天城らさ

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  • 救助隊員ジョングク

    優秀な救助隊員ジョングクは、ある現場で高校時代の同級生と再会する。正義感なのか、使命感なのか、それとも別の何かなのか──彼女の命を繋ぎ止めながら、生きること、救うこと、病や心のことについて考えを深めていく。

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  • ナムジュンのおはなし。

    ナムジュンが主人公の、単発のショートストーリーたち。

  • グク社長

  • OVER THE DAYDREAM(完)

記事一覧

26.不快な優しさについて。

「失礼します」 「はい、こんにちはー」  ジョングクの後について診察室に入る。中からは女性の声が聞こえて少し驚いた。男の先生だと思い込んでいたから。  総合病院…

天城らさ
2年前
53

25.それが必要な理由を。

 彼女に会いに通った病院。  面会受付、エレベーター、屋上庭園への階段。もう全部が懐かしい。  今の先生が悪いというわけじゃない。彼女がちゃんと話そうとしなかっ…

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2年前
47

24.当たり前のことみたいに。

 病院は、朝から活気が溢れている。  世間より時間の軸が、少し前倒しで動いている感じ。  廊下を抜けて病室に入る。  寝不足の目には眩しすぎる白い光を目の前に、カ…

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3年前
63

番外編1. その子のこと、好きなの?

「久しぶり」 「この前はごめん。俺が悪かった」  会うなり、彼は謝った。その表情を見つめながら、端正な顔立ちはどんな状況でも変わらなくてずるいなぁと思う。   …

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3年前
48

23.遠くの君へ。

 チャリを漕いで、いっそう涼しくなった秋風に包まれる。一気に情報を突っ込んでヒートした頭が、少しクールダウンする。 「1ヵ月半か......」  夜空に呟く。  彼女…

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3年前
44

22.また始めるために。

 どれくらい時間がかかったのかわからない。何からどう話せばよかったのかも。  俺は、彼女に起きたこと、俺の関わり方を最初から全て話した。再会したあの瞬間から、今…

天城らさ
3年前
44

21.何の保証もなくても。

「どうした、いきなり電話かけてきたかと思ったら、死にそうな声で」 「お願いです、助けてほしいです......」  俺の様子にただごとではないと思ったのか、少しの沈黙を…

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3年前
61

20.見上げるだけの光。

「ごめん、見るつもりはなかったんだ...... 封してないって知らなくて」 「気にしなくていいよ。これ、どっちにしろジョングクくんに渡そうと思って持ってきたから」 「俺…

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3年前
49

19.不可解な茶封筒。

「病室はラブラブするところじゃありませんよー」  そんな突拍子もない声で目が覚めた。  すいません、と何度か言いながら急いでベッドから降りる。足元には母親よりも…

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3年前
60

18.半減期と初めての添い寝。

「こんなことしたら、もう薬、処方できないよ?」 「はい、申し訳ありません......」  こんな形で、初めて彼女の主治医に会うとは思わなかった。  主治医の言葉は高圧…

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3年前
64

17.夏と、君の冷たい指先。

 コンビニで買った野菜ジュースと、季節限定のスイーツ。おいしいもので、できるだけカロリーを摂らせる作戦。何度も失敗してるけど。  ぶら下げたレジ袋を見る。  俺…

100
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3年前
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16.根も葉もないうわさ。

 初診の日から、10日くらいが過ぎた。  24時間勤務明け、帰宅した俺は、ベッドから一番離れた窓のカーテンをゆっくりと開けた。うずくまって眠る彼女の邪魔にならないよ…

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3年前
50

15.たったこれだけ?

「うわ、今日も暑そうだなー」  夏の名残を十分に含んだ白い光。そろそろ真上から降り注ぐ時間帯。  一度玄関の扉を開けてから、いったん部屋に戻る。 「これ、かぶっ…

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3年前
40

14.冷蔵庫の1万円。

 カーテンを閉めたまま、朝の準備を進める。いつもだったらテレビをつけたり、ポッドキャストを聞きながら支度するけれど、彼女の貴重な睡眠を妨げないように、できるだけ…

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3年前
43

13.責任感と不安の狭間で。

 ベッドの端っこのほうでうずくまっている彼女は、買い出しに出る前と同じ体勢。普通は寝息に合わせて体が動いたりするものなのに、彼女の眠っている姿は、まるで死んだよ…

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3年前
53

12.息を吐くということ。

 物音で目が覚めた。  仕事柄、意識がはっきりするまではすぐだった。認識したのは、その物音が激しい呼吸音だということ。  気づいた瞬間にベッドに上がり、彼女の名…

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3年前
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26.不快な優しさについて。

