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26.不快な優しさについて。
「失礼します」
「はい、こんにちはー」
ジョングクの後について診察室に入る。中からは女性の声が聞こえて少し驚いた。男の先生だと思い込んでいたから。
総合病院とは違って、スローでこじんまりとしたクリニック。待合室のざわつきやステンレスワゴンが行き交う音も、ここではまったく聞こえない。音も視界も、刺激が少ないことで少し安心した。でも。
「今日はどうしました?」
その問いに完全に固まる。
25.それが必要な理由を。
彼女に会いに通った病院。
面会受付、エレベーター、屋上庭園への階段。もう全部が懐かしい。
今の先生が悪いというわけじゃない。彼女がちゃんと話そうとしなかったことも十分にあると思う。それを考えれば、病院を変えたところで一緒かもしれない。
でも、誰にでも相性があるように、先生と患者にも相性があるはずだ。なんとなくだけど、あの先生は彼女に合っていないような気がして。威厳ありまくりの先生の前じ
24.当たり前のことみたいに。
病院は、朝から活気が溢れている。
世間より時間の軸が、少し前倒しで動いている感じ。
廊下を抜けて病室に入る。
寝不足の目には眩しすぎる白い光を目の前に、カーテンを揺らした。
「おはよう」
声をかけて中に入るけれど、返事はなかった。彼女は目を閉じ、いつもみたいに静かに眠っていたから。
いつものクセで、首に指を当てて、彼女の頚動脈を感じる。生きているとわかると安心するから。
そ
番外編1. その子のこと、好きなの?
「久しぶり」
「この前はごめん。俺が悪かった」
会うなり、彼は謝った。その表情を見つめながら、端正な顔立ちはどんな状況でも変わらなくてずるいなぁと思う。
定時過ぎにやってきた、職場の近くのスターバックス。私を待っていたジョングクはいつも通り、私のために扉を開けてくれた。
***
ごはんの約束をすると、ジョングクは大抵いつも先に来ていて、私の好きそうなメニューを頼んでいてくれる。
22.また始めるために。
どれくらい時間がかかったのかわからない。何からどう話せばよかったのかも。
俺は、彼女に起きたこと、俺の関わり方を最初から全て話した。再会したあの瞬間から、今日起きたことまで、全部。
ユンギヒョンは時々「それはこういうことか?」と確認を挟みながら、手元の紙にメモを残していった。
「俺は何度も“なんで”って思ってきたんです。なんでちゃんと薬飲まないの? なんでちゃんとごはん食べないの? な
21.何の保証もなくても。
「どうした、いきなり電話かけてきたかと思ったら、死にそうな声で」
「お願いです、助けてほしいです......」
俺の様子にただごとではないと思ったのか、少しの沈黙を挟む。
そして、相変わらず無愛想で低い声で言った。
「今から1時間半後に最後のセッションが終わるから、俺の事務所に来れるか?」
「はい......」
「落ち着いて、安全第一で来いよ」
「ありがとうございます...... ユンギヒ
20.見上げるだけの光。
「ごめん、見るつもりはなかったんだ...... 封してないって知らなくて」
「気にしなくていいよ。これ、どっちにしろジョングクくんに渡そうと思って持ってきたから」
「俺に?」
「生活費とか、立て替えてもらってる分。これで足りるかわからないけど......」
それは突拍子もない話だった。
家賃は今まで通りだし、彼女はまともに食べないから食費といっても大したことないし、あとは生活雑貨的なものだ
19.不可解な茶封筒。
「病室はラブラブするところじゃありませんよー」
そんな突拍子もない声で目が覚めた。
すいません、と何度か言いながら急いでベッドから降りる。足元には母親よりも年上に見える、威厳ある看護師さんが立っていた。
(てか、“ラブラブ”って久々に聞いたわ......笑)
見ると、彼女の顔色はだいぶ良くなっていて安心した。まだぐったりしているから、しっかり休まないといけないのは変わりないけれど。
18.半減期と初めての添い寝。
「こんなことしたら、もう薬、処方できないよ?」
「はい、申し訳ありません......」
こんな形で、初めて彼女の主治医に会うとは思わなかった。
主治医の言葉は高圧的にも感じたけれど、正論であると同時に、これはそれほどに重いことなのだと知っている。
用法・用量を守らずに服薬するということ──何かが違えば命を落としかねない行為。俺もそれがわかっていたから、何も言えなかった。
「しかも、診
17.夏と、君の冷たい指先。
コンビニで買った野菜ジュースと、季節限定のスイーツ。おいしいもので、できるだけカロリーを摂らせる作戦。何度も失敗してるけど。
ぶら下げたレジ袋を見る。
俺の気持ちは、朝の空気に似つかわしくないほど沈んでいた。
「売り、かぁ......」
思わず口に出し、回りを見渡す。幸いなことに誰もいなかった。
彼女がもし幸せな家庭で健やかに育っていたなら、あんなふうにはならなかったんじゃないか
16.根も葉もないうわさ。
初診の日から、10日くらいが過ぎた。
24時間勤務明け、帰宅した俺は、ベッドから一番離れた窓のカーテンをゆっくりと開けた。うずくまって眠る彼女の邪魔にならないように。
ずっとこんな感じだ。
俺がいるときはなんとかごはんを食べさせるけど、仕事のときはたぶん、ベッドで一日中眠っている。ごはんはおろか、まともに水分もとらずに。
冷蔵庫に入れていると絶対に飲まないから、枕元に置いておいた
15.たったこれだけ?
「うわ、今日も暑そうだなー」
夏の名残を十分に含んだ白い光。そろそろ真上から降り注ぐ時間帯。
一度玄関の扉を開けてから、いったん部屋に戻る。
「これ、かぶっときな」
玄関先でたたずむ彼女に、俺が普段使っているキャップをかぶせる。スポッと目まで覆ってしまって、一度手元に戻す。
「頭ちっちゃいなー。調整でどうにかなるかな」
アジャスターを一番小さいところで止めて、もう一度彼女にかぶ
14.冷蔵庫の1万円。
カーテンを閉めたまま、朝の準備を進める。いつもだったらテレビをつけたり、ポッドキャストを聞きながら支度するけれど、彼女の貴重な睡眠を妨げないように、できるだけ静かに。
昨日の夜も、彼女は過呼吸で目を覚ました。たぶん3時くらいだったと思う。
何かに酷く怯えたような彼女。見ると心が痛んで、切なくなった。落ち着いてからも泣き続けて、ひたすら謝る姿は、俺まで途方もない気持ちにさせた。
それで
13.責任感と不安の狭間で。
ベッドの端っこのほうでうずくまっている彼女は、買い出しに出る前と同じ体勢。普通は寝息に合わせて体が動いたりするものなのに、彼女の眠っている姿は、まるで死んだように静かで、俺は少し怖くて、寂しくなった。
そんな気持ちを振り切って、冷蔵庫に向かう。いつも買う食材に加えて、ゼリー飲料やプリン。続けて、乾物の麺類や、インスタントの雑炊やおかゆを棚に入れる。食欲がなくても、何か少し食べなきゃいけないと
12.息を吐くということ。
物音で目が覚めた。
仕事柄、意識がはっきりするまではすぐだった。認識したのは、その物音が激しい呼吸音だということ。
気づいた瞬間にベッドに上がり、彼女の名前を呼ぶ。壁に手をついて、苦しそうに肩で息をするその体は、今にも倒れそうだった。
「こっち見て」
二の腕あたりをつかんでこっちを向かせる。頬には涙の跡が何筋もあり、目には今にも溢れてしまいそうなほど、次の涙が溜まっていた。
過