番外編1. その子のこと、好きなの?
「久しぶり」
「この前はごめん。俺が悪かった」
会うなり、彼は謝った。その表情を見つめながら、端正な顔立ちはどんな状況でも変わらなくてずるいなぁと思う。
定時過ぎにやってきた、職場の近くのスターバックス。私を待っていたジョングクはいつも通り、私のために扉を開けてくれた。
***
ごはんの約束をすると、ジョングクは大抵いつも先に来ていて、私の好きそうなメニューを頼んでいてくれる。
それがいつも間違いなく私の好きなものだから、私は安易にますます彼を好きになるのだった。だってそれは、それだけの観察力、リードできる頼もしさ、献身性を証明してくれるから。
それに加えて、たくましい肉体、端正な顔立ち、爽やかな出立ち、救助隊員という肩書き。不満なものは1つもなかった──なのにどうして私たちは別れたんだっけ?
別れた理由も思い出せなくなったころ、私たちは再び会い始めた。なんとなく、彼も同じような心持ちだったのだと思う。
それでも、お互い同じように少し様子見して。何度かごはんに行って、その頻度を上げて、抱き寄せられて──私たちは近いうちにヨリを戻すんだろうと思っていた。
何かが違っているとようやく気づいたのは、ジョングクが私との夕食の約束をすっぽかしたとき。私の好きなメニューを頼んで待っておいてくれるどころか、約束の時間、約束の場所に現れなかったのは、後にも先にもこれが初めてだったから。
大事な話があるって言ったのに、そんな時に限って。
***
何も言わなくても、ショートサイズのソイラテを買ってくれるジョングク。それも今日はなんだか癪に障る。
「座る? 歩く?」
「歩く」
「うん、わかった」
カップを持って店を出てしばらく歩いて、少し喧騒から離れたところで、ジョングクはもう一度謝った。
「本当にごめん。ごはんの約束、忘れて」
「あの子、退院したの?」
「うん。いろいろありがとう。あの子もお礼言っておいてってーー」
「もう会ってないよね?」
ジョングクは口を噤んだ。
だったらいっそのこと「会ってる」って言えばいいのに。
ジョングクにその子のことを聞いたのは初夏ごろ。救助現場に行ったら知り合いがいたと聞いて、そのときはそれが女性だったと知っても、特になんとも思わなかった。彼女のことが気がかりそうなジョングクに、お見舞いに行くならこれを持っていってと、いろいろ持たせたりもした。
今思えば、そんなことするべきじゃなかったな。
「なんでその子にそこまでするの?」
「......わからない」
「でも私よりその子を優先させたんだよ」
「優先させたんじゃない。その日いろいろトラブルがあって」
「それ、言い訳だよ」
「そうだな...... ごめん」
でも、本当はわかっていた。彼が話していることは真実だということ。すっぽかしたわけじゃなくて、それなりの重大な何かがあったこと。理解を示すこともできたけど、そうしなかったのは、ただそうしたくなかったから。
「今日、もうひとつ謝ることがある」
ジョングクの神妙な声。
彼が今日ごはんに行こうとは言わなかった時点でわかっていたこと。いや、あの日すぐに私のところに飛んできて、謝らなかった時点でわかっていたこと。
「元の関係には戻れない...... ごめん」
神様がいるなら、このタイミングに一体どういう意味があるのか、教えてほしい。私たちはうまくいくと思っていたのに、うまくいくはずだったのに、「ヨリを戻そう」と話すと決めたその日に何かが起きて、彼がこうして違う道を歩んでいるだなんて。
「ジョングクは、その子のこと好きなの?」
「いや...... 好きとか、そういうんじゃ......」
曖昧で、歯切れが悪いジョングクは珍しかった。彼は本当に自分がなぜそうしているのかわからないようで、でも。
「俺、生きててほしいんだ、その子に......」
切実に話すジョングクに、一瞬言葉を奪われてしまった。それが悔しかった。
「じゃあ、その子が元気になったらもう1回考えて」
「いや、それは──」
私はジョングクの返事を待たなかった。
何をもってして、私よりその子がいいの? 可哀想なだけで、弱いだけで、そんな卑怯な手でジョングクを引き止めるの?
彼ともう二度と会えなくなるのが、今の私には耐えられなかった。思い描いた未来にはもう彼がいるから、そんなの、上書きできるはずがなかった。
ピリオドなんて打たせない。
そうして私は、彼のLINEにもずっと返事をしなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?