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✏️短編小説💖「小説家」

(1)

俺は自称「小説家」である。
作品はまだない。
漠然と小説を書きたいと思っているにすぎない。

まず小説を書き始める前に、文学がなんたるかを知らなければならない。
売れたあとには必ず「あなたが最も影響を受けた作家は誰ですか?」という質問が出てくるに違いない。

一応、文学らしい作品は読んできた。
例えばサルトルの「嘔吐」。
最も印象に残った言葉は「午後3時(4時だったか?)は何をするにも中途半端な時間である」
たしかこう書いてあったはずだ。
どこかへ遊びに行くには遅すぎる。
酒を飲むには早すぎる。
友だちや知人に連絡するには遅すぎる。
「まったく、そうだよなぁ」と妙に共感した覚えがある。

だが待てよ。作家たるもの、もっと文学的なことを述べないとバカだと思われてしまうではないか?

そういえばエッカーマンの「ゲーテとの対話」をよんだことがある。
ニーチェいわく「ドイツ語で書かれた最も偉大な書物」。読んだ記憶はあるが、なにも覚えていない。これも使えない。

考えてみれば「嘔吐」は哲学者の書いたものだし、「ゲーテとの対話」もゲーテ自身が書いたものではない。最も影響を受けた「作家」の作品として名前を挙げるのは違うような気がする。

さて、何か他にちゃんと読んだ小説があっただろうか?

おお、そう言えばドストエフスキーは全集を読んだ。しかし、ストーリーをキチンと覚えているのは「罪と罰」くらい。「カラマーゾフ」の下巻は裁判のことばかりで面白くなくて、読み飛ばしたのではなかったか?

うーん、ドストエフスキーもつかえないか?まあ、売れた後、「尊敬する作家は誰ですか?」のような質問が出て来ないことを祈ろう。

(2)

とりあえず、文学のことは後で考えよう。作家たるもの、まず、ペンネームがないと始まらない。
俺はどんなジャンルの作品を書くべきか?
一番興味があるのは、エッチなことだ。官能小説家なら名前はエロいほうがよいだろう。

こんな名前はどうだろう。
「ドンファン・イン・ジャパン」。
なーんか、ペンネームっぽくないなあ。

じゃあ、こんな名前はどうだろう?「エッチな世之介」。井原西鶴の「好色一代男」を連想させる。

だがなあ。長い人生を考えた場合、作風が変わるかもしれない。エッチなことばかり、いつまでも考えてはいられないだろう。

もっと作家らしいペンネームを考えなくては。
日本の文学者と言えば、「夏目漱石」「森鴎外」「谷崎潤一郎」「三島由紀夫」「川端康成」「村上春樹」など。

こんなのはどうだろう?
「森漱石」。慌て者なら手にとって、そのまま、俺の作品を買って行くかもしれない。
いや、ここはもっと大胆に名前を繋げてみたらどうだろう?
「谷崎島由紀夫潤一郎」。
ちと、長すぎるか?

ペンネームを決めるのも大変だ。これも後回しにしよう。

(3)

結局俺は、尊敬する作家も、ペンネームすらも決められぬまま、今日も1人で、小説をまったく書くことなく過ごしている。作家というものは、間口が広いようでありながら、意外と限られた人しかなれないものなのかもしれない。

まあ、でもせっかく書いた文章だから、とりあえず、ヘミングウェイの超短編小説「For sale: baby shoes, never worn」をパクって、タイトルだけ書いておこう。

For everybody: 
A Short story, never read

written by an unknown man


おわり

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