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ソムニウム~夢~

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夢をモチーフにした詩と短編小説です。
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#超短編小説

ソムニウム(49)自由

ソムニウム(49)自由

地震と汚染と感染症と嘘と欺瞞と暴力で
破壊と分解がゆっくりと進み続ける大都市に
白い人が降りてきて
黒い人と会話する
まだ終わらない?
ああ、まだだ
思考と感情と感覚のバリエーションをまだ増やせる
あんまり薄く刻みすぎると
君が君でなくなるよ
わかってる
でも、ギリギリのとこまで行かなきゃな
そのために作ったんだ
完璧に自由なこの世界を

どんな痛みも、怒りも、苦しさも、悲しみも、憎しみも、恨みも

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ソムニウム(48)亀を放つ

ソムニウム(48)亀を放つ

道の真ん中に亀がいる
とても大きなアカミミガメで
甲羅に手足を引っ込めている
轢かれる、と思い
走って拾う
川へ行って放してやる
亀は素早く水を掻き
流れの中へ消えていく
ほっとして帰る
夜になって眠る
目覚めると甲羅の上にいる
アカミミガメの背に乗って
大陸を見下ろし飛んでいる
アマゾンの密林に降ろされる
恩返し、と声がする
待ってくれ、と慌てて叫ぶ
満足そうに円を描き
亀が空へ消えていく
密林

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ソムニウム(47)ピーマン畑

ソムニウム(47)ピーマン畑

畑のアルバイト
ピーマンの木を抜く
次の種を撒くために
綺麗なピーマンが落ちている
虫や蛙がたくさんいる
もったいないと拾い集め
あっちへ行きなと拾って逃がす
作業が全然はかどらない
ピーマンの木の根は強い
太陽が頭の上にくる
汗がだらだら
肌がじりじり
ピーマンを拾うのをやめてしまう
虫や蛙を逃がすのをやめる
踏まなけれそれでいい
太陽が西へ傾いていく
木を抜くことに集中する
頭の中が空になる

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ソムニウム(46)テスタロッサ

ソムニウム(46)テスタロッサ

夜勤が明けてバイクで帰る
少女が歩道を走ってくる
追い上げてきて横に並ぶ
顔と瞳と髪が真っ赤で
額に黒い角がある
加速して逃げる
追いつかれる
100キロ
120キロ
少女が笑う
軽く抜かれる
走りながら消える
毎日それが繰り返される
夜勤明けの楽しみになる
雨の日に事故る
右脚骨折
リハビリで病院の廊下を歩く
少女が後ろからやってくる
松葉杖をついている
顔も瞳も髪も赤くない
額に黒い角がない

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ソムニウム(45)下宿屋敷

ソムニウム(45)下宿屋敷

四畳半の部屋が
数百戸ある
下宿屋敷に引っ越しする
111号室に荷物を運ぶ
隣りの住人に挨拶する
左の部屋の住人は留守で
音楽が小さく鳴っている
右の部屋には難民たちが
体育座りで詰まってる
戻って畳に寝転がる
窓に大きな月が昇る
畳の下の地面が怖い
刑事と警官が訪れる
死体を埋めていませんか?
ああ、うん、埋めた、
と白状する
床をはぐって捜索開始
土を掘る掘る
現れる
屍蝋化した巨大な老人の死

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ソムニウム(44)玄関

ソムニウム(44)玄関

父の大きなサンダルを履いて
玄関の登り口を
跨いで外へ
道の向こうに夕日が沈む
オレンジに染まる小さな自分
記憶がそのまま写真になる
待ち受けにする
チャイムが鳴る
玄関を開けると
外は闇
見えないけれど祖父がいる
登り口を跨いで外へ
建て替える前の
古い玄関
祖父が引き戸の前にいる
引き戸と一緒に外へ倒れる
慌てて起こすとまた倒れる
ばたーん、ばたーん
何してんの、じいちゃん
抱きしめると犬にな

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ソムニウム(43)月と冥王星

ソムニウム(43)月と冥王星

真夜中のカフェで向き合って座る
母と娘と赤ん坊
三人ともみぞおちに
黒い穴が空いている
コーヒーを飲みほし
三人を並べ
黒い穴に手を入れる
指先に
広大な虚無を感じる
ハハハムスメヲアイシテイナイ
ムスメハコドモヲアイシテイナイ
コドモハヒトヲアイセナイ
引きずり込まれる
漆黒の闇
黒い鏡が浮いている
黒い女の顔が映る
黒い瞳に黒い髪
黒い唇で微笑み
つぶやく
ハハハムスメヲアイシテイル
ムスメハ

