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夜明け前に見る夢は鳥たちの歌声を聞く 【第5章】

 久しぶりに実家に帰ったサラを、母親が怒ったような顔をして見つめている。
「サラ、ちゃんと食べているの?」
と母親は尋ねる。サラは弱々しく微笑んだ。自分では大丈夫だと思っていた歯車は、いつのまにか取り返しの付かない方向へ進みだし、サラにはもうどうすることもできなくなっていた。苦しい、とサラは思う。でも何が苦しいのかわからない。ただ水の中で溺れていくような、まわりの空気が次第に薄くなっていくような心地がした。

 その夜、真っ暗闇の中でサラはあの眼の気配を感じる。部屋の隅の、一番暗い所からあの眼がじっとりとサラを見つめていた。サラは冷や汗をかいて、息が詰まりそうになった。あの眼の存在を、再び感じることがあるとは、夢にも思っていなかった。
「おまえはひとりだ」
とその眼がつぶやいたような気がして、サラはぞっとした。

 次の朝、荷物をまとめるとサラは早々に家を出て、大学のある街へと帰った。電車の中で、コンビニで買ったおにぎりを貪り食い、のどが詰まった。食べることも、眠ることもどうでもよくなっていたサラは、実家に帰って、これではいけないと強く思った。しかしどこから取り戻せばいいのだろう。とりあえず、3食きちんと食べようと心に決めた。

 それは簡単なことではなかった。朝起きて、まずお腹が空かない。なんとか口の中にパンをねじ込んで、大学へ出かける。お昼を食べに食堂へ行くが、食べたいものが思いつかない。無理やり、かつ丼を頼んでみることもあった。夜は近所の食堂へ食べに行く。しかし、いつまでメニューをにらんでも、おいしそうだと思うものは見つからなかった。

 ある日、サラは久しぶりに食堂でnekoと出会う。nekoは友達とお昼を食べようとしていたが、サラに気が付いて友達を引っ張ってサラの座っているテーブルへやってきた。サラはうまく話せない。目の前のサンマをなんとか胃の中へ収めようと必死なのだ。nekoの友達は、そんなサラに気を悪くしたのか、わざとnekoと大声で話し始めた。nekoはサラに何も言わない。サラは無理やりサンマを口の中で飲み込んで、
「お先にね。」
と、こわばった笑顔を浮かべながら立ち上がった。その時それまで黙っていたnekoが、何か確信めいたように、サラを見つめてウンとうなずいた。その目は、サラが口に出そうにも出せないことを、すべてわかっているよと言っているかのようだった。サラはなんだかホッとして、その場を後にした。

 その夜、サラは不思議な夢を見る。