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文明開化のようだった小学四年生
ぼくの小学四年生は一気に遊びや関心が花開いた時だった。
それまでの超貧乏なアパート暮らしから、少し小綺麗なマンションへ引っ越して、文化度も上がったのかもしれない。
近所の公園では毎日のように、野球に興じて、漫画のドカベンに憧れて、
キャッチャーミットとキャッチャーマスクを買ってもらった。
夏休みには淡路島で出来た友達とリモコンプラモデルの戦車を買って、
よく対戦していた。
とにかく漫画はい
銭湯巡りに目覚めた小学四年生
内風呂がない家が珍しくなかった時代。
近所の同年代の子供たちだけで自転車で近所の銭湯巡りをするのが
数か月、流行った。
家の目の前が銭湯だったので、小学四年生たちだけでも
親は安心して、銭湯通いをさせていた。
銭湯が休日の時には、近所の銭湯に自転車で出かけるのが、
ものすごい冒険をしているみたいで、とても楽しかった。
もちろん、
銭湯ごとに特色があり、中でもサウナ&水風呂に夢中になっていた。
死の恐怖を乗り越えた小学三年生~その2~
小学二年生で「死の恐怖」を知ってしまって、
憂鬱な日々を過ごした小学二年生だったが、
小学三年生になって乗り越えられた。
その方法は心理学を知らずに行っていたのだが、理に適っていた。
その方法のその2は、「没頭する時間」
ぼくの最初の習い事は「そろばん」だった。
覚えているのが小学三年生からだが、
当時の自宅が小学校区の境界付近だったので、
歩いて通える「そろばん塾」は通っていない小学校区
死の恐怖を乗り越えた小学三年生~その1~
小学二年生で「死の恐怖」を知ってしまって、
憂鬱な日々を過ごした小学二年生だったが、
小学三年生になって乗り越えられた。
その方法は心理学を知らずに行っていたのだが、理に適っていた。
その方法のその1は、「非日常の充実」
ぼくは自他ともに認める、おばあちゃん子だった。
覚えているのが小学三年生からだが、
小学校の夏休みと冬休みは終業式直後から次の始業式直前まで、
母方のおばあちゃんの所で弟
人生のピークが小学一年生だと気づいた
終活の一環として、こうしてnoteを書きながら、人生を振り返っている。
出来るだけ赤裸々に向き合いながら、書こうとしている。
そうしていると、ふと、
人生のピークが小学一年生だったと気づいた。
それは、貧乏ながらも家族みんなが健康だったのは、もちろん。
担任の女性教師に対する初恋の情があったのも、もちろん。
ぼくは今も生きているのに、この先も少しは未来はあるのに、
人生のピークだと断言できる
プロフィールアイコンがひまわりの意味
超初心者なので、プロフィールアイコンはどうしようかとても迷った。
迷った末に、生きていく信条みたいなものを表現しようと考えた。
今年の夏に実物を見て、その太陽に向かって、おおらかで、のびやかな様が
とても印象的だったので、これだと思った。
ぼくの生きていく信条は、ひまわりのように、
太陽に向かって顔向けが出来る。
そうでなければならない。
そうであって欲しい。
そういう想いです。
ぼくの初恋は小学一年の担任の先生
人生を振り返った時、初恋の人は誰だろうと思った。
同学年や近所の女の子は、みんな同じに見えていたように思う。
そんな状況で小学一年の担任の先生は、
先生自身の初々しさと
ほかとは違う確立した女性であり、
毎日、顔を合わせるということもあって、必然的だと振り返ってる。
毎日が充実していて、
目立ちたがり屋全開で過ごしていたようだ。
黒のランドセルがピカピカで、意気揚々としていて、
先生に名前を
保育園を脱走して帰宅する
保育園での思い出は良かったことが多かった印象。
だけど何があったかわからないが、
一度だけ、
保育園を脱走して、自力で歩いて帰宅した事があった。
その時の母の慌てぶり、とまどい、怒りが
忘れられなかったのだと思う。
脱走はそれ以来、していなくて、無事に卒園できました。
覚えている人生最初の記憶
ぼくが覚えている人生最初の記憶は保育園の時。
これが遅いのか早いのかわからないが、
比較的楽しい思い出で良かったと思っている。
その記憶は保育園のフェンスをよじ登って、
ブロック塀の上を楽しそうに歩いているシーン。
ひとりきりでしたが寂しそうな印象はない。
この頃のぼくは枠にとらわれずに遊んでいた。
自由を満喫していた。
一人称としての、ぼく
父親のことを父と書いてみたが、
実際には呼んだことがない。
母はパパ、ママと呼ばせたかったようだが、
何も知らない小学生でそれは止まった。
そこからほかの人は父さん、オヤジなどと
変遷していくようだが、言いそびれた。
同じように、
ぼくはオレとか自分は、とか変遷しそうだけど、
これも言いそびれた。
おかげでビジネスの場でも何でも
ぼくは、しか言えなくなってた。
産まれてきてしまった
どんなつもりなのかわからないけれど、
ぼくは産まれてきてしまった。
わかろうとしなかっただけなのかも知れない。
だからぼくは赤裸々に自分の人生を振り返る。
産まれは、大阪市。
運転手の父とパート勤めの母との長男。
貧乏だったと思う。
はじめまして!自己紹介です
終活の一環として、自叙伝風に書き留めよう。
ぼくって、どんな人だったんだろう?
自分のことは自分が一番知っているなんて勘違いで、
ほかの人が指摘する、ぼくの事がしっくりくることもあるけれど、
人生の背景を知った上で受け止めて自分なりの振り返りをしてみたい。
自分への探求の随筆です。
これから書き進めていく記事が自己紹介の連続です。
なるべく赤裸々に書いていくことを自らに課そうとしています