うと、居心

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第4章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第3章】

           ある日曜日の夕暮れ、サラは銭湯へ行った帰りに下宿までの道をぶらぶら歩きながら、不思議なお店が出ていることに気が付く。それは大路沿いの金物屋と100円ショップの間にひっそりと軒を構え、今まで何度も前を通っているのに、目にしたのは初めてのように思われた。店の中から、遠い異国の音楽が静かに流れている。なにか骨董品でも扱っているかのようにうかがえた。サラはまるで、その音楽に釣り込まれるように、店の中に足を踏み入れた。  店内は薄暗く、四方の壁はすべて本棚だった。本棚に収まりきらな

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第3章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第2章】

           「サラ!」と呼ぶ声に、彼女は振り向いた。背の高い、ごつごつした体格に似合わずやわらかい声、まぶしそうな笑顔、右手にクシャっと丸めた帽子を握っている。私はこの男を知っている、とサラは思う。遠い記憶の中で、最初に出会った男性・父と、最初に恋した男性・従兄が重なって見える。私の後をどこまでもついてくる優しい人間。 「neko!」 とサラは呼び返す。 「今日は何の授業に出たの?」 サラが尋ねると、nekoは顔をしかめて、マクロ経済学Aがどんなに面白くなかったかを訥々と話し始

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第2章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第1章】

           幼いころの記憶。  サラは母親に連れられて、近所の動物たちを訪ね歩いた。牛を飼っているおばあさんの家、市場の犬、牧場で飼われているポニーたち、動物園のキリン…。動物を前にすると、サラの心は満ち足りた気持ちになった。手を伸ばして触れ、話ができると信じていた。家に帰ると、真っ白な画用紙にクレヨンで縦横無尽に線を描く。それがサラの見た者たちの姿だった。母親は理解者で、それを刺繍に仕立ててくれた。大人たちは、自分より数倍大きな動物に、物怖じもせず近づいていく子供を、驚きをもって見

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第1章】

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【序章】

           時々、彼女をとらえて離さない夢がある。目覚めた後も、しばらく放心し鳥肌が立つような夢。彼女は急いでそれを紙に書き留める。 「大きな船 変身する生き物 人とけもの 理解する人 行って帰ってくる女たち 旅に出る男」 言葉は意味をなさない。とても魅力的に思えた光景が、言葉にするとその色を失ってしまう。それでも、と彼女は思う。それでもいつか、この世界を再構築しようと。 「研究所での陰謀 正座のできない女性 バスに乗って逃げ出す クリスチャンの男性 唱える言葉」 彼女は必死で

          夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【序章】