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日本史の歴史考察

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#卑弥呼

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その20 日本の創世記 まとめ

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その20 日本の創世記 まとめ

 ここでは、日本での人類の歴史の始まりについて、現在の一般的な解釈に合わせて、これまで考察した内容を振り返りつつ、簡単にまとめてみたいと思います。

□日本での人類の歴史の始まり 日本列島には、少なくとも約3万8千年前頃には人類が暮らし始めていたようです。まだ旧石器時代と呼ばれる時代で、今から約1万6千年ほど前までの時代です。この時代の遺跡としては、熊本県の石の本遺跡、長野県の貫ノ木遺跡、群馬県の

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その18 中国の正史と日本神話での倭国

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その18 中国の正史と日本神話での倭国

 今回の記載内容については、既に知ってる人にとっては常識の範疇なのですが、初めて目にした人にはかなり驚きの内容だと思います。神武東征について考えてみたいと思います。

□実は中国の正史には倭国の天皇の発祥は九州と書かれている 『新唐書(1060年完成)』には、以下の記載がある。

 まず、王の姓が阿毎(あめ)と書かれている。初代の名前もあり、尊(みこと)が称号だ。尊は、言わずと知れた、その後の天皇

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その17 倭国と邪馬台国の所在地

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その17 倭国と邪馬台国の所在地

 ここまで読み解いてきた邪馬台国(邪馬壱国)に関する考察結果をおさらいして、邪馬台国の場所について見解を述べたいと思います。

□判明している倭国の場所 まず『魏志倭人伝』に書かれている帯方郡(朝鮮半島にあった魏の拠点)から韓国を通って倭国へ至る過程で登場する対馬国、一大国(一支国)、末盧国、伊都国、奴国までの最初の5ヶ国は、九州北部にある。次の不弥国も、候補地の違いはあるが、九州北部にある国とい

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その16 纒向遺跡と箸墓古墳

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その16 纒向遺跡と箸墓古墳

 機内説の中では、纒向遺跡(弥生時代末期~古墳時代前期)と箸墓古墳を、邪馬台国や卑弥呼と結びつけて考えられる事が多いです。実際に、これらの遺跡から何かしらの新しい出土品がでる度に、これで益々邪馬台国の機内説が有利になったとメディア等が騒ぐ構図があります。ここが本当かを考察したいと思います。

□纒向遺跡、箸墓古墳は魏志倭人伝に書かれている卑弥呼の墓とは特徴が一致しない 纏向遺跡は、弥生時代末期から

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その14 中国への朝貢と年代

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その14 中国への朝貢と年代

 今回は、当時の日本と中国との国交の記録から、交流の流れや年代を追ってみたいと思います。

□倭国の朝貢 まず驚くのは、この時代で、既に倭人の国々から中国に朝貢している国が30ヵ国近くもあることだ。中国に使者を送れば、中国から自国の領土や王として正式に認められることや、その褒美として高価な物、貴重な物、金品等が与えらること等を韓国側などから情報として、得ていたのだろう。なお、実際に朝貢に来た国名が

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その13 壱与の誕生と卑弥呼の暗殺説

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その13 壱与の誕生と卑弥呼の暗殺説

 今回は、壱与(台与)の誕生と、卑弥呼の暗殺説について考えてみます。

□壱与(台与)の誕生 壱与(台与)の名前は、『魏志倭人伝』では、「壹與(壱与)」と書かれ、後の『梁書』では、「臺與(台与)」と書かれている。現在は、前者だとイヨ、後者だとトヨという読み方が一般的だ。

 読み方は、邪馬壱国、邪馬台国のときの発音と同じく、「台」ならば古代の発音だと濁音になるようでドヨ、ダヨ、ダイヨとかになりそう

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その12 倭国大乱と卑弥呼の誕生

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その12 倭国大乱と卑弥呼の誕生

 今回は、卑弥呼誕生の謎に迫ります。

□倭国大乱と卑弥呼の誕生 『魏志倭人伝』での非常に有名な卑弥呼の説明のくだりだ。ここで出てくる倭国は乱れというのが、日本で最初に起こった内乱と言われている「倭国大乱」だ。

