手を伸ばすあの日の記憶ーいつか記憶からこぼれおちるとしても(江國香織)
江國香織の短編集。
10人の女子高生たちの物語。
本当にいつか、記憶の彼方に消えていき、必死に掴もうとしてもこぼれおちていくような密やかな記憶。
中高女子校だった私には、この子達のものの見え方がよくわかってしまった。
でも、当時17歳の私が、30歳の女性に『わかるよ』なんて言われても、なんて薄っぺらい共感なんだろうときっと思ったはずだ。うん、絶対。
指
緑の猫
テイスト オブ パラダイス
飴玉
雨、きゅうり、緑茶
櫛とサインペン
全ての短編が同じ世界観で繋がっている。
主人公同士が友達で、同じ時間を過ごしている。
私が泣いてしまったのは、【テイスト オブ パラダイス】。
特に泣かせる描写などない。そこにあるのは娘と母のただの日常だ。
ママと一緒に飲んだコーヒー、授業をサボって出かけた買い物、ランチ、ボーイフレンドの話ーーー
すべて他愛のない、小さな出来事で、当たり前のような会話のひとつひとつから情緒が出来上がってゆく17歳のあの頃。
17歳の柚の言葉がひとつひとつ突き刺さる。
"あたしたちにとって、ママというのはお金と安心を両方持った親友なのだ"
"ママはお金をつかうのが大好きだ。金をつかうのは、ママの復讐なのだと思う。幸せじゃないから。"
"ママが泣くところを、一度だけみたことがある。犬のフラニーが死んだときだ。"
"ママを幸せにできたのはフラニーとあたしだけだって。ママをかなしくできるのも、だからフラニーとあたしだけだなって。"
"技術を持っていれば、男の人に頼らなくても生きていかれる。"
"もしなにかをわかるのに子供すぎるのなら、いつかわかるときがくる。
でもなにかをわかるのに年をとりすぎているのだったら、その人はもう、永遠にそれがわからないのだ。それはとてもかなしいことだ。とてもとてもかなしい。"
記憶がこぼれおちた先は決して自分の外の世界ではない。
小さな小さな情緒の営みは、"記憶"としてではなく血肉となって染み渡って、少女達に溶け込み、同化し、自分自身となるのだ。
手を伸ばせば触れられそうに感じた物語達と邂逅し、そう思った。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?