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ソムニウム(42)ウイルスG

ソムニウム(42)ウイルスG

Gというウイルスが
爆発的に世界に広がる
Gは人間の記憶を食べる
感染したという記憶
感染させたという記憶
症状が出たという記憶
治療したという記憶
ニュースで見たという記憶
死者が出たという記憶
家族が死んだという記憶
GはGに関するすべての
記憶にスパイクを突き立てて
いる、けど、いない
を作り出す
ワクチンも薬も作られない
世界中の人間が
Gに感染してしまう
一億人がGで死ぬ
一億人が忘れら

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ソムニウム(41)黒いコート

ソムニウム(41)黒いコート

冬の空の高いところを
何かが群れて飛んでいる
鳥じゃない
何だろう?
雲に隠れる
それきり忘れる

あ、雪
寒いな、と思って
商店街を歩いていたら
肩にふわっと
黒いコートがかかったの
サイズがぴったり合っていて
ポケットに手袋も入ってて
暖かくて嬉しくて
それからずっと着てるんだ
そう言って隣りで笑う女は
黒いコートなど着ていない
それで自分も
黒いコートを
着ていないことを知る

(終わり)

ソムニウム(40)ケンタウルス

ソムニウム(40)ケンタウルス

オフィスで働く
トイレへいく
馬の尻と両脚が
小便器の位置に生えている
なめらかでとても美しい
激しく勃起してしまい
馬のヴァギナに挿して交わる
オフィスへ戻る
誰もいない
脱ぎ捨てられた服や靴が
くしゃくしゃと床に落ちている
服の中には剥いだように
髪の毛のついた皮膚がある
白く光るたくさんの顔が
窓の外を飛んでいく
世界の脱皮が一瞬で終わった、
置いていかれた、
と激しく焦る
地上にひとり

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ソムニウム(39)テトラポット・ランナーズ

ソムニウム(39)テトラポット・ランナーズ

海岸に並んだテトラポットの上を
子どもたちが走る
一人が落ちる
コンクリートで足を削る
一人が落ちる
掌と腕を削る
一人が落ちる
額を削る
どくどくばくばく
血が溢れる
よじ登ってまた走る
むごすぎて見ていられない
子どもたちは止めず
楽しそうに笑い
走るスピードを上げていく
次々にポットを踏み外し
コンクリートに激突する
体がどんどん削られて
ついに魂だけになり
瞳をきらきら輝かせ
晴れ渡った夏

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ソムニウム(38)銀色のイオタ

ソムニウム(38)銀色のイオタ

冬の朝
雪の駐車場に
銀色のイオタが降りてくる
黒猫と一緒にメドゥーラを踊る
五年前に出会い
三年暮らした
コーヒーを入れて一緒に飲む
スペルト小麦のパスタが食べたい
車で街へ買い出しに
川の上でジゼルを踊る
カモメが群れ飛ぶ
ボロネーゼを作る
フォカッチャと食べる
うまいうまい
雪が街を埋めていく
窓辺に座って二人で見る
黒猫が跳ねて遊んでる
火葬車を呼んで
山の公園へ行って
あの子が燃えるの待

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ソムニウム(37)金色のイザワ

ソムニウム(37)金色のイザワ

夏の夜
道の向こうから
金色に輝いてイザワが来る
細い目、四角い顔、大きな体
よう、と笑う
並んで歩く
十年前に殴り合った
五年前に一緒に泣いた
イザワのスクーターは黄色のベスパ
タンデムして夜の街道を走る
三年ぶりに海辺で飲む
空が曇って海が荒れ出す
クロダイ釣ろう
でかいのがいるぞ
黄色の釣り竿に金色のルアー
雷が光って雨が降り出す
竿がぎゅりんと大きくしなる
白熱するように輝きながら
イザワ

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ソムニウム(36)ブリュンヒルデ

ソムニウム(36)ブリュンヒルデ

黒い魚が暴れだす
廃墟の中で出口を探す
目の前が開ける
緑の丘
ケルト十字の古い墓石
白くて古くて美しい
晴れ晴れとして墓場を歩く
ブリュンヒルデが現れる
お前はいないと思っていたよ
いる、けど、いない
死んで生きてる
誰が殺した?
んさあかお
どうしたいんだ?
わからない
抱きしめるのは違うと思い
黒い魚を握り潰す
ぎちゅり、ぶち
ファンファーレ
すべての墓石が子どもに変わる
ブリュンヒルデも子

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