 『魏志倭人伝』では、単なる乱で「倭國亂 相攻伐歴年」とあり、前の時代の『後漢書』では、「倭國大亂 更相攻伐 歴年無主」で、大乱(大いに乱れ)になっており、記載表現は異なっている。四文字

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く 全編の目次

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く 全編の目次

 『三国志の魏志倭人伝』を読んで当時の倭国、邪馬台国について考察した結果をまとめてみました。他にも『中国正史、古事記、日本書紀、風土記』なども参考にしています。これまでに読んだ様々な本から得た知識や、自分なりに考察した考えに基づいて、邪馬台国の時代の日本の古代の歴史について、解説した内容になります。

□はじめに ここでは、全編を自由に選んで読んで頂けるように、各テーマへのインデックスを用意しまし

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その10  魏志倭人伝の世界 印象深い単語と意味

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その10  魏志倭人伝の世界 印象深い単語と意味

 ここでは魏志倭人伝を読んでいて、印象的だった単語をいくつか取り上げてご紹介します。ここでは、言葉の雰囲気をお伝えしたいため、あえて原文も載せてご紹介しています。

□瀚海(かんかい) 対馬国(対馬)から南にいき一大国(壱岐)へ行きときの海の名前が、瀚海と書かれていた。いまだと、玄界灘だ。こんな時代から、この海に名前がついていたのかと思うと感慨深い。ちなみに、瀚海の他には海の名は登場しない。日本に

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その9 邪馬台国への道のりの謎

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その9 邪馬台国への道のりの謎

 こここでは、邪馬台国への工程について、古代人になったつもりで、当時の状況から考察したいと思います。

□倭国へ、邪馬台国への行程 この連載では、魏志倭人伝に記載されている倭国や邪馬台国への位置を示す距離や行程にはほとんど触れていない。通常の『魏志倭人伝』の解説だと、まず必ずと言って良いほど、邪馬台国への工程についての解説があり、「東だ南だ、水行だ陸行だ、何里だ何日だ」というようなくだりがあるのが

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その8 魏志倭人伝の信憑性

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その8 魏志倭人伝の信憑性

 いまさらですが、ここで『魏志倭人伝』について改めて確認したいと思います。

□魏志倭人伝とは? 『魏志倭人伝』は日本での一般的な通称で、正式には『三国志 魏書 三十巻 烏丸鮮卑東夷伝 倭人条』となります。三国志の中で、その時代の東夷について記載してある箇所で付録的に書かれている内容で、その中に倭国についても書かれているような位置づけになります。わずか二千余字の漢文で書かれた文書です。『三国志』の

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その5 邪馬壱国と邪馬台国論争

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その5 邪馬壱国と邪馬台国論争

 いよいよ邪馬台国の登場ですが、ここでは、まず邪馬壱国と邪馬台国、そして邪馬台国論争について説明します。

□実は魏志倭人伝には邪馬台国とは書かれていない邪馬台国については以下のような記載がある。

 実は現存する原文の『魏志倭人伝』には、「邪馬台国」という国名の漢字は出て来ない。この点から邪馬台国は存在しなかった、のような説や本も出版されている。

□邪馬壱国が邪馬台国になる理由 主流の通説は、

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その4 女王国の国々

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その4 女王国の国々

 邪馬台国の後に書かれている倭国連合の国々について考察します。

□名前だけが書かれている倭国の国々 女王がいる邪馬台国より北には、次のような国名があると記載されています。国への行き方や距離や詳細は省略し、国名だけが並んでいる形です。

□蘇の付く国々 魏志倭人伝の倭国、卑弥呼の女王国の中には、對(対)蘇国、蘇奴国、華奴蘇奴国と、蘇の字が付く国が3つある。

 後の『隋書』では、「倭国には、阿蘇山

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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その3 金印の奴国と倭国の記録

魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その3 金印の奴国と倭国の記録

 ここでは、奴国について考察します。唯一、国が実在したことの証が発見されている国です。

□奴国の不思議さ 金印で有名な奴国だか、魏志倭人伝では、実は奴国に関する記載はとても少ない。(奴国は、一般的にナコクと読み、倭奴国は、一般的にワノナコクと読むが、倭奴国でイドコクやイヌコク、奴国をヌコクと読む解釈もある。)そして、奴国だけが、二回登場する。

□奴国は歴史ある大国 順に考察してみよう。まず、1

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