26.不快な優しさについて。

「失礼します」
「はい、こんにちはー」

 ジョングクの後について診察室に入る。中からは女性の声が聞こえて少し驚いた。男の先生だと思い込んでいたから。

 総合病院とは違って、スローでこじんまりとしたクリニック。待合室のざわつきやステンレスワゴンが行き交う音も、ここではまったく聞こえない。音も視界も、刺激が少ないことで少し安心した。でも。

「今日はどうしました?」

 その問いに完全に固まる。

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25.それが必要な理由を。

25.それが必要な理由を。

 彼女に会いに通った病院。
 面会受付、エレベーター、屋上庭園への階段。もう全部が懐かしい。

 今の先生が悪いというわけじゃない。彼女がちゃんと話そうとしなかったことも十分にあると思う。それを考えれば、病院を変えたところで一緒かもしれない。

 でも、誰にでも相性があるように、先生と患者にも相性があるはずだ。なんとなくだけど、あの先生は彼女に合っていないような気がして。威厳ありまくりの先生の前じ

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24.当たり前のことみたいに。

24.当たり前のことみたいに。

 病院は、朝から活気が溢れている。
 世間より時間の軸が、少し前倒しで動いている感じ。

 廊下を抜けて病室に入る。
 寝不足の目には眩しすぎる白い光を目の前に、カーテンを揺らした。

「おはよう」

 声をかけて中に入るけれど、返事はなかった。彼女は目を閉じ、いつもみたいに静かに眠っていたから。

 いつものクセで、首に指を当てて、彼女の頚動脈を感じる。生きているとわかると安心するから。

 そ

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番外編1. その子のこと、好きなの?

番外編1. その子のこと、好きなの?

「久しぶり」
「この前はごめん。俺が悪かった」

 会うなり、彼は謝った。その表情を見つめながら、端正な顔立ちはどんな状況でも変わらなくてずるいなぁと思う。 

 定時過ぎにやってきた、職場の近くのスターバックス。私を待っていたジョングクはいつも通り、私のために扉を開けてくれた。

***

 ごはんの約束をすると、ジョングクは大抵いつも先に来ていて、私の好きそうなメニューを頼んでいてくれる。

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23.遠くの君へ。

23.遠くの君へ。

 チャリを漕いで、いっそう涼しくなった秋風に包まれる。一気に情報を突っ込んでヒートした頭が、少しクールダウンする。

「1ヵ月半か......」

 夜空に呟く。

 彼女が今彷徨っている“急性期”の治療期間は、だいたいそのくらいだとユンギヒョンは言った。もちろん、深刻な状態であればもっと長くかかる場合もある。それでも「まずは1ヵ月半だ」と言われて、気が引き締まる思いだった。

 もうダメかもしれ

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22.また始めるために。

22.また始めるために。

 どれくらい時間がかかったのかわからない。何からどう話せばよかったのかも。

 俺は、彼女に起きたこと、俺の関わり方を最初から全て話した。再会したあの瞬間から、今日起きたことまで、全部。

 ユンギヒョンは時々「それはこういうことか?」と確認を挟みながら、手元の紙にメモを残していった。

「俺は何度も“なんで”って思ってきたんです。なんでちゃんと薬飲まないの? なんでちゃんとごはん食べないの? な

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21.何の保証もなくても。

21.何の保証もなくても。

「どうした、いきなり電話かけてきたかと思ったら、死にそうな声で」
「お願いです、助けてほしいです......」

 俺の様子にただごとではないと思ったのか、少しの沈黙を挟む。
 そして、相変わらず無愛想で低い声で言った。

「今から1時間半後に最後のセッションが終わるから、俺の事務所に来れるか?」
「はい......」
「落ち着いて、安全第一で来いよ」
「ありがとうございます...... ユンギヒ

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20.見上げるだけの光。

20.見上げるだけの光。

「ごめん、見るつもりはなかったんだ...... 封してないって知らなくて」
「気にしなくていいよ。これ、どっちにしろジョングクくんに渡そうと思って持ってきたから」
「俺に?」
「生活費とか、立て替えてもらってる分。これで足りるかわからないけど......」

