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「熱帯魚は雪に焦がれる」を全9巻一気に読んだ|感想,ネタバレ

繊細な感情の揺れ動きに胸が締め付けられまくりで、なんて苦しいこと。

だってこんなに透き通った純粋な気持ち、もう今の自分は持っている気がしないから。

ネタバレありますのでご注意ください。


分類的には百合(GL)と思っていましたが、これはどこまでも細やかで脆い、そしてどうしようもない情動を持った10代の、青春時代特有の感情の機微が描かれた王道の作品であると感じました。

1巻を買って、それから一気に引き込まれて。AmazonのKindleまとめ買いセールもあったので、素晴らしい作品であることを信じて一度に9巻書いました。
それは見事に正解だった。

性的な描写や過度なスキンシップは一切なく、そのため「尊い..!!」みたいなオタク感情が発動されることもありません。

熱帯魚は雪に焦がれる4【電子特別版】 (電撃コミックスNEXT)

全巻を通して最も物理的な密着度が高いのはこのシーンだと思います。

それくらいの距離感で、ごく自然に、人間が人間に惹かれていく。
壁がありながらも、それを乗り越えてハッピーエンド。

そんな純粋な作品でした。やっぱり良いですね、素敵な結末というのは。

「王道」と書いたものの、惹かれ合うのは女性同士なので、男女間の、つまりそれらが大多数であることを踏まえるとそうではない、と捉えることもできるかもしれません。

しかしこの作品には普通に男も出てくるし、あらゆる人が出てくる。
登場人物は全て女性、あるいはほぼ女性、といった作品はありますし、それを否定するつもりは一切ありません。しかし、現実はそうではないわけで。

様々な人が存在している中に、多様な人間関係の在り方がある。だから社会は成り立っているし、人間は汚くも美しいわけです。

そもそも僕は、同性愛やあらゆることを特別視する必要なくない?、と思っていて。
商業分野的にカテゴライズするため「百合」とかそういうタグを設けているのだと思いますが、人間と人間の関係性に「普通」といったものは存在しないように、それらの区分もなくていいんじゃない、というか。

まぁでも、これはただの個人的見解というかゴリゴリに偏見かもしれないですが、

基本的に男って汚いじゃないですか、僕も含めて(含まっててほしくないけど)。

女性×女性というのは、つまり美しい×美しい=ものすごく美しい。

といったことを思っているので、作品を探しやすくなるという点でタグや分野分類はあった方が便利ですね、オタクにとって。

いやでも、僕みたいなオタクでなくても、上の引用に書いたことを思っている人は結構多いんじゃないの?と思っています。

上の記事は1ヶ月前に勢いでパパッと書いたものだけれどもスキを8個もらっているし、なのでしっかりと考察してちゃんとした文章を書き、僕の知名度や発信力が上がれば、もっと多くの共感をデータとして得られる気がしています。

だって、やっぱり美しいと思うのですよ。

特にこの「熱帯魚は雪に焦がれる」は絵柄がとても綺麗なこともあり、眺めているだけで心が洗われていくようでした。

洗われていくというか、日頃自分が抱えている汚くてトゲトゲしている内面が無理やり表に引っ張り出され、消毒液を思いっきり染み込まされた感じ。

転んで擦りむいて血がてているところに、流水をかけた後、ヒリヒリとする強烈な痛みと共にどこか安心感と爽快感のある消毒剤。
最近は流血していないので消毒液は使っていませんが、どうやら心は傷だらけだったよう。

熱帯魚は雪に焦がれる9【電子特別版】 (電撃コミックスNEXT)

Amazonのレビューに「じれったい、長い」といった低評価のものがあり、もちろん感想は人それぞれなので色々な意見があって然るべきだと思うけれど、しかしこの作品で描かれているそれはまさに10代特有のものであるというか。

ある程度年齢を重ねると大体予想がついてしまうことが多くなって、ちょっとしたことにドキドキしたり、ときめきを感じることがかなり少なくなってしまいます。そして、若い人を冷めた目で見てしまう。

これって、とてもとても悲しいことだと思うのです。だって、どんな人にも必ず若かりし頃はあったわけで。その頃にしか感じることのできない、どこまでも面倒で制御できない感情や感性は確実にあった。

「なくなってしまう」というのは、どんなことであっても寂しいことで、そしてもうきっとその思いを感じることは二度とできないのだなと理解すると、人生に虚無感を覚えてしまうのです。

この作品の「登場人物たちの感情にいまいち入り込めない」「自分だったらそんなことは気にしない」と思うこと。僕も感じる部分はありました。

それは、作中のキャラクターが面倒な性格だからというより、これを読む自分、つまり読者が大人になった、なってしまったということなのかもしれません。
もっというと、つまらない人間になってしまった。

何かの作品に、
「心は使わないと衰えていく」
「意識してみないと本当の感情に気がつくことができない」
といったことが書かれていました。

本当にその通りであると強く思います。

雨が降っている。

ただそれだけのことでも、どこまでも完成された音楽と捉えることもできるし、ただの邪魔者とみなすこともできる。

木々の葉が風でゆらめいている。雲が流れている。
潮が満ちては引いてゆく。

これも既に完璧に整っている究極の芸術作品であるといえます。

もちろん、人工物や、ビカビカに光りまくっているエレクトロ的な何かを否定するつもりは全くありません。ただ、僕はこういう静寂に満ちた侘び寂びが好きなのです。
真夏に痛いほどの太陽が輝いているよりも、ちょっと肌寒くて、雨が降っていてもの悲しいような。

