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読書記録

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#夏の読書感想文

絵画のような美しい人生ーSTONER(ジョン・ウィリアムズ)

絵画のような美しい人生ーSTONER(ジョン・ウィリアムズ)

例えば私の人生が波のようなものだとしたら、寄せては返すその波に抗って生きていきたいと思う。

ウィリアム・ストーナー。
彼は、波と歩調を合わせるように、波と共に生きてきた男と言えるだろう。
決して折れることはないが、それゆえに自分自身の置き場所を宿命的に変えられない、そんな印象を受けた。

多くの人がそうであるように、彼は自らの人生に期待をした。ただ、期待をし、望んだ分だけの責任については、負わな

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手を伸ばすあの日の記憶ーいつか記憶からこぼれおちるとしても(江國香織)

手を伸ばすあの日の記憶ーいつか記憶からこぼれおちるとしても(江國香織)

江國香織の短編集。
10人の女子高生たちの物語。
本当にいつか、記憶の彼方に消えていき、必死に掴もうとしてもこぼれおちていくような密やかな記憶。

中高女子校だった私には、この子達のものの見え方がよくわかってしまった。
でも、当時17歳の私が、30歳の女性に『わかるよ』なんて言われても、なんて薄っぺらい共感なんだろうときっと思ったはずだ。うん、絶対。


緑の猫
テイスト オブ パラダイス
飴玉

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生きることへの苦しみ、自我の置き場所ーアンダーグラウンド(村上春樹)

生きることへの苦しみ、自我の置き場所ーアンダーグラウンド(村上春樹)

私は想像する。
今日は朝ごはんを7時半に食べた。
10分から15分遅れることもあるけれど、大体毎日それくらいだ。
息子を起こしてトイレに連れて行き、洗濯物は2日に一度。息子が駄々をこねて食べてくれない日もあるが、なんとか上手くやれている。
我が家の、朝の風景だ。
その後、息子と一緒に電車に乗る。
すると、突然変な匂いがする。
周囲の人は、咳き込み出す。
息子が泣き出す。鼻水が止まらず、目から涙が止

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もう二度と戻らない自由意思についてー 一九八四年(ジョージ・オーウェル)

もう二度と戻らない自由意思についてー 一九八四年(ジョージ・オーウェル)

突然だが、あなたは今正常な世界に住んでいると思っているだろうか。
もちろん、このコロナウイルスの蔓延により、そんな風には到底思えないという気持ちになっている人もいるだろう。
不安が多く、自分で決断できていたことが出来なくなった人も少なくないと思う。

しかし今は、基本的には自由意思のもとに世界は成り立っている。
自分が何を信じるかも、何を思うかも、何をするかも、基本的には自由があるはずだ。
でも本

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もう戻らないものについての孤独ーレキシントンの幽霊(村上春樹)

もう戻らないものについての孤独ーレキシントンの幽霊(村上春樹)

喪失の物語。
失うことと、失い"つつ"あること。
あまり婉曲的ではなくストレートに心へ届く短編集。

⬛︎レキシントンの幽霊
そこはかとなく漂う死の香り、寂しさや孤独はない。ぷかぷかと闇に浮かぶような感覚になる話だった。人は深い眠りの中で亡くなった人の記憶を辿る。自分はこちら側で、あの人はあちら側なのだと理解するのかもしれない。

⬛︎緑色の獣
妖艶で淫靡な生き物を想像させた。
求愛した獣は女の欲

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正しいという息苦しさと共に生きるー断片的なものの社会学(岸政彦)

正しいという息苦しさと共に生きるー断片的なものの社会学(岸政彦)

本人の意思を尊重するという搾取、本人を心配する、というかたちでの押し付けがましい介入。社会は良くないものを含んで成り立ってしまう。
ラベルを貼られる側の立場に負荷がかかりすぎている。その土地、その性別、生まれ、その環境を選んだあなたの責任。この世界に出口はないのか?

本書には犬のエピソードが出てくる。気付いたら泣いてしまっていた。
著者が可愛がっていた犬が、彼の外出中に死んでしまった。それを他の

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残された者たちが背負う痛みー少女たちがみつめた長崎(渡辺考)

残された者たちが背負う痛みー少女たちがみつめた長崎(渡辺考)

長崎の女子高生達が、戦争当時に学生だった被曝経験者にインタビューをした記録をまとめた本書。

長崎で原爆が落とされる4ヶ月前の、女学生の日記。
『近頃はすぐなんでもおかしくなる。どうしてだろうか。ちょっと何かあるとおかしくなる。これは心のどこかにゆるみがあるからであろう。』

投下当日の日記。
『私は血まみれの顔をさはつてみるとぬるぬるとした血の中にたくさんの傷口があいている。私はもう目の前が真っ

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螢・納屋を焼く・その他の短編(村上春樹)