 それは突拍子もない話だった。

 家賃は今まで通りだし、彼女はまともに食べないから食費といっても大したことないし、あとは生活雑貨的なものだ

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19.不可解な茶封筒。

19.不可解な茶封筒。

「病室はラブラブするところじゃありませんよー」

 そんな突拍子もない声で目が覚めた。
 すいません、と何度か言いながら急いでベッドから降りる。足元には母親よりも年上に見える、威厳ある看護師さんが立っていた。

(てか、“ラブラブ”って久々に聞いたわ......笑)

 見ると、彼女の顔色はだいぶ良くなっていて安心した。まだぐったりしているから、しっかり休まないといけないのは変わりないけれど。

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18.半減期と初めての添い寝。

18.半減期と初めての添い寝。

「こんなことしたら、もう薬、処方できないよ?」
「はい、申し訳ありません......」

 こんな形で、初めて彼女の主治医に会うとは思わなかった。

 主治医の言葉は高圧的にも感じたけれど、正論であると同時に、これはそれほどに重いことなのだと知っている。

 用法・用量を守らずに服薬するということ──何かが違えば命を落としかねない行為。俺もそれがわかっていたから、何も言えなかった。

「しかも、診

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17.夏と、君の冷たい指先。

17.夏と、君の冷たい指先。

 コンビニで買った野菜ジュースと、季節限定のスイーツ。おいしいもので、できるだけカロリーを摂らせる作戦。何度も失敗してるけど。

 ぶら下げたレジ袋を見る。
 俺の気持ちは、朝の空気に似つかわしくないほど沈んでいた。

「売り、かぁ......」

 思わず口に出し、回りを見渡す。幸いなことに誰もいなかった。

 彼女がもし幸せな家庭で健やかに育っていたなら、あんなふうにはならなかったんじゃないか

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16.根も葉もないうわさ。

16.根も葉もないうわさ。

 初診の日から、10日くらいが過ぎた。

 24時間勤務明け、帰宅した俺は、ベッドから一番離れた窓のカーテンをゆっくりと開けた。うずくまって眠る彼女の邪魔にならないように。

 ずっとこんな感じだ。

 俺がいるときはなんとかごはんを食べさせるけど、仕事のときはたぶん、ベッドで一日中眠っている。ごはんはおろか、まともに水分もとらずに。

 冷蔵庫に入れていると絶対に飲まないから、枕元に置いておいた

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15.たったこれだけ?

15.たったこれだけ?

「うわ、今日も暑そうだなー」

 夏の名残を十分に含んだ白い光。そろそろ真上から降り注ぐ時間帯。

 一度玄関の扉を開けてから、いったん部屋に戻る。

「これ、かぶっときな」

 玄関先でたたずむ彼女に、俺が普段使っているキャップをかぶせる。スポッと目まで覆ってしまって、一度手元に戻す。

「頭ちっちゃいなー。調整でどうにかなるかな」

 アジャスターを一番小さいところで止めて、もう一度彼女にかぶ

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14.冷蔵庫の1万円。

14.冷蔵庫の1万円。

 カーテンを閉めたまま、朝の準備を進める。いつもだったらテレビをつけたり、ポッドキャストを聞きながら支度するけれど、彼女の貴重な睡眠を妨げないように、できるだけ静かに。

 昨日の夜も、彼女は過呼吸で目を覚ました。たぶん3時くらいだったと思う。

 何かに酷く怯えたような彼女。見ると心が痛んで、切なくなった。落ち着いてからも泣き続けて、ひたすら謝る姿は、俺まで途方もない気持ちにさせた。

 それで

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13.責任感と不安の狭間で。

13.責任感と不安の狭間で。

 ベッドの端っこのほうでうずくまっている彼女は、買い出しに出る前と同じ体勢。普通は寝息に合わせて体が動いたりするものなのに、彼女の眠っている姿は、まるで死んだように静かで、俺は少し怖くて、寂しくなった。

 そんな気持ちを振り切って、冷蔵庫に向かう。いつも買う食材に加えて、ゼリー飲料やプリン。続けて、乾物の麺類や、インスタントの雑炊やおかゆを棚に入れる。食欲がなくても、何か少し食べなきゃいけないと

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12.息を吐くということ。

12.息を吐くということ。

 物音で目が覚めた。

 仕事柄、意識がはっきりするまではすぐだった。認識したのは、その物音が激しい呼吸音だということ。

 気づいた瞬間にベッドに上がり、彼女の名前を呼ぶ。壁に手をついて、苦しそうに肩で息をするその体は、今にも倒れそうだった。

「こっち見て」

 二の腕あたりをつかんでこっちを向かせる。頬には涙の跡が何筋もあり、目には今にも溢れてしまいそうなほど、次の涙が溜まっていた。

 過

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