すごく現実的なことを言うと、暑いとファッションの幅が狭まってしまうこと、肌を露出するのがあまり好きではないことがあります。

ちょっと自分語りが長くなってしまいました。作品の話に戻ります。

熱帯魚は雪に焦がれる4【電子特別版】 (電撃コミックスNEXT)

昔は自分をさらけだしていて素直で元気だったのに、中学生くらいから周りの目ばかり気にするようになってしまい、優等生を演じ続けてきた小雪。

息苦しさをずっと抱えている彼女の前に現れたのは、境遇は違うけども、しかし同じように寂しさを抱えている小夏。

どちらもどこまでも不安定な自分という存在を抱えながら、しかし相手に惹かれ、寄り添おうとする。
まだまだ無力な10代。どこまでも新鮮な感情、気持ち。

友情なのか、恋愛感情なのか。
しばらくの間全然わかっていないし、わかってからも中々認めようとしない。

でも、1巻のはじまりのはじまり、2人が出会った時点で互いに一目惚れで、何か感じる、静かだけれども確かな衝撃があったのだろうな、と全巻読み終えた後では思っています。

「水族館をゆっくり見たい人もいるだろうから声をかけることはしない」と言っていた小雪が小夏に声をかけたのは衝動なわけで、「また会いに行ってもいいのかな…」と小夏が思うのはそれはもう心が動いていることなわけで。

本当に一番最初からお互いに気持ちは一緒だったのに、思春期特有のこじらせか、自分を演じ続けてきた結果感情を容易に押し殺せるようになってしまったせいか、寂しさを抱えすぎたあまりぐちゃぐちゃになった気持ちのせいか。

同性同士だから、といった点について言及されることはありませんでしたし、そこを考える意味はないと思うけれども、しかしもしかしたらそういった点もあったのかもしれない。

そしてそういったもどかしくて仕方がない、繊細かつ情動的な気持ちの揺れ動きこそ、見事に人間というものを描いているというか、どこか現実味があり引き込まれる理由なのではないかな、と。

虚構とのちょうどよい均衡感というか、着地点。

熱帯魚は雪に焦がれる3【電子特別版】 (電撃コミックスNEXT)

3巻でこれなわけで、これはもう絶対にお互い好きじゃないですか、どう見てもどう考えても。

この海のシーンを見て思い出したのは、「あの頃の青い星」という作品です。これも神作品なのでおすすめです。しかもなんと無料で読めます。頼むからお金を払って買わせてくれ、というレベルなのですけども。これについても先に書こうと思っていてしかしずっとそのままにしてしまっています。

…この「あの頃の青い星」は5巻、海でキスするシーンがあるわけなのですが、「熱帯魚は雪に焦がれる」は、何もないんですね!

いや、別に比べるつもりはないのですが、3巻でこんなに距離が近づいているのに、お互いにわかっているはずなのに、何もない。
というかむしろその後色々こじらせて、距離が離れて、深く傷つけあってしまう。

どちらもそれに絶望を感じて。

それがなんともつらいし、面倒だし、人間くさい。

でもそれはきっと大きすぎて制御できなくなった感情があるからだと思うのです。それだけ想い合っているということ。
そして自分を統制しようとする必要はないし、それが生きているということだよね、と。

最終的に手を繋ぐこととハグをすることがこの作品で描かれた最大の身体的なつながりですが、しかしこれこそがまさに美しいというか綺麗というか尊いというか。

つまりそれは心では確実にお互いにつながっていて、想いあっているということの確固たる証明だと思うのです。
そういう内面のつながりというのは目に見えない分、外から見て分かりづらいし、簡単に関係性を築き上げていくことは難しい。

でも、形あるものは衰えてなくなるのがこの世の理であり、だからこそ純粋な気持ちは無限の慈しみをそこに育むことができるわけで。

色々な愛の形があっていいと思うし、いや、「良い」ではなく、様々あるべきだと思います。
自由な人間関係の在り方こそ、人間という動物が行える素敵な関係性。
自由なところにそれぞれの幸せのかたちがある。

だけども!
超個人的なことを言うと、この「熱帯魚は雪に焦がれる」のような、ただひたすらに純粋で一切の混じり気がない、澄み切った純度100%の好き、愛、みたいなものが最も好きな作品形態なので、増えてくれたらめっちゃ嬉しいです。

男女間にはない、どこまでも不思議で魅力的で無限の、相手を想う気持ちがそこには絶対にあると思うのですよ。本当に。

この前書いた

「私の初恋相手がキスしてた」の感想記事。この作品はもちろん文章としてまとめようと思うほど面白かったのですが、あまりにも激烈だったので、うぉ、と圧倒されてしまった面があります。

やっぱり、穏やかなものに触れれば穏やかになるし、過激なものに触れれば過激になる。
何を見て何をみないのか。どんなものに触れてどんなものを避けるのか。
それは現実でも、作品世界でも。

それらの積み重ねがその人を作り上げていき、それはつまり人生であり、他者に影響を与えることにもなる。

いや、ちょっとすみません。真面目に考察をしてきてそれっぽいことを書き連ねて満足しようとしていたのですが、ちょっと無理っぽいので一言で述べようと思います。

尊い!いつまでもお幸せに!!

4,600字書いたみたいですが、つまりはこれが言いたいということでした。

最後まで劇的な展開などは何もないけれども、しかし当たり前の日常の中にこそたくさんの楽しさと幸せがある。そんなことを思い出させてくれる、とっても素敵な作品に出会えたことに感謝です。

ゆっくり読み返そうと思います。

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