螢・納屋を焼く・その他の短編(村上春樹)

⬛︎螢
喉の奥の異物感が取れなくて自律神経が乱れて眩暈がするような感覚。静かな予感とか透明な無力感とか、そういう言葉が当てはまる。
人がいなくなったり死んでしまったりするのは一瞬なのに、どうしてずっと苦しいのだろう。
どこか、漱石の三四郎やこころを思わせる息苦しさ。

⬛︎納屋を焼く
世の中のありとあらゆる角度から見て賞賛されるタイプの人間の中に潜む、モラルインモラルの関係性。納屋を焼く、はメタフ

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夢は現実よりも鮮明に残酷に現実的だーTVピープル(村上春樹)

夢は現実よりも鮮明に残酷に現実的だーTVピープル(村上春樹)

ここで短編集を挟んだ。
読みやすく、一気に読めた。

⬛︎TVピープル
自分が見えてる現実が、もしかしたら"現実"ではないのかもよ。TVピープル達は突然部屋に入ってきて、謎のTVを置いていった。
彼らは飛行機を作っている。でもそれは飛行機ではない。
どう足掻いたって飛行機に見えないものも、色を変えたり1日経てば飛行機に見えるんだ。
そうなのだろうか?
もしそうなのだとしたら、私たちは多くの現実を自

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悪しき物語を断ち切る覚悟はあるかー姑獲鳥の夏(京極夏彦)

悪しき物語を断ち切る覚悟はあるかー姑獲鳥の夏(京極夏彦)

京極堂シリーズ第一弾。

ホラー小説、オカルト小説というよりは、人間の心と脳、そして身体の話だった。
ある一族の悲劇を目の当たりにし、悪しき因習を断ち切る覚悟はあるか?と問われる。
そして、言葉の力を改めて感じさせた。
言葉の力は偉大だ。
祝いにもなれば呪いにもなる。
京極堂が紡ぐ言葉には惹きつけられるものがあった。

人間が作り出す集合体無意識では、同調性の中に異質があることを敏感に察知する。

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みみずくは黄昏に飛びたつー川上未映子(訊く)・村上春樹(語る)

みみずくは黄昏に飛びたつー川上未映子(訊く)・村上春樹(語る)

このお二方の紡ぐ言葉は、わたしの日常を彩ってくれて、思い悩んだ時にもやを晴らしてくれる時もあれば、立ち止まることも必要だよと言ってくれる。

彼は終始、覚えてないなぁ。と言っていて笑った。
人柄が出る面白い対談だった。
特に好きなのは、フェミニスト川上未映子として切り込むような質問をしている箇所。
そして彼女が村上作品を『わたしたちが現実だと信じているものにゆさぶりをかけるものとして存在している』

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限界を超えた先にあるものーねじまき鳥クロニクル(村上春樹)

限界を超えた先にあるものーねじまき鳥クロニクル(村上春樹)

読み終えて、しばらくはこちらの世界に帰ってくることができなかった。
読んでいた時、息子が熱を出してしまったり、家の中が少しゴタついていてわたし自身が疲れていて、極限状態だったことも影響しているかもしれない。
まるで泥の中を這いつくばって歩いているように感じた。出口が見えず光も見えない、ただそこにあるのは自分以外の人間が作っている外の世界が何故かわたしの人生を作っているという絶望だった。

ねじまき

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鬼とはなにか?京都人が作った鬼

鬼とはなにか?京都人が作った鬼

鬼とは何か?という本を読んだ。

日本三代怨霊の平将門の話から始まる本書。
京極夏彦の『鬼棲』という作品を読み、鬼に興味がわき手に取ってみた。
面白い本だった。
民俗学、主に土着信仰とか御霊信仰について、後は能にも触れたりする。
例えば般若。女が怨霊になってツノが生える、鬼になるっていうあれ。
あれは世阿弥が勝手に作った話で…
男は女に対して得体の知れない恐怖を抱いていたと。今も昔もそれは変わらな

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傷つくべき時に傷つけない弱さを抱え込んでー女のいない男たち(村上春樹)

傷つくべき時に傷つけない弱さを抱え込んでー女のいない男たち(村上春樹)

『ウィスキーを飲みながら今日あったことを回想して瞑想するってね、昔の男性には多かったと思うけど。』

先日、毎月通院している東洋医学系の診療所の先生に、瞑想をおすすめされた。
日々の小さな出来事を自分なりに捉え直し、消化していくことが身体に良いらしい。
その時に言われた言葉だ。
昔だけなのか、今もなのか。男性だけでなく女性にも言えることなのか。わたしには一般論はよくわからない。
だが、少なくともわ

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