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長編小説、超短編小説、実験小説、詩、、朗読ライヴの元ネタ、文体の研究などなど。多すぎてどれ読んでいいかわからない時は「【おすすめ】創作編」というマガジンをどうぞ。
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#文藝賞

【長編小説】音楽の花嫁 19/19

【長編小説】音楽の花嫁 19/19

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通夜と葬式はつつがなく行われた。最後、煙となったおじいさんを火葬場の外から眺めると、やっと肩の荷が降りたように思って安心してしまった。葬式は疲れる。兄も同じように感じていたようで、慣れないスーツのネクタイを緩めてシャツを腕まくりして、「あちー」と言って手であおいだ。母はそんな私達を見ながらくすりと笑って、
「ねえ綾乃ちゃん、あのフルートどうしたの?」
と聞いてきた。
「うん?」

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【長編小説】音楽の花嫁 15/19

【長編小説】音楽の花嫁 15/19

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遠くからいろんな声が混じり合った、声ともつかない何かが聞こえて来た。それは技師のいた部屋で聞いたマルタの声にも似ていたが、声と言うより悲しみや絶望そのものに近い、素手で心臓に触れてくるような何かだった。バイタの棺の中身よりもっとひどいものを見るだろうという予感が走ったが、足を止めることは出来なかった。
 遠目に見るとボウリングのピンのように、頭部と下部の間にくびれがある肌色の物体

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【長編小説】音楽の花嫁 14/19

【長編小説】音楽の花嫁 14/19

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「一番好きなものを思い出す」、そして「棺を上手く使う」。ネムルはそう言っていた。それと、「僕の棺によろしく」とも。でも男の人は棺を持っていないんじゃないだろうか。
 エレベーターで考え事をしているとあっという間に降りる階についてふためくように、気付いたら私は細い食道を落ち続けて少し広くなった場所に着地した。下は胃液でびちゃびちゃ、そしてあたりは真っ暗で何も見えない。まるで地下を走

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【長編小説】音楽の花嫁 13/19

【長編小説】音楽の花嫁 13/19

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突然空が暗くなったので見上げると、黒いじゅうたんが落ちて来た。粉塵と風が顔を襲うのでとっさに腕でかばう。腕をほどくと、じゅうたんだと思ったのは巨大な鳥だった。夜を背負ったようにまっ黒で、私達二人を食べてもおやつにしかならないだろうというほど大きな、鳥というより恐竜に近かった。頭だけが黒を纏い忘れたようにピンク色の肌がむき出しだった。
「驚いた、人形使いか」
 鳥が喋った、と

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【長編小説】音楽の花嫁 10/19

【長編小説】音楽の花嫁 10/19

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馬車から下されると、私は要塞のようなすさんだものをイメージしていたのだが、賑わう城下町に囲まれた中世風の美しい城がそびえていた。鎧を着た衛兵がつかつかと馬車に歩み寄る。私だけが連れて行かれる。技師と女性にはもう会わないかもしれない。
 城の中には一体こんなに必要なのかというほど家来が溢れていた。どこもかしこも掃除中で、すでに透き通るほどに磨かれた大理石の床に何十人もの家来がへばりつ

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【長編小説】音楽の花嫁 6/19

【長編小説】音楽の花嫁 6/19

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飲み物を受け取ったところで背後から
「アヤメちゃん!」
と男の人の声がした。こそ泥のように心臓が飛び跳ねて、ジンジャーエールをこぼさぬようそろそろと振り返ると野良犬のようにばさばさの茶髪にTシャツ、インドのお坊さんのように複雑な布の巻き付け方で作られたすれたカラシ色の半端丈のズボンにビーチサンダルという、謎な格好をした男の人が立っていた。すきっ歯が煙草のヤニで茶色くなっている。

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【長編小説】音楽の花嫁 4/19

【長編小説】音楽の花嫁 4/19

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ライヴハウスは家から近いので、一度家に帰って着替えてから行くことにした。玄関を開けた途端に蒸れた空気が顔に飛び込んで来て、ああ、この家にはいつもより多く人間がいるな、と分かった。母と、多分兄だ。
「おかえりー、ご飯出来てるよー、お兄ちゃんもいるよー」
 合唱でも始めるのかと言うくらい朗らかな母の声と、炊き立てのごはんの匂いが玄関まで届いた。けれど困った。
「え、今日遅くなるって言っ

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【長編小説】音楽の花嫁 2/19

【長編小説】音楽の花嫁 2/19

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小学四年生の時、夏休みの宿題で「おじいさん、おばあさんに戦争についての話を聞きましょう」というものが出た。私はその年の夏、なぜかずっとタブーになっていた、「おじいさんに戦争体験を聞く」ということをした。つまり、おじいさんは戦争が好きだと思っていたから、おじいさんが悪い人だと知ってしまうのが怖かったんだと思う。けれど、宿題という大義名分があれば、意外とすんなりと話に入れた。
 宿題

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【長編小説】音楽の花嫁 1/19

【長編小説】音楽の花嫁 1/19

「この世界では音楽によって戦争を行っている。我が軍はオーケストラ。熟練した技巧を身に付けた団員が紡ぎ出す天国のような音楽は、本当に人間を天国へさらっていくのだー―」

戦場以外で音楽を禁じられた世界。男が楽器を携え、女が楽器として身を供する戦場において、唯一「歌姫」として参戦を許された少女が、フィナーレでもたらす圧倒的フォルティッシモ。2012年第49回文藝賞2次予選通過作品。

「長めの小説も

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